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祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)  作者: みえない糸
第2章 殺すことを選んだ祓い

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第20話 喰われる塔、飢えの手足 その2 消えた人数、残らない理由

最初に異変が共有されたのは、午前七時二十二分だった。


「……高峰さん、ランドマークタワーです」


若い刑事の声は、すでに疲れていた。

高峰修一(たかみねしゅういち)は、コーヒーを口に運ぶ手を止めた。


「事故か?」


「それが……登った人間が、一人も降りてきていません」


高峰は黙った。


言葉の意味を、頭の中で組み立て直す。


「……エレベーター事故なのか?」


「いいえ。設備は正常です。停止履歴もなし。非常停止も作動していません」


「じゃあ、何だ」


「……分かりません」


それが、始まりだった。


現場に着いた時、

タワーはいつも通りだった。


外観に異常はない。

ガラスも割れていない。

出入口も封鎖されていない。


だが――

静かすぎた。


高峰は無意識に、耳を澄ませた。


人の声が、薄い。

観光地特有のざわめきが、欠けている。


「防犯カメラは?」


「全フロア確認しました」


鑑識が答える。


「深夜二十三時以降、エレベーターで上階に向かった人間は、十七名。男女混在。年齢層は二十代から四十代」


「降りてきたのは」


「……ゼロです」


高峰は、モニターを見つめた。


確かに、映っている。


人が乗る。

扉が閉まる。

上昇する。


そして――

それ以降の映像が、ない。


「消えた、わけじゃないな」


「はい。映像は“続いている”んです。ただ……」


鑑識が言い淀む。


「……人が、いません」


展望フロア。


カメラは稼働している。

画質も問題ない。


だが、

そこに人影が映らない。


高峰は、舌打ちを噛み殺した。


「誰かが消した?」


「痕跡がありません。データ改竄の形跡も……」


「じゃあ、何だ」


誰も答えられなかった。


現場検証は、さらに奇妙だった。


床に、血痕がある。

だが、量が合わない。


肉片がある。

だが、人数に対して、少なすぎる。


骨片がある。

だが、破砕の仕方が、事故とも事件とも合致しない。


「……高峰さん」


鑑識が、声を落とした。


「“食われた”みたいです」


その言葉に、場が凍った。


「ふざけるな」


高峰は即座に切り捨てる。


「そんな報告、書類に載せる気か」


「いえ……ただ……」


鑑識は、床を指した。


「噛み跡が……人間の歯じゃない」


高峰は、視線を落とした。


確かに、歯型は不揃いだった。

間隔が広い。

顎の可動域が、異常に大きい。


「……動物?」


「ここは高層階です」


「……」


説明が、成り立たない。


さらに不可解なのは、

通報がないことだった。


悲鳴。

非常ボタン。

通報履歴。


すべて、ゼロ。


「……全員、黙って死んだって言うのか」


誰も答えない。


高峰は、現場を一通り見渡した。


血の匂い。

消えかけた体液。

拭われた形跡はない。


――消された。


いや、

最初から“事件として成立していない”。


その感覚が、背筋を冷やした。


「……記録、出せ」


「はい」


「行方不明事件として扱う。事故でも殺人でもない。まずは“消失”だ」


部下が頷く。


だが、その顔に安堵はない。


高峰は、ポケットの中の携帯を握った。


一人、思い浮かべた顔がある。


理屈で説明できない事件の時、

いつも頭をよぎる女。


真名井 梓(まない あずさ)


「……まだ、確証はない」


独り言のように呟く。


だが、

これは“普通じゃない”。


高峰は、通話ボタンを押した。


コール音が鳴る。


「……真名井か」


数秒の沈黙。


「……今、手が空いているか」


彼は、窓の外にそびえるタワーを見上げた。


その上で、

何が起きているのか分からないまま。


「……人が、降りてこない」


それだけを告げた。

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