第18話 喰われていく縁 その2 情報屋の嗅覚
中森安行の机は、いつも散らかっている。
紙。
写真。
端末。
焼け焦げた護符の切れ端。
精錬途中で失敗した残穢の沈殿物。
秩序はないが、無作為でもない。
必要なものが、必要な場所に「放置」されている。
中森は椅子に深く腰掛け、端末を指先で弾いた。
画面に映るのは、警察内部から流れてきた非公式資料。
正式な事件番号は、まだ付いていない。
――連続女性殺害事件。
地方都市。
人口規模は中程度。
共通点は、被害者が若い女性であること。
体型、骨格、皮膚の状態が極端に近い。
そして。
どの死体も、壊されている。
切断ではない。
拷問でもない。
“否定”だ。
中森は、写真を一枚ずつ拡大していく。
頸椎の角度。
肩甲骨の歪み。
骨盤の割れ方。
皮膚の裂け目。
どれも雑だ。
だが、雑な中に“選別”がある。
「……違うな」
誰に向けたわけでもない独り言。
殺しを楽しんでいるわけじゃない。
怒りをぶつけているわけでもない。
「……探していやがる」
中森は、煙草を咥えたまま、別の資料を引き寄せる。
島原の乱。
天草四郎。
陣中旗。
古い図像資料のスキャン。
筆致の癖。
人物配置。
「……やっぱりだ」
確信が、ゆっくり固まっていく。
中森は、端末を切り替えた。
次に表示されたのは、
警察が「誤認」として処理した未遂事件の報告書。
被害者:水相多恵。
死亡していない。
致命傷なし。
精神的ショックは大きいが、物理的損傷は軽微。
ただし――
供述が、あまりにも“現実離れ”している。
家の中が歪んだ。
壁が近づいた。
天井が低くなった。
視線を感じた。
「……残響に引きずり込まれかけたな」
中森は、ゆっくり息を吐いた。
運がいい。
いや――
「品定めの途中で、逃れた」
電話が鳴った。
画面に表示された名前を見て、
中森は少しだけ口角を上げた。
「……生きてるか」
『死んでたら電話しない』
結衣の声は、いつも通りだった。
平坦で、余計な感情がない。
「今どこだ」
『都内。仕事終わり』
「地方で、女が何人か死んでる」
『……何?』
「一人、未遂が出た」
『……』
「……名前は水相多恵」
一瞬だけ、間が空いた。
結衣は、それ以上を聞かない。
だが、名前を覚えている沈黙だった。
「昔の知り合いだろ?」
『……関係ない』
声は、揺れなかった。
だが、切り捨ててもいない。
「そいつが“器”として狙われてる」
『……理由は』
「身体だ」
中森は、写真をもう一度見た。
「均整が取れてる。骨格が綺麗だ。皮膚の張りもいい。
“作り直す”前提の残響には、都合がいい」
『……作り直す?』
「生き返りたい連中のやり方だ」
中森は、煙草の灰を落とす。
「失敗作は壊す。
使えそうなら、奪う」
『……斬る対象』
「そうだ」
中森は、軽く笑った。
「急がないと、次は成功するぞ」
『……うるさい』
「忠告だ」
中森は、椅子に深く背を預けた。
「そいつ、一度引っ張られてる。
次は、助けが入らない場所でやられる」
結衣は、短く息を吐いた。
『……どんな残響?』
「山田右衛門作」
『……誰?』
中森は、その反応を予想していた。
「島原にいた絵師だ。副将で内通者。最後まで生き延びた」
『……だから?』
「狒々の妖になり生き返るための皮を探して女を殺してる」
それだけで、十分だった。
『……場所』
「田舎の美術館、水相多恵の赴任先だ」
中森は、端末を切り替える。
「表向きは、事故と未遂で処理されてる。
警察は動かん」
『……いつ来る?』
「今夜か、遅くとも明日」
『……分かった』
通話は、それで終わった。
中森は、端末を伏せた。
机の上に残った写真の中で、
水相多恵の供述書だけが、少しズレている。
恐怖。
混乱。
だが――
「……時間が無いな」
小さく、呟く。
適合していれば、
あの残響は、もう少し“完成”していた。
中森は、椅子から立ち上がった。
金は稼いでも、また消える。
研究費に消える。
治らないものを治すために…。
だが――
「……まあいい」
結衣が斬るなら、
材料は手に入る。
そして、
結衣は、また一歩、
戻れない場所へ進む。
それを止める気はない。
止めたところで、
代わりはいないのだから。
中森安行は、
煙草に火をつけながら、
夜の外気を吸い込んだ。
「……間に合えばいいがな」
それが、
この街に向けた言葉なのか、
結衣に向けた言葉なのか。
中森自身にも、
もう分からなくなっていた。




