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祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)  作者: みえない糸
第1章 世界はまだ、正しく壊れている

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第12話「赦しを縫い合わせたもの」 その3理解しようとした者

 高峰から送られてきた資料を、真名井梓は一言も発さずに読み進めていた。


 藤田和宏。

 一年前の一家無理心中事件。


 表向きの記録は、既に高峰が整理した通りだ。

 昇格の異様さ。

 金回りの良さ。

 遺書の不在。

 それでも残された「精神的に追い詰められていた」という証言。


(……どれも、異常ですね)


 梓は、画面を一段スクロールした。


 現場写真。

 鑑識報告。


 不自然なほど、きれいだ。


 争った形跡がない。

 家具の乱れも最小限。

 血痕配置も説明がつく範囲。


 外部侵入の痕跡もない。


 無理心中と判断されるには、十分すぎる資料だった。


 だが――


(消えすぎています)


 八鍵を立ち上げ、梓は独自に情報を重ね合わせる。


 藤田和宏のスマートフォン。

 空白の履歴。

 内容だけが、最初から存在しなかったかのような通信。


 そして、その履歴時刻と一致する死亡時刻。


「……普通に消した痕ではありません」


 誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。


 データ削除ではない。

 改竄でもない。


 発生はしているのに、記録されていない。


(……祈りの構文ですね)


 梓は、ゆっくりと息を吐いた。


 藤田和宏は、使われただけだ。

 命令を受け取っていた。

 だが、その命令は言葉ではない。


 空白の履歴。

 何も書かれていないのに、時間だけが残っている。


「……《EXECUTE》」


 一瞬だけ見えた文字列が、頭をよぎる。


 起動命令。

 実行条件を満たした瞬間に、役割を終える構文。


 そして――


(この終わり方)


 梓は、現場写真の一点に視線を止めた。


 床。

 血液の染み込み方。


 不審ではない。

 だが、“引きずられた痕”がない。


(即死……ではないけれど)


 外部から手を下された痕跡もない。


 中から、壊れている。


「……強制終了」


 祓いではない。

 修正でもない。


 消滅だ。


 残響ごと、寄生体を終わらせた手口。


 梓は、無意識に指を握り締めていた。


(……このやり方をする人は、限られています)


 そして、その直後に思い当たる。


(……痕跡が、なさすぎる)


 消しただけでは、こうはならない。

 裏から“整えられている”。


 警察の報告書として成立する程度に。


「……中森さん、ですね」


 梓は苦く笑った。


 情報屋。

 祓屋の裏側を知り尽くし、

 警察と組織の隙間を縫う男。


(結衣が直接動いて……

 中森さんが、片付けた)


 そこまで考えて、

 梓は口を閉ざした。


 確証はない。

 だが、整合性だけは、完璧だ。


 そして――

 藤田和宏は、“元凶”ではない。


(まだ、上がいます)


 空白の履歴は、藤田だけではない。

 今回の無差別殺人の被害者にも、同じ形式で残っている。


 藤田は一つの節点。

 その先に、命令を発している存在がいる。


 梓は、画面を閉じた。


「……高峰さん」


 通話を繋ぐ。


「藤田和宏事件、

 表の資料どおりではありません」


『だろうな』


 即答だった。


「誰かが、“きちんと終わらせています”」


『……祓屋の仕事、か』


「ええ。

 ただし――」


 一拍、置いて続ける。


「私のやり方ではありません」


 通信の向こうで、高峰が息を吐いた。


『分かってる』


 短い沈黙。


『……この先、触れるか』


「避けられません」


 梓は、静かに言った。


「藤田和宏は入口です。

 その奥に――」


 言葉を、あえて止める。


「思想がいます」


 通話が切れた。


 梓は、机に肘をつき、目を閉じた。


(……結衣)


 彼女が消したもの。

 彼女が、もう戻さないと決めたもの。


 そして、

 その背後で蠢いている、本当の残響。


「……今度は、直せないかもしれませんね」


 そう呟きながらも、

 梓は立ち上がった。


 まだ、修正できる余地があると、

 どこかで信じている自分を、

 否定できなかったからだ。

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