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祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)  作者: みえない糸
第2章 殺すことを選んだ祓い

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第23話 復讐の果てに… その3 棺から生まれた神

 大聖堂の最奥。

結衣の視界に、それがあった。


最初、それは「形」を持っていなかった。

塊。

歪み。

空間そのものが、ひとつの重さを持って沈み込んでいる。


空気が、粘つく。

湿った祈りの臭いが、肺にまとわりつく。


近づくにつれ、結衣はそれが生き物ですらないことに気づいた。

いや――正確には、「生き物であることを放棄した集合体」だ。


人の腕。

折れ曲がり、絡まり、柱のように積み上げられている。


人の脚。

関節が逆向きに折れ、地面を支えるためだけに配置されている。


背中に見える隆起は、獣の肩ではない。

複数の背骨が、無理やり縫い合わされている。


頭部に相当する場所には、獣の面。

猿のような顔。

だが、その皮膚は獣のものではなかった。


人の皮。

引き剥がされ、縫い合わされ、表情の名残を残したまま貼り付けられている。


胴体は、狸のように膨れ上がっている。

しかしその内部で蠢くのは、臓器ではない。


祈っている人間の上半身だった。


口を開き、目を閉じ、

救いを乞う形のまま固定されている。


四肢は虎のように太く、筋肉が盛り上がっている。

だが、爪の根元には、

人の指が埋め込まれている。


尾は蛇。

いや――

数珠のように連なった首だ。


口を開いたまま固まった首。

叫びかけて、声を失った首。

赦しを乞いながら、祈りが叶わなかった首。


それらが、ゆっくりと蠢いている。


結衣は、思わず一歩引いた。


喉が、詰まる。

吐き気が込み上げる。


「……鵺……」


呟いた声は、震えていた。


妖怪の皮を借りた、

人間の墓標。


いや、墓ですらない。

これは――棺だ。


祈りを押し込み、

願いを圧縮し、

その中心で“何か”を生かすための。


鵺は、動かない。


だが、満ちていく。


鼓動。

呼吸。

祈り。


人が祈るたび、

人が縋るたび、

人が絶望するたび。


それらが、一本の線に束ねられていく。


結衣の心臓が、嫌なリズムで跳ねた。


――来る。


理解するより先に、身体が察した。


次の瞬間。


裂けた。


鵺の胸部が、内側から引き裂かれる。


縫い合わされた肉が、悲鳴を上げる。

骨が砕け、関節が外れ、

祈りだったものが、断末魔へ変わる。


白い光が、溢れ出した。


眩しい。

だが、温かくない。


目を焼くほどの光なのに、

そこには一切の救済がない。


鵺の身体は、内側から拒絶されるように崩壊していく。


役目を終えた器。

用済みの棺。


腕が落ち、

脚が砕け、

獣の面が意味を失う。


その中心から――

一人の少年が、歩き出した。


白装束。

血も、穢れもない。


光を纏っている。


だが、その光は祝福ではない。

選別の光だ。


床に足をついた瞬間、

鵺の残骸は灰となって崩れ落ちた。


人だったもの。

祈りだったもの。

願いだったもの。


すべてが、

「不要」と判断されて処分された。


少年が、顔を上げる。


結衣と、視線が合った。


その目に、感情はない。


怒りも、悲しみも、哀れみも。


あるのは――

確信。


天草四郎。


神になれなかった祈りが、

自らを神と定義して生まれ直した存在。


《……待たせました》


声は、穏やかだった。


だが、その一言で、

大聖堂の空気が従属した。


祈りが、命令へと変換される。


《器は、もう必要ありません》


鵺だったものを、振り返りもしない。


《集める段階は、終わりました》


結衣の八咫刀・滅が、勝手に震え出す。


赤雷が、刀身を走る。


結衣は歯を食いしばった。


これが――

兄を奪い、

家族を壊し、

無数の人を“素材”にした元凶。


「……お前が……」


声が、掠れる。


「お前が、全部……!」


天草四郎は、首を傾げた。


《間違っています》


否定ではない。

修正だ。


《私は、ただ再現しているだけ》


島原。

弾圧。

虐殺。


信仰を理由に殺され、

信仰を理由に立ち上がった人々。


《神になれなかった祈りを、

 もう一度、神の位置へ戻す》


結衣の視界が、赤く滲む。


《そのために、

 拒む者は――不要です》


結衣の足が、震えた。


兄の笑顔。

両親の声。


何も知らず、

信仰も持たず、

ただ生きていただけの家族。


「……ふざけるな……」


《ふざけていません》


天草四郎は、結衣をまっすぐに見た。


《あなたは、正しい刃です》


祝福のように。


《だから、ここで折れてください》


空間が、歪む。


大聖堂の床が溶け、

壁が遠のき、

天井から無数の祈りが垂れ下がる。


残響世界が、完全に神域へ上書きされる。


結衣の肺が、焼ける。


時間が、減る。


それでも。


結衣は、八咫刀を構えた。


「……殺す」


掠れた声。

だが、揺れていない。


天草四郎は、微笑んだ。


《神を斬るには、足りません》


光が、結衣を押し潰す。


神域が、完成した。


――最終決戦の幕が、上がった。

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