表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)  作者: みえない糸
第1章 世界はまだ、正しく壊れている

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/93

第2話 発電所跡・時間遅延型残響事件 その4時間律への祓(ふつし)

 世界が、ひとつ分だけ呼吸を遅らせた。


 足元のアスファルトはひび割れない。

 砕けない。

 ただ、時間の層として剥がれ、宙に浮く。

 梓の意識は、

 すでに物理世界を踏み越えていた。 


 ここは、

 時間層干渉領域じかんそう・かんしょうりょういき

 発電所という器に沈んだ、

 “十分単位の時間”の集合体。

(……重層ループ型。

 一方向じゃない)


 八鍵やつかぎを構えた指が、わずかに軋む。

 周囲には、

 同じ風景が幾重にも折り重なっている。


 鉄柵。

 煙突。

 空。

 雲。


 すべてが

 「十分」という時間単位で畳み込まれている。

「ここは……」

 梓は低く息を吐いた。

「時間の“試行場”ですね」


「その通り」

 声が空間の継ぎ目から染み出た。

 あの作業服の男。

 だが今の彼は、人の形を保っていない。

 揺らぎ、にじみ、

 “概念の残骸”のようになっている。

「あなたは、この時間を回し続けた張本人ですね」


「張本人というより……演算者」

 男は静かに答える。

「ここに溜まった労働者たちの思念を集約し、

 時間に問いを投げた」

「『世界の更新は正しいのか』と」

「だから“十分”ですか」

「ええ」

 男は頷く。

「一時間じゃ長すぎる

 一分じゃ短すぎる

 ——人が後悔を自覚するのに

 最も適した長さだ」

「……」


 梓は八鍵を持ち直した。

「あなたは人の人生を

 テストデータに使っている

 進化には犠牲がいる」

「あなたに、その資格はありません」

 空間が軋む。


 無数の“十分”が加速し始めた。


 重なった時間が、

 梓の感覚を引き裂こうとする。 

「高峰さん」

 耳元の通信へ向かって呟く。

「意識、保ててますか」

『なんとか、な……

 視界が三層ほどブレてる』

「まだ耐えられていますね」

『嫌な言い方だな、それ』

 梓はわずかに口角を引く。


 それから、量子暗号札りょうしあんごうふだを宙に放る。

 札は分解し、

 光の記号へと変わる。

祓詞起動ふつし・きどう

 声が、時間の波に混ざる。

「対象:時間遅延型残響構造」

 周囲に、

 祝詞とコードの混合構文が流れ出す。

「時間格子、解析……

 多重現在、分解準備……」

祓詞展開ふつし・てんかい


 八鍵が白い光を放つ。

「あなたの構造は、まだ崩れていません」

 梓は男へ告げる。

「だから私は……

 修正を行います」

 男の表情が変わる。

「修正?」

「はい

 あなたの残した“意味”だけを封じる」


「時間そのものは、正常値へ戻します」

 空間が悲鳴を上げた。


 だがその瞬間だった。

 ——別の周波数が、割り込んだ。

 空気の“密度”が変わる。

 梓の構文と異なるコードが、

 強引に重なってくる。


「……遅い」

 低く、はっきりとした女性の声。

 振り向くと、

 割れたような空間の裂け目に人影が立っていた。


 黒いコート。

 無駄のない装備。

 研ぎ澄まされた立ち姿。

 年端もいかない少女ではない。

 しかし、その雰囲気は

「闇を生き延びてきた女性の顔」だ。


 梓の目が細くなる。

「……誰ですか」

 女性は、淡々と答えた。

「…佐々木 結衣(ささき ゆい)、祓屋」

 名前を聞いた瞬間、

 梓の脳裏に中森の言葉が走る。

『——別の祓屋も動き始めた

 お前とは相性悪そうなタイプだ』

「あなたが……」

 梓は息を吐いた。

「聞いています…あなたのことは」


 結衣は頷かない。

 ただ言う。

「ここは、もう潰す」

「待ってください」

 梓はすぐに制止した。

「この残響は、まだ制御可能です

 時間骨格も、崩壊していない」


「だからこそ、よ」

 結衣は感情を挟まずに答える。

「崩れる前に消す」

「消したら、巻き込まれている人の記憶も消えます」

「…理解してる」

「それでも?」

「それでも、消す!」

 結衣は端末を構える。

 梓の八鍵とは構文が違う。

 もっと荒く、

 もっと短絡的なアルゴリズム。

「残響は情報汚染

 意味なんて持たせる必要はない」

 男の残響が、後退した。 

「やめろ……

 ここは……必要だ……!」


 結衣は一切見ない。

「必要なのは現実」


「……修正が先です!」

 梓の声が、鋭くなる。

「この方法では、被害者の時間ごと切り落とします」

 結衣は梓を真正面から見た。

 氷みたいな眼。

「あなたの修正は、ぬるい

 あなたが救ってるのは、“可能性”だけ」


 梓の指が八鍵を強く握る。

「それでも…私は消しません

 意味のあるものを、

 勝手にゼロにする権利はない」

 結衣は、ほんの一瞬だけ、

 黙った。

 その指先が、微かに震える。

 すぐに止まる。

「……兄は」

 小さく呟く。

「…残響に食われた」


 梓は、言葉を止めた。

 だが結衣は、それ以上、何も言わない。

 ただ、端末を構えたまま言う。

「だから私は、残響を消す…

 例外はない!」

 空間が震え始める。


 削除系プロトコルが流れ込む。

 時間が、

 悲鳴を上げる。

 梓は歯を食いしばった。 


 ——修正か

 ——抹消か


 世界は、

 初めて二人の祓屋の間で揺れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ