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祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)  作者: みえない糸
第2章 殺すことを選んだ祓い

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第20話 喰われる塔、飢えの手足 その1 登った者から、食われる

片山郁子(かたやまいくこ)は、自分の姿がガラスに映るのを確認してから、エレベーターに乗り込んだ。


夜のランドマークタワー。

照明に照らされたガラスに、細い輪郭と長い脚が映る。


背が高く、首が長い。

無駄な脂肪がなく、身体の線は滑らかだ。


昔から言われてきた。

韓国のモデルみたいだ、と。


それが今夜、妙に気味が悪かった。


「……寒」


理由の分からない寒気が、背中を這う。

空調のせいではない。

肌の内側から冷える感じ。


郁子は腕をさすり、エレベーターの奥へ入った。


中には、数人の男女がいた。

観光客らしい若者、仕事帰りの会社員。

誰もがスマートフォンを見ている。


扉が閉まる。


上昇が始まった。


最初の数秒で、違和感が生まれた。


音が、軽い。


モーター音が、遠い。

身体は浮いているのに、速度の実感がない。


郁子は階数表示を見上げた。


数字が、点灯していない。


「……あれ?」


誰かが同じことに気づいたのか、視線が交差する。

だが、誰も何も言わない。


言葉を出す前に、空気が変わった。


生臭い。


鉄の匂いに混じって、

獣の腹の奥みたいな匂いが、じわじわと広がる。


「なんか……臭くない?」


郁子が言った瞬間、照明が揺れた。


一瞬、赤い非常灯が点く。


その時、壁に映った影を見て、郁子の喉が詰まった。


長すぎる。


人影なのに、腕が天井に触れている。

脚は、床を突き抜けている。


影が、動いた。


天井が、軋んだ。


腕が、降りてきた。


乾いた皮膚。

関節が多すぎる。

骨が皮膚の内側で浮いている。


誰かが悲鳴を上げた。


次の瞬間、床が盛り上がる。


脚が、突き破ってきた。


板が割れ、破片が飛ぶ。

異様に長い脚が、箱の中を占領する。


逃げ場がない。


郁子は後ずさった。

背中が壁に当たる。


誰かが、腕を掴まれた。


「やめ――!」


叫びは途中で潰れた。


噛む音。


肉が裂ける、湿った音。

歯が、骨に当たる鈍い衝撃。


郁子の胃が、反射的に収縮する。


吐き気。


「……いや……」


脚が動く。


床を叩き、逃げ道を塞ぐ。

指先が、郁子の足首に触れた。


冷たい。

生き物の温度じゃない。


郁子は転んだ。


床に手をついた瞬間、

ぬるりとした感触が掌に広がる。


血だ。


誰かの血。


指が滑り、立ち上がれない。


「たす……け……」


自分の声が、やけに遠い。


影が、覆いかぶさる。


腕が伸びる。


郁子の髪を掴んだ。


強い力で引き上げられる。

首が軋む。


目の前に、闇があった。


顔が、ない。

口の位置だけが、裂け目のように開いている。


そこから、臭気と息が流れ出る。


――食われる。


理解した瞬間、身体が震えた。


「……やだ……」


否定する。

理解したくない。


噛みつかれた。


肩。


皮膚が裂ける。

熱い。


痛みが、遅れて爆発する。


「――あああああ!」


叫んだはずなのに、声が続かない。


歯が、肉を引き千切る。


咀嚼。


ゆっくり。

確かめるように。


美しかった身体が、

ただの食い物として扱われている。


脚が、郁子の胴を踏みつけた。


肺の空気が、一気に吐き出される。


呼吸が、できない。


視界が白くなる。


最後に見えたのは、

床に散らばる、自分と他人の肉片だった。


整っていない。

選ばれていない。


ただ、

飢えたまま、喰い散らかされている。


エレベーターが止まった。


扉が開く。


そこは、展望台ではなかった。


暗い、広い空間。


すでに、

何人分もの痕跡が、床に残っている。


骨。

血。

噛み砕かれた肉。


影が、また動いた。


《……まだ……》


喉の奥から、掠れた音が漏れる。


《……足りない……》


夜明け。


ランドマークタワーは、いつも通りそこに立っていた。


ただひとつだけ、

登った人間が、一人も戻らなかったという事実を残して。

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