第7話「響かない叫びの町」 その2 燃えない炎の記憶
梓は深夜の住宅街に立っていた。
南部のこの一帯は、昔ながらの木造家屋が密集し、
まるで昭和の時間だけが取り残されたような空気がある。
しかし今は──
その街並みに、あり得ない“熱の層”が漂っていた。
「……すごい。
空気が……“燃え残ってる”みたい」
夜風は冷たいのに、
呼吸するたび、喉の奥が少しだけ焼ける。
(これは……火の熱じゃない。
“声が燃える熱”。
残響の出す温度……)
八鍵を開き、
端末の熱源センサーをかざす。
画面が赤に染まる。
「この熱……物理現象じゃない。
残響層が“二重化”してる……」
等高線のように街全体に広がった熱の波形は、
まるで、“声が上書きされた後の余熱”そのものだった。
梓は高峰と合流した。
「来たか、真名井」
「状況を教えてください。
……熱いですね、ここ」
「火事じゃねぇ。
どの家にも炎はない。
だが──“声”だけが焼けてる」
「声が焼ける……?」
梓は眉をひそめた。
「通報音声も全部無音。
ただ、オペレーターのヘッドセットから焦げ臭ぇノイズだけ出たらしい。
現場の住民も……喉の奥が焼けてて、声が出ねぇ」
「……声を奪う残響、ですか」
高峰が短く顎を引く。
「これを見ろ」
スマホの画面には、現場の監視カメラ映像。
男性がリビングで口を開け、救助を求めるように手を伸ばす。
しかし──
彼の背後に、小さな影が立っていた。
黒い髪。
少女の背丈。
身体の輪郭は、火の熱で揺らぐ空気のようにぼやけている。
ただ“そこ”に立ち、
男性の喉を凝視していた。
「……少女……?」
「いや、これは影だ。
映像にはっきり映ってるのに、現場には姿がなかった」
少女の影は、一歩、男の方へ近づく。
その瞬間──映像がぶれ、
男の喉から“ジュッ”と焦げた音がした。
梓
(……これ……)
(……焼かれた声……?
いいえ……これは……
“叫んでも届かなかった声の残骸”)
「真名井、心当たりあるのか?」
「……まだ断言できません。
ただ、この残響──
“声が届かなかった者の祈り”が元になっています」
「祈り?」
「誰かに助けを求めたのに届かなかった。
叫んでも、泣いても……
声そのものが空気に焼かれて消えてしまう……
そんな“最期”を迎えた人の思念です」
高峰は息をのむ。
「そんな死に方……あるのか?」
梓
「あります。
歴史の中には……」
(火刑台……
煙に消えた声……
助けを求めても届かず……
声が、炎で燃えて消える──)
(まさか……
八百屋お七……?
燃えて消えた祈り……
少女のまま残った情念……?)
胸がざわつく。
お七は恋と火事と処刑の象徴だ。
助けも届かず、ただ泣き叫んで消えた少女。
(でも、まだ確定しない。
この段階で断言するのは早い。
私の仕事は“修正”。
まずは根拠を集めないと)
「高峰さん。
残響層の中身を見ます。
精神領域に入りますね」
「危険じゃねぇのか?」
「いつも危険ですけどね。
……慣れました」
梓は少しだけ笑ってみせた。
だが笑みの奥にあるのは、
確かな“ざわめき”だった。
(声が焼ける残響……
もし本当に“彼女”なら……
世界層との同調は、かなり深い)
「入ります」
梓は八鍵を握り、量子暗号札を胸元に当てた。
「祓詞《息綴界門》──開」
視界が白く塗りつぶされる。
灰の気配。
熱のない炎。
泣き声が“熱”に変換されて空気を震わせる。
梓は精神層の入口に立った。
(そこに……いるんですね。
届かなかった声の少女……)
(あなたを、修正します)




