第3話 受胎型残響・左眼連続殺人事件 その1模倣犯とされるもの
午前四時三十二分。
県警本部の会議室に、
眠気と乾いたコーヒーの匂いが充満していた。
壁のホワイトボードには、
赤いマーカーで同じ文字が三度並んでいる。
【左眼欠損・女性被害】
——三件目。
すべて市内。
すべて夜間。
すべて人気の少ない場所。
被害者は徹底して共通していた。
・年齢:20代前半〜30代
・単独行動
・争いの痕跡なし
・性的暴行なし
・そして——左目のみ摘出
「……10年前と、まったく同じだな」
机の端で、誰かが呟く。
10年前。
女性ばかりを狙い、
左目だけを持ち去り続けた連続殺人鬼。
逮捕。
起訴。
裁判。
死刑。
すでにこの世にはいない。
「問題は……」
捜査一課の係長が口を開く。
「これは“本人”か、“模倣犯”かだ」
「…本人はもういない」
別の刑事が即答する。
「死刑執行から、もう10年経ってる」
「だから模倣犯だろ」
「この手のやつは、目立とうとする」
「昔の事件をネタに、自分の名前を売りたいだけだ」
淡々と結論づけられる空気。
だが、
ひとりだけ、黙って聞いている男がいた。
高峰修一
県警サイバー対策室。
「……少し違うな」
彼は低く言った。
「何が」
「手口だ」
ホワイトボードを指さす。
「10年前の事件は、
被害者の行動履歴をかなり細かく追っていた」
「明らかにストーキング型だった
だが今回は違う」
会議室が静かになる。
「犯行までの導線がない、監視も、誘導もない
——いきなりだ」
ざわつく。
「つまり、偶発か?」
「行き当たりばったり?」
「違う」
高峰は首を振る。
「“選んでいない”」
「……どういう意味だ」
「被害者に、規則性がない」
「職業も、生活パターンも、SNSもバラバラだ」
「なのに、殺され方だけが同じ」
「つまり、狙ってるのは人間じゃない」
「行為そのものだ」
しばらく、誰も言葉を発しなかった。
「……お前の言いたいことは分かるがな」
係長がため息をつく。
「証拠は?」
「ない」
高峰は即答した。
「だから模倣犯で処理するのは合理的だ」
「ならそれでいいだろ」
「だが、ひとつだけ引っかかる」
高峰は、被害現場の写真をめくった。
血。
影。
左眼球の消失。
「犯行の“臭い”が、
模倣にしては……古すぎる」
「……古すぎる?」
「10年経っても変わらない匂いなんてのは、
だいたい“人間じゃない”」
会議室が冷えた。
「おい高峰……」
誰かが顔をひきつらせる。
「ここはオカルトの部署じゃないぞ」
「だからサイバー対策室に、
声をかけてきたんだろ」
淡々と返す。
「物理的じゃない犯罪の可能性を、
現場もどこかで感じている」
そのときだった。
会議室のドアがノックされる。
「失礼します」
入ってきたのは若い警察官。
「三件目の現場付近の防犯カメラ、
解析に回しました」
「写ってたのか?」
「ええ……ただ」
口ごもる。
「犯人らしき人物が……
途中から、フレームの中に“存在しなくなる”んです」
室内が、一瞬静まり返る。
「……消える?」
「はい」
「フェンスの影から出てきたのに、
三歩先で……フレームから、消えている」
「重なりでも不具合でもないのか?」
「それが……」
若い警官は躊躇したあとで言った。
「記録自体は、正常なんです」
高峰は黙って、その資料を受け取った。
コマ送りされた映像。
街灯の明かり。
影。
人影。
そして、
その“人影が削除されたように消えている”一瞬。
(……来てるな、これは)
高峰は心の中で呟く。
そのとき、
ポケットの端末が静かに震えた。
【真名井 梓】
画面には、名前だけ。
高峰は、会議室を出ながら通話ボタンを押した。
「……そっちは、もう気づいてるよな」
『ええ』
端末の向こうで、
梓の声が落ち着いて響いた。
『10年前の事件の“匂い”がします』
「模倣じゃないか?」
『模倣なら、
もう少し“人間らしい”です』
「じゃあ、なんだ?」
一瞬、間が空く。
『——受胎型残響です』
声が低くなる。
『人格に入り込んで、
生き返ろうとしているタイプ』
通話は、そこで切れた。
会議室の中では、
まだ誰も、その言葉の意味を理解していなかった。
だがすでに、
殺人は始まっている。




