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祈りの残響(ECHOES OF PRAYER)  作者: みえない糸
第2章 殺すことを選んだ祓い

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第19話 正義は首を括る その5 使い尽くされる刃

 夜は、まだ終わっていなかった。


 だがそれは、戦いの余韻ではない。

 都市が本来持っている、均質で冷たい闇だ。


 規制線の向こうで、警察と救急が慌ただしく動いている。

 ストロボのように瞬く赤色灯が、コンクリートの壁を照らしては消える。


 結衣は、その少し離れた場所に立っていた。


 八咫刀は鞘に収められている。

 だが、刃はまだ熱を持っていた。


 ――斬った。


 残響を。

 そして、人の奥に巣食っていたものを。


 ポケットの中で、スマートフォンが震えた。


 画面を見る必要はなかった。

 このタイミングでかかってくる相手は、一人しかいない。


 結衣は通話に出た。


「……終わった」


 先に、そう告げる。


 数秒の沈黙。

 電波越しに、呼吸の音だけが聞こえる。


『残響は?』


「滅した」


『完全にか』


「……ああ」


 即答だった。

 迷いも、感情もない。


『……ナイフは』


「回収した」


 結衣は視線を落とす。

 黒い布に包まれた細身のナイフ。

 あれほど軽いのに、異様な存在感を放つ凶器。


「刃は生きてる。

 まだ残穢を吸ってる」


 中森の声が、少しだけ低くなる。


『……分かった』


 それだけだった。


 棚谷真一郎がどうなったか。

 生きているのか、壊れたのか。

 そんなことは、確認事項にすら入らない。


 結衣は、それを責める気になれなかった。

 中森は、最初からそういう人間だ。


「……あのナイフ」


 結衣が口を開く。


「誰に売ったの?」


『闇のブローカーだ。

 表には出ないルートだが……今回は運が悪かった』


「YouTuberに渡る確率は?」


『ゼロじゃない。

 だが、低い』


「低くても、起きた」


 短い沈黙。


『……ああ』


 中森は否定しない。


『だから回収を急がせた』


「人が壊れた」


『壊れたのは、残穢に触れた結果だ』


 言い切り。


「……都合がいい」


 結衣の声は、静かだった。


「斬ったのは私だ」


『斬れる刃を持ってるのも、お前だ』


 間髪入れずに返ってくる。


『お前が望んだ力だ』


 結衣は、奥歯を噛み締めた。


 水相多恵(みずあいたえ)の顔が、脳裏をよぎる。

 名前を呼んでも、届かなかった視線。

 そこにあった、決定的な距離。


「……八咫刀」


 結衣は言う。


「あれ、何を削ってるの?」


 今度の沈黙は、少し長かった。


『……違和感は、もう誤魔化せねぇか』


 中森は、ゆっくりと言った。


『生きてる人間の“縁”だ』


 結衣の喉が鳴る。


『血縁、友人、知人。

 名前を持つ前の繋がり』


「……だから、周囲が」


『そうだ。

 お前は斬るたびに、世界から少しずつ“薄くなる”』


 結衣は、笑わなかった。


「身体じゃないんだね……」


『身体は替えが利く。

 精神も、まだ修復できる』


 そこで、言葉が切れる。


『……縁は戻らん』


 結衣は、静かに息を吐いた。


「……最低」


『知ってる』


 中森の声は、平坦だった。


『だがな』


 少しだけ、間を置く。


『そこまでしなきゃ、復讐なんてできねぇ』


 結衣は、返事をしなかった。


 代わりに、聞いた。


「……使い尽くす」


「それでいいか、確認してるんでしょ」


 電話の向こうで、空気が動く。


 中森は、否定しなかった。


『……ああ』


『だが、今ならまだ止められる』


 結衣は、目を閉じた。


 戻れないことは、もう分かっている。

 普通の生を選び直す資格が、自分にないことも。


「……何度も聞くな!」


 声は、揺れていなかった。


「私は使い捨てでいい」


「斬るための刃として、最後まで使え」


 中森は、すぐに答えなかった。


 脳裏に、昔のやり取りがよぎる。


 ――――――


 血まみれの少女。

 重症の負っても折れない目。


『最後まで利用させてもらうぞ

 俺は自分の役に立つ奴しか拾わねぇ』


『だから——

 お前も俺を利用しろ』


『利用し合うならフェアだ。

 それが一番長続きする』


 ――――――


 「それでいい…」

 結衣が呟く。


 長い沈黙のあと、

『……わかった』

 中森はただ、それだけ告げた。


 契約の再確認。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 通話が切れる。


 結衣は、ナイフを布ごとバッグに入れた。


 次の現場がある。

 次の残響が待っている。


 刃は、まだ折れていない。


 ただ、

 削れる音だけが、確かに近づいていた。

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