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祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)  作者: みえない糸
第2章 殺すことを選んだ祓い

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第16話「死者の正しさ」 その4 死者の名を名乗るもの

 雨音が、完全に消えた。


 次の瞬間、結衣の足元から街が剥がれ落ちる。

 アスファルトは紙のように裂け、

 下から現れたのは、底の見えない暗闇だった。


 落下感はない。

 重力そのものが、意味を失っている。


 結衣が立っているのは、島原の処刑場だった。

 いや、処刑場に似せた“構造物”。


 地面には無数の文字が刻まれている。

 法律条文。

 戒律。

 誓約文。

 判決文。


 すべてが、混ざり合い、読めない。


 周囲には人影が並んでいる。

 被害者たちだ。


 だが、顔がない。

 首から上が、霧のように曖昧で、

 誰だったのか判別できない。


 共通しているのは、

 胸元に刻まれた一文字。


 《正》


 結衣は、静かに息を吐いた。


「……死者を並べて、

 裁判ごっこか」


 声は、空間に吸い込まれる。


 返事はなかった。


 代わりに、

 円の中心が、ゆっくりと隆起した。


 台座。

 演壇。


 そこに、

 “誰か”が立っている。


 人の形をしているが、

 明らかに人ではない。


 顔は、幾つも重なっている。

 老若男女。

 怒り、恐怖、恍惚。


 全員が、同じ口の動きをしている。

《……我々は、正しかった……》


 声は、重なり、増幅される。

《……死をもって、証明した……》

《……だから、裁く……》


 結衣は、八咫刃を構えた。

 波形が、急激に跳ね上がる。

(……殉教の塊)


 信仰のために死んだ者。

 思想のために殺された者。

 自分の選択を、

 “正しかったこと”にするために死を選んだ者。


 その全てが、

 ひとつの意志に束ねられている。


「……誰の名前を名乗ってる」

 結衣は、静かに問いかけた。


 演壇の存在が、

 一瞬、沈黙する。

 そして、

 ゆっくりと口を開いた。

《……名は、不要……》


《……死者に、名は要らぬ……》


《……我々は、正しさそのもの……》


 結衣は、鼻で笑った。

「……逃げてるだけだ」


 一歩、踏み出す。

「名前を言えないなら、ただの寄せ集めだ」

 空気が、軋む。


 被害者たちの影が、一斉に揺れた。

《……我々は……》

 声が、乱れる。

《……裁かれた者……》


《……火に焼かれ……》


《……異端と呼ばれ……》


 結衣の視線が、鋭くなる。

「……焼かれた?」


 演壇の存在が、

 わずかに形を変えた。

 顔の一つが、前に出る。

 焼けただれた皮膚。

 歪んだ口元。

《……我らは……》


《……正しさのために……》


 結衣は、低く言った。

「……火刑か」


 その瞬間、

 空間の奥で、

 何かが“確定”した。


 文字の海が、赤く染まる。

 焦げた匂いが、立ち上る。


 演壇の背後に、

 巨大な影が浮かび上がる。


 人の形。

 だが、腕が多すぎる。


 祈る手。

 裁く手。

 石を投げる手。


 すべてが、一本の胴体に縫い付けられている。


(……死者の正しさ)


 結衣は、確信した。

 これは、「誰か一人」の残響ではない。

 死んだ者たちが、

 自分たちの死を正当化するために作り上げた、

 巨大な思想の亡霊だ。


 そして。

 その中心にいるのは、

 “名前を捨てた殉教者”。


 結衣は、八咫刃の刃を床に突き立てる。

「……正しさを名乗るなら」

 声は、冷たい。

「裁かれる覚悟も、持て!」


 滅殺用の構文が展開される。

「—— 《零域・断絶》」


 刃が、突き立てられ次の瞬間、

 円形の紫電を纏った“黒い空白”が広がる。


 被害者たちの輪郭が、

 一斉に結衣へ向き直り黒い空白に吸い込まれ、

 跡形もなく消失した。


 精神世界が、完全に閉じた。

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