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祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)  作者: みえない糸
第1章 世界はまだ、正しく壊れている

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第2話 発電所跡・時間遅延型残響事件 その1止まり続ける十分

 東湾市の外れ。

 潮風に晒され続けた旧火力発電所跡は、地図上ではもう“死んだ施設”になっていた。


 だが実際には、

 死んでいない。

 止まっているだけだ。

「……あの通話のあと、すぐ来る羽目になるとはな」

 鉄柵の前で、高峰修一は低く吐き出した。

 

 ——昨日の夕方。

 北湾第六団地を出た直後、中森安行からの情報。

『東側の旧工業地帯だ。

発電所跡が、時間ごと歪んでる』

 梓とまだ通話が繋がっている状態で、

 彼はその情報を聞いた。


 そしてその夜遅く、高峰自身にもセルが入った。

 「発電所跡で時間異常発生」

 悪い冗談のように、連続して。

「真名井さんは?」

 そばにいた分析官が尋ねる。

「もう向かってる」

 即答だった。

「さっき話した。

 ……嫌な予感がしたんだとさ」

「当たるのは、そういう予感ばっかですね」

「だから困るんだよ」

 高峰は鉄柵の向こうを見る。


 巨大な建屋。

 錆びた配管。

 崩れかけた煙突。

 普通の廃墟。

 ただし今は——そこに時間が沈んでいる。

「で、改めて説明してくれ」

「はい」

 分析官が端末を開く。

「この発電所跡では、

 対象者が“同じ十分間を繰り返す”という報告が出ています」

「繰り返す?」

「内部に立ち入った作業員三名と警官二名が、

 十分経過すると、それ以前の位置と状態に戻されているとのことです」

「記憶もか?」

「部分的に残ります。

 ただし——」

 端末の画面にグラフが表示された。

「脳波データを見ると、

 同じ十分間の記憶が“多重に重なっている”形になってます」

「重なっている?」

「はい。一つの記憶じゃなく、

 五回、六回分の体験が、同一の時間情報に圧縮されている」

 高峰は眉間を押さえた。

「それは……頭がおかしくなるな」

「すでに一人、錯乱状態です。

 自分の中で“現在”が複数になった、と」


 ——時間が増殖する錯覚。

 これは空間歪曲の残響とは次元が違う。

「……中森の言ってた通りだな」

「え?」

「いや」

 高峰は口を切る。

「こいつは“個人の祈り”じゃない。

 場そのものに沈んだ残響だ」

 団地よりも厄介だ。

 あそこは生活だった。

 ここは、産業の残骸。

 人の営みが機械と混ざって凝固した場所だ。

「現時点での侵入者は?」

「確認できているだけで三名。

 全員、自称“探索動画配信者”です」

「……またか」

「廃墟配信が流行ってますから」

「ここは遊び場じゃないんだがな」

 その時だった。

 高峰の視線の先、

 発電所の奥に、ひとつの人影が見えた。

「……誰だ、あれは」

 鉄柵の内側。

 立ち入り禁止区域。


 安全服に似た作業着。

 だがヘルメットも標識もない。

 男は、はっきりとこちらを見ていた。

「作業員じゃありません。

 許可証も出てない人物です」

 分析官が答える。

 高峰は、一歩前に出た。

「おい!」

 声を張る。

「そこは立入禁止だ! 出ろ!」

 男は動かない。

 ただ、少しだけ首を傾げて笑った。

「……もうすぐですよ」

 声が、風もないのに届いた。

「十分」

 男はゆっくりと腕時計を叩いた。

「もう十分、経ちます」

「何がだ!」


「ええ?」

 男が微笑む。

「ここに入ってから、です」

 次の瞬間だった。

 風が、止まった。

 音が、消えた。

 発電所が、写真の中の風景みたいに静止した。


 高峰は、反射的に腕時計を見る。

 14時50分。

 さっきと同じだ。

「……まさか」

 分析官が息を呑む。

「もう、始まっているのか……?」

 男が、にこりと笑った。

「ええ。もう何回目でしょうね」

 そして穏やかな声で、言った。

「ようこそ」

「更新の手前へ」

 高峰は理解した。

 ここはただの廃墟じゃない。

 ここは――

 時間が書き直される直前の、溜まり場だ。


 そして、この空間にはもう、

 残響だけじゃない“何か”が居座っている。

 その時、

 無線が短くノイズを発した。

『警部補、今、到着しました』

 聞き慣れた声。

『もう始まってますね』

 真名井梓の声だった。

 高峰は、ゆっくりと息を吐いた。

「……ああ。

 最悪のタイミングでな」

 発電所の煙突の影が、

 同じ形のまま、再び地面に落ちる。


 同じ十分間が、

 また、始まろうとしていた。

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