第21話 刃に選ばれた者 その2 崖へ落ちる武士
中森安行は、机に広げた資料を指先で弾いた。
「……ほんと、歴史ってのは性格悪い」
蘆塚 忠右衛門。
名前だけ見れば、教科書の余白にも載らない男だ。だが、残響になる連中は大体こういう位置にいる。目立たないが、執念だけが異様に濃い。
小西行長の家臣。宇土城代。
城を任される程度には信頼されてた。つまり、そこそこ有能で、そこそこ忠義者。
で、関ヶ原で全部パーだ。
「……はい解散、って訳にいかなかったんだろうな」
負けて、主君は処刑。自分は生き残る。
ここで大人しく隠居できる奴は、そもそも城代にならない。
蘆塚忠右衛門は、潜った。
天草。
敗者が集まり、祈りと怨嗟が腐る土地。
まるで“負け犬の保存庫”だ。
豊臣に付いて、真田の下に入り、最後は島原で天草四郎に呼ばれて軍師役。
前に出る役じゃない。
刀を振るうより、糸を引く方が性に合う。
「……なるほどな。裏方が好きな奴は、死んでも裏方だ」
中森は資料の一行をなぞる。
原城落城。
少数で本陣に突っ込んで、首を取って冥土の土産にするつもりだったらしい。
「ロマンはある。成功してりゃな」
結果は全滅。
だが最期が、実に性格が悪い。
敵を捕まえて、小脇に抱えて、
《誠の武士の最期を見よ!》
そう言って崖から身投げ。
「……一人で死ぬ気、最初からねぇじゃん」
中森はそこで鼻で笑った。
道連れ。
巻き込み。
縛って、引きずって、同じ場所へ落とす。
土蜘蛛になるには、十分すぎる資質だ。
土蜘蛛ってのは、巨大蜘蛛じゃない。
表の支配に従わなかった連中の“呼び名”だ。
城を持てなかった側、持ってたのに奪われた側。
土に潜って、糸を張って、城ごと人を絡め取る。
蘆塚忠右衛門は、城を守る側から、城に籠って死ぬ側へ落ちた。
しかも軍師。
縛るのが仕事。操るのが役割。
「そりゃ糸使うわ。性格そのまんまだ」
だから今回の現象になる。
糸で洗脳。
寺や神社を狙うのも筋が通る。
キリシタンかどうかは関係ない。
“自分たち以外の祈りは偽物”
それを証明するために壊す。
死体に子蜘蛛を憑かせるのも同じだ。
数を増やしたいんじゃない。
仲間が欲しいわけでもない。
「敵を、同じ地獄に引きずり込みたいだけ」
中森は携帯を取り、結衣への文面を考えた。
『相手は鵺の分体。土蜘蛛型。
戦争じゃない。
これは嫌がらせだ』
一拍置いて、付け足す。
『斬れば終わると思うな。
だが、斬らなきゃ、ずっと増える』
送信して、机に背を預けた。
天草四郎は変わらない。
信仰と怨嗟を混ぜ、役割を与え、増やす。
蘆塚忠右衛門は、その中の門番だ。
本丸に行く前に、刃を削るための存在。
「……ま、結衣には丁度いいだろ」
誰に言うでもなく呟く。
「甘やかされて死ぬより、削られて生きろ、ってな」
口調は軽い。
だが、目は笑っていなかった。




