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祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)  作者: みえない糸
第3章 修正できなかった世界

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第25話 復旧されるはずのない人間 その2 改ざんされる死者

県警本部のフロアは、ようやく通常業務に戻りつつあった。


地震から二か月。

瓦礫は片付き、交通網も復旧し、

「未曽有の災害」という言葉だけが、ニュースの中に残っている。


だが、現場に残る者は知っていた。

復旧したのは、街並みだけだ。


「……相変わらず、後味の悪い異動だな」


高峰修一(たかみねしゅういち)は、端末から目を離さずに言った。


向かいの席で資料を整理している男が、軽く笑う。


「俺もそう思ってるよ」


田崎治(たさきおさむ)

数日前、正式にこの部署へ異動してきた。


学生時代からの腐れ縁だが、

“災害対応と異常事案”を専門に回されるあたり、

組織からの評価も、扱いも似たようなものだ。


「で?」


高峰は画面を切り替えながら言う。


「“復旧後に出てきた異常”ってのは、これか」


モニターに表示されているのは、一人の男の個人情報。


徳橋聖和(とくはしまさかず)

三十一歳。

一週間前、病院で死亡確認。


「……確かに死んでるな」


「死因もはっきりしてる。外傷性ショック」


田崎は淡々と続けた。


「救急記録、死亡診断書、全部そろってる」


「問題はそのあとだ」


高峰は、次のログを表示する。


銀行口座の利用履歴。

公共施設の入退館記録。

防犯カメラの映像。


「……全部、死亡確認後か」


「そう」


田崎は頷く。


「しかも、アクセス権限や認証は“正規”だ」


「復旧システムが、“生存者”として再登録してる」


高峰は、ゆっくりと椅子に深く座り直した。


「……恋人は?」


森川恵美(もりかわえみ)


田崎は即答した。


「彼女は知ってる。徳橋が死んだことを」


「だから、逃げてる」


高峰の指が止まる。


「逃げてる?」


「昨日、警察に通報があった」


田崎は一枚の報告書を差し出した。


「“死んだはずの恋人に追われている”」


「本人は、はっきりそう言ってる」


高峰は短く息を吐いた。


(……なるほど)


「つまり、本人は最初から“異常”を理解してるわけだ」


「そうだ」


田崎の声が、少しだけ低くなる。


「徳橋は、生き返ったんじゃない」


「“戻ってきたように見えているだけ”だ」


高峰は、防犯カメラの映像を再生した。


夜の住宅街。

画面の端を歩く男。


誰も振り返らない。

誰も気づかない。


だが、

確かに“そこにいる”。


「……一般人には見えてないな」


「見えてない、というより」


田崎は言葉を選んだ。


「“認識されてない”」


高峰は、その違いを理解した。


「存在してるが、世界に反映されてない」


「復旧されたのは、データだけか」


「あるいは――」


田崎は言いかけて、止めた。


高峰が続きを言う。


「“残ったもの”だけが、動いてる」


二人の間に、短い沈黙が落ちる。


高峰は、机の上に指を置いた。


「……徳橋は、森川をどうするつもりだ?」


「取り込もうとしてる可能性が高い」


田崎は即答した。


「映像の行動パターンが一致してる」


「“守ろうとしている”ようにも見えるが……」


「結果は同じだ」


高峰は遮った。


「生者が触れれば、壊れる」


田崎は苦笑する。


「やっぱり、そういう結論になるか」


高峰は、引き出しから一枚の名刺を取り出した。


そこに書かれた名前。


——真名井梓。


「田崎」


「ん?」


「この案件、俺の管轄にする」


「現場の刑事は下げろ」


「……また、祓屋か」


「今回は“修正”が必要だ」


高峰は立ち上がり、スマートフォンを手に取った。


通話ボタンを押す。


数回の呼び出し音。


『……はい』


落ち着いた声。


「真名井か。高峰だ」


『久しぶりですね』


「二か月ぶりだな」


高峰は言葉を続ける。


「復旧システム絡みの異常だ」


「一週間前に死んだ男が、“生きている扱い”で動いてる」


『……被害者は?』


「恋人が一人」


「本人は事情を理解してる」


『逃げている、ということですか』


「ああ」


高峰は画面を見つめながら言った。


「追ってるのは、もう人間じゃない」


『分かりました』


返答は即座だった。


『場所と、最新の行動ログを送ってください』


「頼む」


通話を切る。


高峰は、静かに息を吐いた。


(……復旧されるはずのない人間)


(……そして、復旧されてはいけない感情)


田崎が、ぽつりと言った。


「なあ、高峰」


「なんだ」


「助けられると思うか?」


高峰は即答しなかった。


モニターの中で、

徳橋聖和が、誰かを探すように立ち尽くしている。


「……“終わらせる”ことはできる」


「助けるかどうかは」


一拍。


「その先の話だ」


地震は、街を揺らした。


だが、

本当に壊れたのは、

“人が戻っていい場所”の境界だった。


そして今、

それを越えてきたものが、

静かに歩き始めている。

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