第8話 成長とは何だろうか
成長とは何だろうか。
それは嫌な環境を逃れる技だろうか。他人と比較することによって得られるスキルだろうか。昨日の自分に勝つことだろうか。新しいことを学ぶことだろうか。
訓練生の頃は、基礎訓練が嫌いだった。だからこそ、どうにか早く終わらせる方法を考えなければならなかった。そこで編み出した魔法の出し方は今でも活かせている。だから魔法を早く打てる。おそらく。それが関係しているかはわからない。私自身の特性かもしれない。
それを活かした場がある。小物の魔物殲滅。
1人で宿舎にいる時、放浪の旅をしている時、スキルの練習はするか?いや、しない。
誰かと話している時、他人の活躍を見た時、スキルの話をしたり、それを真似してみたりする。
英雄の活躍を見て、それに近づけるように練習してみる。
他人に影響を受けやすいのかもしれない。でもそれのおかげで成長できている。他人と比較することは悪いことではない。劣等感に苛むこともあるが、成長に繋がることの方が大きい気がする。だからこそ、活気のあるギルドは求めるところであろうに。
小さいところから駆け上がること、それもまた成長だろう。歳といっても、微妙なところだ。まだまだ成長の余地はあるに違いない。チャレンジすることを諦めてしまっていいのだろうか。安寧がすべてだろうか。
魔物を倒すことが生きることのすべてなのか。そこに心血を注ぐ意味合いはあるのか。私がやらなくても誰かがやる。ましてや、英雄が私の何人分もの力を発揮する。私がいないところに、もっとやる気のある冒険者が採用される可能性もある。
魔物を倒さない生活もある。薬草積みは実は好きだ。風の音、草や葉が靡く音、動物たちの鳴き声、太陽の光、遠くに見える山々、子供達の遊んでいる声、洗い場の音、川の流れる音、煌めく川。朝靄、朝露、薬草の香り。警備を照らす松明の明かり、虫の鳴き声、魔物を倒す音もまた一興、簡単な冒険者とのやりとり、温かい毛布、安心できた睡眠。
これが人生なのではないだろうかと。生きるということなのではないだろうかと。
魔物を倒すことでそれを見逃す。そこにかける時間はないから。草は踏み潰し、薬草を擦り、回復薬を生成する、魔物の断末魔、朝の眠気、睡眠不足の毎日、死の恐怖、仲間割れ、くたびれた服、臭い服。
これが人生なのだろうかと。生きるということなのだろうかと。




