第21話 刃に選ばれた者 その4 命を燃やす提案
結衣は、扉を乱暴に開けた。
「……ふざけんなっ!」
声が震えている。
怒りと悔しさが、まだ体の奥で燻っている。
中森は椅子に腰掛けたまま、視線だけを上げた。
「戻ってこれただけ、上出来だろ」
「上出来なわけあるか!」
結衣が机を叩く。
痛みが掌に走るが、構わない。
「倒せなかった。逃げた。……あんなの、ただの分体だろ」
中森は答えない。
沈黙が、結衣の神経を逆撫でした。
「私が弱いって言いたいのか!」
「事実だ」
即答だった。
中森は立ち上がり、結衣の正面に立つ。
「お前は未熟だ。覚悟も足りない」
「……っ」
「今まで斬ってきた相手は、逃げ場がなかっただけだ。今回のは違う。考える頭を持ってる。増える。引きずる。逃げる」
中森は結衣を見下ろした。
「それに、お前はまだ“自分が壊れる”覚悟をしてない」
結衣の喉が鳴る。
「してる!」
「してない」
中森は断じた。
「壊れる覚悟と、死ぬ覚悟は違う。お前はまだ“生きて斬る”つもりでいる」
結衣の膝が、わずかに揺れた。
その瞬間、脳裏に過去が流れ込む。
血の匂い。
割れた床。
兄・颯の背中。
振り向いた顔。
両親の声。
途切れる悲鳴。
「……っ」
結衣は膝をついた。
床に手をつき、肩で息をする。
「……仇を討てるなら」
声が、掠れる。
「……私は、何でもする」
中森は、その言葉を聞いて、何も言わなかった。
数秒。
いや、もっと長かったかもしれない。
やがて、中森は深く、深く息を吐いた。
「……ほんと、性質が悪い」
棚からケースを取り出す。
小さい黒い箱。
「聞いとけ。これは提案だ。命令じゃない」
中森は箱を開けると中の瓶を取り出した。
「八咫刀のリミッターを外せば、力は跳ね上がる。鵺の分体程度なら、まとめて裂ける」
結衣が顔を上げる。
「代償は?」
「重い」
中森は視線を逸らさなかった。
「精神がけずれ、寿命も削る。使うたびに、戻れなくなる」
結衣は即答しなかった。
だが、迷いはなかった。
「……仇を討たずに、生きながらえるくらいなら」
結衣は中森を見た。
「私は、仇を討って死ぬために、生きてる」
中森は一瞬、目を閉じた。
「……そうか」
八咫刀の柄に繋がる鎖を外す。
金属音が、やけに大きく響いた。
次に、中森は瓶に入ったた赤黒い液体を取り出す。
精錬された残穢。
血のように濃い赤。
触れなくても、熱を持っているのが分かる。
「これを使う。赤い雷に変える」
中森は刃に残穢をなぞる。
八咫刀が、低く鳴った。
「……八咫刀・滅」
赤い線が刀身に走り、脈打つ。
まるで生き物のように。
「祓詞は“灼滅”」
中森の声が低くなる。
「ただ、この祓詞は一度しか使えない。使えば、その場で死ぬ可能性もある」
結衣は刃を見つめた。
恐怖はない。
ただ、熱がある。
「……分かった」
中森は刃を結衣に差し出す。
「もう戻れないぞ」
結衣は、迷いなく受け取った。
「最初から、戻る気なんてない」
赤い雷光が、静かに刃を這った。




