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祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)  作者: みえない糸
第1章 世界はまだ、正しく壊れている

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第11話「祓屋を名乗る女」その2 静まり返る異常

 最初に異変を数字として認識したのは、生活安全課だった。


 通報件数が減っている。


 減ること自体は珍しくない。

 天候、連休、感染症の流行。理由はいくらでもつく。


 だが今回は、減り方が不自然だった。


「相談件数が三割減……?

 失踪も、自殺未遂も、DV相談も?」


「はい。急激すぎます」


 若い捜査員の声が、どこか落ち着かない。


 高峰修一は資料を受け取り、黙って目を走らせた。


 確かに、数字は“改善”を示している。

 だが、どの項目も似たような落ち方をしている。


(……雑音が消えたみたいだ)


 現実はそんなに綺麗に整わない。


 事件は、減るときは偏って減る。

 理由の分からないものが、理由の分からないまま同時に消えることはない。


「相談を取り下げた人間の追跡は?」


「……連絡、つきません」


「全員?」


「はい。

 電話もメールも、既読にはなるんですが……返事がない」


 高峰は、机に資料を置いた。


(既読になる、か)


 スマートフォンが操作されている。

 だが、応答がない。


「“落ち着いたから大丈夫”とか?」


「それが……

 一様に、同じメッセージだけ残ってます」


「何だ?」


 捜査員が、数件分のスクリーンショットを並べた。


『もう、正しくなりました』


『整理してもらいました』


『必要ないものは、消えたので』


 高峰の眉が、わずかに動いた。


(……“正しく”?)


 どれも、感情が希薄だ。

 不安が解消されたというより、判断そのものが消えている。


「医療機関との連携は?」


「……睡眠外来と精神科から、

 “患者が突然来なくなった”という報告が複数」


「症状は?」


「不眠、強い不安、離人感……様々ですが、

 共通していたのは──」


 捜査員は言葉を探した。


「“自分がおかしいという自覚があった”ことです」


 高峰は深く息を吐いた。


(……完全に一致する)


 残響の初期症状。

 まだ“自分が壊れかけている”と理解できる段階。


 そこを越えると、相談すらなくなる。


「関係者の聞き取りは?」


「一人だけ、共通点があります」


「言え」


「相談窓口や給湯室、病院、役所で──

 “親身な女性に声をかけられた”という証言が複数」


 高峰は、椅子にもたれた。


(女……?)


「年齢は?」


「三十前後。

 落ち着いていて、清潔感があって……

 “信頼できそう”と全員が言ってます」


 嫌な寒気が背中を這った。


(……“信頼できそう”)


 それは、被害者自身の評価だ。


「その女性の名前は?」


「……記録がありません」


「防犯カメラは?」


「映っています。

 ですが──」


 捜査員は、映像を再生した。


 廊下を歩く人々。

 その中に、確かに“彼女”はいる。


 なのに、それ以上、目が引っかからない。


 視線が、泳ぐ。


(……覚えられない)


「顔の特徴は?」


「言語化できません」


 高峰は、はっきりと確信した。


(これは“祓い”じゃない)


 問題を取り除いているのではない。

 問題を認識する脳の回路ごと、整理している。


(……誰の真似だ)


 頭に浮かぶのは、二人しかいない。


 壊れたものを直そうとする女。

 壊れたものを終わらせる女。


 だが、このケースは……違う。


 どちらでもない。


 あまりにも、手触りが軽すぎる。


「被害者の現在地は?」


「自宅にいます。

 日常生活は普通です。

 仕事も、炊事も、睡眠も」


「問題は?」


「……ありません」


 だからこそ、異常だった。


 高峰は静かに言った。


「この案件は、表沙汰にするな。

 “改善例”として流す」


「え……?」


「今、正体不明の“善意の存在”を刺激したくない」


 そう告げてから、立ち上がる。


(……行動が早すぎる)


 誰かが、事前に設計したような動きだ。


 高峰は、自分のデスクに戻り、

 スマートフォンを取り出した。


 真名井梓の番号。


 一瞬だけ、躊躇う。


(……いや。

 もう一人いる)


 別の番号を選んだ。


 情報屋。


 コール音、二回。


『どうした、警部補』


「女が出てきた」


『……ほう』


「祓屋を名乗っている」


 電話の向こうで、短く笑う声が聞こえた。


『それはまた、面倒なのが出たな』


「知ってるか?」


『名前は知らん。

 だが、“手口”は嗅いだ』


「何者だ」


 少しだけ、間があった。


『……本物の真似をしたまま、

 思想だけを切り取ったタイプだ』


 高峰は、眉間に皺を寄せた。


「つまり?」


『祓う理由も、向こう側も見てない。

 “正しく整った結果”だけを売る女だ』


「危険か」


『一番危険だよ』


 男の声が、低くなる。


『だってそれ、

 世界が“黙って壊れていく”やり方だからな』


 通話が切れた。


 高峰は、携帯を握りしめたまま、

 窓の外を見た。


 街は静かだ。

 妙なほど、落ち着いている。


 だが、この静けさは、

 問題が消えた結果じゃない。


(……声を上げる人間が、消えただけだ)


 高峰は、決断した。


 これは、事件だ。


 気づいてしまった以上、

 見逃すわけにはいかない。

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