第24話 職務に殉ずる者 その2 生存確認不能
高峰修一が田崎治から電話を受けたのは、発災から三日目の深夜だった。
仮設庁舎の外は、まだ重機の音が止まらない。夜でも救助灯が消えず、街全体が眠ることを忘れている。高峰は資料の山に埋もれた机で、コーヒーを啜りながら通話に出た。
「……久しぶりだな、田崎。こんな時間にどうした」
『悪い。大学のよしみで聞いてくれ…』
声は疲れていたが、切迫している。
『相談がある。警察の立場で聞いてほしい』
「自衛隊が警察に相談って時点で、ろくな話じゃないな」
高峰は椅子にもたれた。
『笑えない。……小川小隊のことだ』
その名を聞いた瞬間、高峰の指が止まった。
「小川哲也? 第七の小隊長だろ。今回やたら活躍してる」
『……ああ』
一拍、沈黙。
『……活躍しすぎてる』
高峰は眉をひそめた。
「どういう意味だ」
『救助判断が異常に早い。瓦礫の中の生存者を、勘みたいな精度で当てる。
しかも、救助された側が誰一人パニックを起こさない』
「それ、優秀なだけじゃねぇのか?」
『だったらいい』
田崎の声が低くなる。
『問題は、隊員だ。小川の小隊、全員おかしい!』
「おかしい?」
『疲労限界を超えてるのに、士気が下がらない。
むしろ、妙に揃ってる』
高峰は、脳裏で報告書の数字を思い出していた。
確かに、小川の小隊は異様だった。
『頭痛、耳鳴り、吐き気。医療班に回ってる。
でも誰も小川の指示を疑わない』
「……洗脳とか言うなよ」
『俺もそう思いたい』
田崎は続けた。
『それともう一つ。
俺の隊からは、小川が“見えない”』
高峰は無言になった。
『声は聞こえる。指示も届く。
でも姿を視認できない奴がいる』
「……集団幻覚?」
『そう言ってくれたら楽だ。
でも、俺は“見える”』
田崎は言った。
『小川は、いつも通りだ。
瓦礫の前で腕を組んで、地図を見て、俺たちを動かす』
高峰は、深く息を吐いた。
「……分かった。俺が調べる」
『頼む』
通話が切れた。
高峰は、すぐに動いた。
まず事故報告。
災害派遣中の負傷者リスト。
未整理の死亡記録。
指が止まる。
小川 哲也
発災当日。
二次崩落。
心肺停止。
搬送後死亡。
「……は?」
一度では信じられず、別ルートでも確認した。
医療機関の死亡診断書。
自衛隊の内部報告。
遺体安置記録。
すべて揃っている。
「……死んでる」
高峰は呟いた。
確定事項だった。
疑いようがない。
なのに——
現場では、小川哲也が指揮を執っている。
高峰は、机に両肘をついた。
「……冗談じゃねぇぞ」
次に確認したのは、救助活動のログだ。
小川の小隊が動いた時間帯。
救助成功地点。
生存者の証言。
共通点があった。
誰も、小川の顔をはっきり思い出せない。
声は覚えている。
指示は覚えている。
安心感も覚えている。
だが、顔だけが曖昧だ。
「……“存在”が薄い」
高峰は、嫌な感覚を覚えた。
これは事故じゃない。
精神的錯誤でもない。
死んだ人間が、役割だけを続けている。
高峰は立ち上がり、窓の外を見た。
瓦礫。
照明。
夜でも終わらない救助。
「……田崎」
呟く。
「お前、地雷踏んでるぞ」
高峰は、スマートフォンを取り出した。
この手の案件で、警察の理屈は役に立たない。
書類も、規則も、すべて後追いになる。
必要なのは——
修正できる人間だ。
番号を押す。
コール音のあと、すぐに繋がった。
『はい』
落ち着いた女の声。
「俺だ。高峰」
『久しぶりですね』
「地震絡みで、妙なのが出た」
一拍置いて、はっきり言う。
「死んだ自衛官が、救助指揮を続けてる」
沈黙。
だが、驚きはなかった。
『……場所は』
「都心南部。瓦礫が集中してる区画だ」
『現場を止めないでください』
即答だった。
「どういう意味だ?」
『止めたら、壊れます』
高峰は、目を閉じた。
「……そういうことか」
電話を切り、すぐに田崎へかけ直す。
「田崎。結論だ」
『……何だ』
「小川は、もう死んでる」
沈黙の向こうで、息を呑む音がした。
「でも現場の異常は本物だ。
だから、今は“何もするな”」
『何も、するな?』
「そうだ。小川の指示は、通せ」
一瞬の間。
『……了解だ』
高峰は続けた。
「代わりに、俺が“祓屋”を呼んだ」
『……なんだって?』
田崎は沈黙の後、短く答えた。
『信じていいんだな』
「今は任せろ」
高峰は窓の外を見た。
救助灯の下で、
まだ街は生きている。
だが、その中心で、
死んだ指揮官が、善意のまま立っている。
「……小川」
高峰は呟いた。
「お前、どこまでやるつもりだ」
答えはない。
だが、高峰は知っていた。
これは、放っておけば必ず壊れる。
そして——
壊れる前に手を入れる役目が、もう動き出していることも。




