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祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)  作者: みえない糸
第1章 世界はまだ、正しく壊れている

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第12話「赦しを縫い合わせたもの」 その1 理由のない殺戮

 最初に違和感を覚えたのは、夜の街が妙に静かだったことだ。


 終電を過ぎた繁華街は、酔客の声やタクシーのクラクションが混じり、完全に眠ることはない。

 それなのに、その夜は音が一段落ちていた。


 歩いている人間はいる。

 信号は動いている。

 だが、誰もが無言だった。


 私は足早に路地を抜け、マンションのエントランスへ向かった。

 背後から、靴音が近づく。


 振り返ると、男が立っていた。


 年齢は分からない。

 若くも見え、老けても見える。

 ただ、目だけが異様に澄んでいた。


「……すみません」


 声をかけると、男は首をかしげた。


 表情は穏やかで、敵意はない。

 むしろ――慈しむような目だった。


「清めの時間です」


 何を言っているのか、理解できなかった。


「……は?」


 男は一歩、距離を詰める。


「あなたは、知らないだけです。

 でも、罪は積み重なっている」


 背中に、ぞっとする寒気が走った。


「…知らない、なにを?」


「ええ。

 それが一番、重い」


 男の影が揺れた。


 ひとつではない。

 複数の影が、重なっている。


 顔がある。

 別の顔もある。

 どれも、祈っているようで、呪っているようだった。


「……近寄らないで」


 後ずさる。


 男は、困ったように首を振る。


「抵抗はいりません。

 あなたは選ばれていないだけです」


 その言葉の意味を、最後まで理解することはできなかった。


 次の瞬間、体の奥に“熱”が走る。


 焼かれる感覚ではない。

 溶かされる。


 思考が、ひとつずつ剥がれていく。


(……助けて)


 声にしようとしたが、喉が動かない。

 祈ろうとしたが、祈りの言葉が浮かばない。


 頭の中に、別の感情が流れ込んでくる。


 怒り。

 絶望。

 赦されなかった記憶。


 知らないはずの処刑。

 知らないはずの炎。

 知らないはずの叫び。


「これは、正義です」


 男の声が、遠くで重なった。


「これは、復活の準備です」


 地面に崩れ落ちる直前、

 私は“それ”を見た。


 人の形をしているのに、

 人ではない。


 複数の身体が縫い合わされ、

 複数の祈りが同時に息をしている。


 獣のようで、

 群れのようで、

 祭壇のようだった。


 そして、その中心から、

 囁きが落ちてくる。


 ――赦されよ。


 ――裁かれよ。


 同時に。


 意識が途切れる直前、

 ふと、確信が過った。


 これは個人的な怨みではない。

 理解されなくていい殺意だ。


 世界そのものを、試している何か。

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