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祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)  作者: みえない糸
第3章 修正できなかった世界

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第25話 復旧されるはずのない人間 その3 復旧ログの外側で

真名井梓は、画面に表示されたログを、指先でなぞるように眺めていた。


銀行口座の利用履歴。

公共施設の入退館記録。

マイナンバー連携ログ。


すべてが、正しい。


そして――

すべてが、ありえない。


「……綺麗すぎる」


ぽつりと、声が漏れた。


復旧直後の行政システムは、必ず歪む。

データの欠損、重複、認証遅延。

現実と噛み合わないノイズが出るのが普通だ。


だが、この男――

徳橋聖和のデータには、それが一切ない。


「復旧、というより……」


梓は、思考を言語化する。


「“再生成”されている」


机の上に並ぶ、いつもの道具。


量子暗号札。

八鍵。

イヤーカフとマイク。


梓は八鍵を手に取った。


黒い筐体に刻まれた祝詞回路が、

わずかに熱を帯びている。


(……もう、向こう側が近い)


高峰から送られてきた位置情報を確認する。


逃げている女性――

森川恵美の最終ログは、

再開発地区の外れ、旧住宅街。


地震で半壊し、

住民の多くが退去した区域だ。


「……なるほど」


人がいなくなった場所ほど、

“世界の縫い目”は露出する。


梓は立ち上がり、イヤーカフを装着した。


「祓いは、削除じゃない」


小さく、いつもの言葉を繰り返す。


「……修正」


だが今回は、

修正できるかどうかすら、分からない。


現場に近づくにつれ、

空気が変わっていく。


音が、少し遅れる。

視界の端で、建物の輪郭が揺らぐ。


(残響……)


(でも、強くはない)


むしろ――

薄く、広く、生活に溶けている。


これが一番、厄介だ。


森川恵美は、壊れていない。

逃げているが、錯乱していない。

論理も、恐怖の向きも、現実的だ。


つまり――

彼女は、まだ“こちら側”にいる。


梓は、崩れたフェンスの前で足を止めた。


その向こう。

街灯の下に、女性が座り込んでいる。


森川恵美。


両腕で自分を抱きしめ、

何度も後ろを振り返っている。


梓は、距離を保ったまま声をかけた。


「……森川さん」


びくり、と肩が跳ねる。


「だ、誰……!」


「警察ではありません」


梓は、ゆっくりと言葉を選んだ。


「あなたを、助けに来ました」


森川の呼吸が荒くなる。


「……来ないで」


「彼が、来る……」


「聖和は……もう……!」


言葉が詰まり、

声が震える。


梓は、確信した。


(この人は、知っている)


(“死”を、正しく認識している)


「徳橋さんは、一週間前に亡くなっています」


あえて、否定しない。


森川は、唇を噛みしめて頷いた。


「……分かってます」


「……分かってるのに……」


「……いるんです」


森川は、震える指で背後を指した。


「見えなくても……」


「近づくと……空気が、冷たくなる」


梓は、八鍵を地面に軽く当てた。


解析層を開く。


現実の上に、

薄く重なる“もう一つの位相”。


そこに――

人の形をした、欠損があった。


(……徳橋)


(いや)


(“徳橋だったもの”)


輪郭は曖昧。

感情だけが、過剰に残っている。


愛情。

後悔。

執着。


《守らなきゃ》


《置いていけない》


そんなコードが、

壊れたループのように回っている。


(これは……)


(加害者であり、被害者だ)


梓は、量子暗号札を一枚取り出した。


「森川さん」


「今から、少しだけ」


「現実が、揺れます」


「……でも、目を閉じないでください」


森川が、かすかに頷く。


梓は、低く祓詞を発声した。


「――遮断・小」


札が淡く光り、

周囲のノイズが一段、落ちる。


「……あ」


森川が息を呑む。


「……静かに、なった……」


だが、

その静けさの奥で。


何かが、

こちらを見た。


(来る)


梓は、八鍵を強く握る。


これは戦闘ではない。

だが、もう後戻りはできない。


修正するか。

拒絶されるか。


その境界に、

今、踏み込んだ。


「……徳橋さん」


梓は、位相の向こうに向かって言った。


「あなたは、復旧対象じゃない」


その瞬間、

空気が、きしんだ。


森川の背後で、

見えない“誰か”が、

一歩、踏み出した。

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