第2話 発電所跡・時間遅延型残響事件 その3 十分間の牢獄
最初は、ほんの気まぐれだった。
「次、ここ行きます。
東側旧発電所跡。
地図からはもう削除された場所らしいです」
スマホのインカメに向かって、俺はそう言った。
【視聴者数:1,243人】
リアルタイムはそこそこ。
昨日の団地動画が少しだけ跳ねたせいで、
今日の枠にも人が流れてきてた。
「危険そうって?」
「いやいや、廃墟はいつも通りですって」
「何も出ないのがデフォなんで安心して」
コメント欄に適当に返しながら、錆びた鉄柵を越えた。
言ってしまえば、ただの廃墟。
少し空気が重いけど、
それも雰囲気込みでコンテンツだと思ってた。
その時はまだ。
「……あれ?」
歩き始めて三分くらいしたころだ。
建屋に向かって、一直線に進んでるつもりだった
のに、気づけばまた同じ鉄柵の前に戻っていた。
「……おかしくない?」
コメント欄が流れる。
「戻ってるよ」
「GPSバグじゃね?」
「方向音痴乙」
「いや、まさか」
苦笑して、もう一度入る。
さっきと同じ道をなぞって、
さっきと同じ角を曲がって、
さっきと同じ建屋を目指す。
……なのに。
十分後。
また、鉄柵の前。
「……いやいやいや」
さすがに笑えなくなってきた。
コメントは盛り上がる。
「ループ系きた!」
「演出上手くね?」
「台本っぽい」
「台本じゃねえよ……」
冗談まじりに答えながら、
汗が流れ始めるのが分かる。
もう一度、入る。
三回目。
四回目。
五回目。
腕時計を見る…14:42。
「……は?」
さっき、ここに来たときと同じ時間だ。
「おい、冗談やめろよ……」
誰に言ってるのかも分からない声が出た。
空は同じ色。
雲の形も変わらない。
風も、ない。
ただ——
時間だけが、足踏みしている。
だんだん、頭が変になってくる。
さっきまでの「十分間」を何回やったのか、
もう分からなくなっていた。
五回?
十回?
それとも、もっとか?
なのに、
時計はひとつの時間しか示さない。
脳が、重なる。
同じ景色。
同じ足音。
同じ呼吸。
同じコメント。
「……やばい」
口に出した瞬間、
コメントが止まった。
【接続が不安定です】
画面がフリーズする。
「ちょ、待——」
映像が暗転した。
……と思った次の瞬間。
また、鉄柵の前だった。
スマホの画面は、
何事もなかったように配信を続けてる。
【視聴者数:1,243人】
さっきと同じ。
「…………」
息が止まった。
喉の奥で、生温い空気が鳴る。
再生。
最初から。
また、最初からだ。
「……………………」
笑えなかった。
「おい……おい……」
誰にともなく、声が漏れた。
だが、
声は、
やけに時間を引きずる。
(……長い)
たった一言なのに、
まるで音声ファイルをスロー再生してるみたいだった。
その時だった。
前方に人影が見えた。
さっきはいなかった。
作業服姿の男。
帽子をかぶっている。
「……誰だよ」
声が震えた。
男はゆっくりと振り返る。
そして、笑った。
「もう、十分ですよ」
その言葉が、
頭の中に直接染み込んできた。
「……何が」
口は動くのに、
声が、どこかに消えていく。
「何回目ですか?」
男が聞く。
「あなたの“現在”」
……現在?
何言ってるんだこいつ。
だが、
理解したくないのに、分かってしまう。
今、
俺の時間はひとつじゃない。
いくつも重なっている。
過去の十分。
過去の十分。
過去の十分。
全部、
同じ場所に折りたたまれている。
「ここは“更新待ち”です」
男が、穏やかに言った。
「あなたたちは、
この空間の“試算結果”なんですよ」
「……やめろ」
口が勝手に動いた。
「難しいこと言うなよ」
男は首を少し傾げる。
「簡単に言います」
ニヤ、と笑った。
「あなたの時間は、
まだ採用されていないだけです」
(は?)
「だからここで、
何度も走らせている」
「十分を」
「同じ十分を」
頭が割れそうになる。
視界がブレる。
鉄柵が、二重に見える。
「あなたは被験者です」
「時間の」
耳鳴りが始まった。
「やめろ……!」
叫んだつもりだった。
でも声は、
時間に飲まれて消えた。
スマホが落ちる。
画面にヒビ。
でも配信は、続いている。
【視聴者数:1,243人】
コメントが流れた。
「演出神」
「これ映画?」
「どこまで台本?」
「次どうなるの?」
(次……?)
次とか、あるのか?
ここに。
十分の箱の中に。
男が近づいてくる。
一歩。
また一歩。
「あなたはまだ……」
「壊れていない」
耳の奥で、
ギシッという音がした。
それは、
時間がきしむ音だった。
(終わってくれ……)
誰にともなく、祈った。
その瞬間。
空気のどこかで——
ノイズが混ざった。
「……来たか」
男の表情が、
わずかに変わる。
嫌そうに。
そして、呟いた。
「祓屋……」
俺の視界の端に、
光が走る。
違う。
今までの“ループ”の色とは違う。
少しだけ、
あたたかいノイズ。
……そして、
また、時間が止まった。




