第26話 進歩は祈らない その2 復旧は、終わっていなかった
「……だから言ってるだろ。
これは“怪異”じゃない」
会議室で、年配の刑事が苛立ちを隠さずに言った。
「災害後の混乱だ。
行政システムの復旧ミス。
データベースの整合性エラー」
机の上には、分厚い資料の束。
住民票。戸籍。マイナンバー。
銀行口座の履歴。
公共施設の利用ログ。
そこに共通しているのは、
すでに死亡が確認されている人間の名前だった。
「死亡届は受理されてる。
遺体確認も済んでる。
なのに、システム上では“生存”している」
若い刑事が言う。
「正直、
どこかの委託業者がやらかしたとしか……」
「防犯カメラも同じだ」
別の刑事が資料をめくる。
「映ってる。
歩いてる。
でも、接触記録がない」
「幽霊じゃない。
映像処理の誤認だろ」
「熱源は?」
「不安定だが、ある」
「じゃあ人間だ」
議論は、現実的な範囲で進んでいた。
誰も、“それ以外”を口にしない。
――いや。
一人だけ、口にできない者がいた。
高峰修一は、黙って資料を見ていた。
徳橋聖和。
その名前が、脳裏に浮かぶ。
二か月前。
同じように、
「死んでいるのに存在している」男。
だが――
(違う)
高峰は、表情を変えないまま思考を巡らせる。
徳橋は、
恋人を取り込もうとしていた。
行動に目的があった。
感情の向きが、はっきりしていた。
だが、今回の資料に並ぶ人間たちは違う。
「生活しているように見えるが……」
刑事の一人が言う。
「特定の目的がない。
ただ、そこにいるだけだ」
高峰の内心で、警鐘が鳴る。
(目的がない、のに残っている)
それは、
“戻ろうとしている”状態ですらない。
「……高峰?」
呼ばれて、顔を上げる。
「意見は?」
高峰は一拍、間を置いた。
「災害後の復旧処理に問題があるのは確かだ」
誰も否定しない言葉を選ぶ。
「だが、
単なるデータ不整合で片付けるには
影響範囲が広すぎる」
「広域バグ、ってことか」
「そうだ」
高峰は頷いた。
「しかも、
人の行動に“影響”が出ている」
資料を指で叩く。
「周囲の住民が体調不良を訴えている。
頭痛、耳鳴り、強い苛立ち」
「ストレスだろ」
「災害後だ。珍しくない」
高峰は、それ以上は言わなかった。
言えなかった。
――ここで“残響”という言葉を出せば、
自分が異物になる。
会議が終わり、
刑事たちはそれぞれの持ち場へ戻っていく。
高峰は、一人で残った。
資料を閉じ、
小さく息を吐く。
(徳橋は、終わった)
だが――
(これは、徳橋じゃない)
誰かが、同じ構造を再現している。
もしくは、
徳橋の裏にいた“何か”が動いている。
高峰は立ち上がり、
使われていない小部屋に入った。
ドアを閉め、携帯を取り出す。
登録名は一つ。
――真名井 梓。
数回のコールの後、
落ち着いた女性の声。
『はい。真名井です』
「……徳橋の件、覚えてるか」
『はい』
即答だった。
「同じような案件が出てきた」
『同じ、ですか』
「表面はな」
高峰は低く言う。
「だが、
今回のは“目的がない”」
一瞬の沈黙。
『……拡散していますね』
高峰は目を閉じた。
「やっぱり、そう見えるか」
『徳橋聖和は、
自分の感情で動いていました』
「今回は?」
『感情だけが、
人に貼り付いています』
高峰は、壁に背を預けた。
「警察じゃ、
ここまでしか見えない」
『承知しています』
梓の声は、常に敬語で、
だが揺れなかった。
『被害者として扱います』
「……死んでてもか」
『はい』
一拍。
『怒りを押し付けられただけの人間ですから』
通話が切れる。
高峰は携帯を下ろし、
天井を見上げた。
復旧。
再建。
正常化。
その言葉の裏で、
何かが確実に残っている。
「……徳橋で終わりじゃなかったか」
そう呟きながらも、
彼は覚悟していた。
この手の案件は、
一度始まれば、
終わり方を間違えると必ず増える。
そして今回――
その“間違い”は、
すでに起きている。




