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祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)  作者: みえない糸
第2章 殺すことを選んだ祓い

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第22話 帰れない場所 その3 刃の外側にいた者

 赤雷が、空間を裂いた。


 灼滅の余波が、ようやく収束する。

 焦げた匂いと、焼け落ちる音が遅れて押し寄せた。


 牛鬼――有家監物だった残響は、そこにいなかった。


 崩れた肉も、角も、血の臭いも、すべてが霧散している。

 跡形もない。残穢すら残っていない。


 完全消滅。


 その事実を理解した瞬間、結衣の身体が大きく揺れた。


「……っ」


 膝が折れる。


 立っていられない。

 足が地面に力を伝えない。


 胸の奥、心臓のあたりから、ひび割れる感覚が広がっていく。

 まるでガラス細工が内側から砕けていくような感覚。


 呼吸をするたび、激痛が走る。


 吸えば裂ける。

 吐けば軋む。


 それでも、結衣は顔を上げた。


 ――戻らないと。


 現実へ戻らなければならない。

 礼拝堂に倒れている少女たちがいる。


 使命感だけが、身体を動かしていた。

 怒りでも、復讐でもない。


 ただ、「まだ終われない」という意識だけが、結衣を立たせている。


 結衣は、現実世界への離脱を意識した。


 視界の端で、世界の縁が滲む。

 崩壊が始まっている。


 その瞬間だった。


 背後。


 完全な殺意。


 音よりも先に、空気が切られた。


 斬撃が、背中を深く裂いた。


「――っ!」


 悲鳴は出なかった。

 痛みより先に、「やられた」と理解した。


 結衣の身体が前に吹き飛び、地面を転がる。


 息が詰まる。

 肺が潰れる感覚。


 起き上がろうとして、指が震えた。


 八咫刀・滅を握ろうとするが、柄に力が入らない。

 刃が、遠い。


 ――動けない。


 その事実が、はっきりと突きつけられた。


 足音が、近づく。


 重くはない。

 むしろ、軽い。


 だが、気配が異様だった。


 闇の中から、人の形を保った何かが現れる。


 輪郭は人間だ。

 だが、立ち方が違う。


 火の匂いがした。


 燃える木材。

 焦げた布。

 血と油が混じった、嫌な匂い。


 刀ではない。

 焼ける気配。


 結衣は、直感で理解した。


 ――本命。


 こいつが、最初から狙っていた。


《……生き残ったか》


 低い声。

 感情の起伏が、ない。


《我は、森 宗意軒(もり そういけん)…》


 化ける者。

 操る者。

 捨て駒を使う者。


 蘆塚(あしづか) 忠右衛門(ちゅうえもん)

 有家 監物(ありえ けんもつ)


 あれらは、切り捨て前提だった。


 結衣を削るための布石。

 灼滅を使わせるための誘導。


「……最初から…私を…殺すつもりだった…んだ」


 結衣の声は、掠れていた。


 森 宗意軒は、薄く笑った。


《……正確には違う》


 歩み寄る。


《“折れるかどうか”を見ていた》


 結衣の喉が、鳴る。


《祈りを守るためにはな、祈りを焼く必要がある》


 森 宗意軒の背後で、炎のような影が揺れた。


《信じた者ほど、騙しやすい》


 西洋で学んだ火術。

 中国で学んだ外科。

 人を壊すための知識。


 すべてが、言葉の裏に滲んでいる。


「……天草…四郎…か?」


 結衣が問う。


 森 宗意軒は、肩をすくめた。


《崇拝していると思ったか?》


 笑い声。


《利用しているだけだ》


 その言葉に、結衣の背筋が凍る。


《お前も同じだ》


 森 宗意軒の視線が、結衣を貫く。


《刃に選ばれただけの娘》


 結衣は、動けなかった。


 灼滅の反動。

 八咫刀・滅は、沈黙している。


 森 宗意軒の攻撃が来る。


 火を伴う斬撃。

 炎が、結衣の視界を焼く。


 幻惑。


 景色が歪む。

 足元が消える。


 結衣は、防ぐことしかできない。

 攻められない。


 避けるたびに、身体が悲鳴を上げる。

 心臓の亀裂が、広がっていく。


 ――ここまでか。


 死を、はっきりと意識した瞬間。


 空間が、割れた。


 異物感。


 この場に存在しないはずの“規則”が、割り込んできた。


 祓詞の干渉。


 結衣の背後で、声が響く。


「……下がりなさい」


 短い。

 だが、確実な声。


 森 宗意軒の動きが、止まった。


《……祓屋か》


 真名井梓は、結衣の前に立たなかった。

 横に立つことも、しない。


 距離を保ったまま、空間に修正を走らせる。


 斬らない。

 壊さない。


 修正する。


 森 宗意軒は、舌打ちした。


《今は引く》


 その判断は、冷静だった。


《刃は、いずれ折れる》


 捨て台詞を残し、宗意軒の姿が霧散する。


 残響世界が、完全に崩れ始めた。


 結衣の身体が、現実へ引き戻される。


 心臓の亀裂は、消えない。

 現実では、黒い痣となって残る。


 激痛。


 意識が、遠のく。


 最後に感じたのは、梓の気配だった。


 ――まだ、終わってない。


 そう思った瞬間、結衣の意識は闇に沈んだ。

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