5発目 剣王
昨日のアレは、絶対に卒業するチャンスだった。なのに、なのに、僕は部屋から出ようとする彼女に黙って手を振り返すことしかできなかった。
結局昨日の僕は、あのあともう一度自分に向き合っただけの情けない男だった。朝方の事故と二度の自問自答、千載一遇のチャンスは掴めないのに、欲だけは人並み以上な自分が憎い。
ベッドの上で地団太を踏むしかできない童貞。それが今の僕で、きっとこれからもそうだ。
きっと僕はそういう星の元に生まれたのだろう。おそらくあれは最初で最後のチャンスだった。
きっと葵も失望しているだろう。あれだけのことをさせておきながら手を出してこれない情けない男、そう思っているに違いない。
だから僕は、生涯童貞で終わることを受け入れるしかない。覚悟を決める。今日限りで煩悩を断ち切り、自分は漢ではあるが男ではない、と自分に力強く言い聞かせる。
そうと決まれば、煩悩からの解放を目指す。今日から僕が握るのは昨日までとは違うものだ。
───そう、真実の剣だ!
ほとんど透明な剣を持ち、部屋を後にする。いても経ってもいられなくなり、素振りをしに中庭へ向かう。
───
「うおおおおお!!!」
僕は甲子園常連校に通うベンチ外の3年生のように、鬼気迫る形相で素振りをした。すべてはベンチ入り・・・、じゃなくて煩悩から解放のために!夢中で素振りを続ける。10、20、30、40、50,60,70!
73回目を迎えたところで誰かが背後から話しかけてくる。
「精が出るな。」
「うるさいやい!こちとら精なら昨日出し尽くしたんじゃ!」
昨日の悔しさで、つい言い返してしまった。
「すまない、だが昨日はそんなことしていなかったじゃないか★」
声の主は高島平耀司だった。耀司は続ける。
「昨日のことがあったから、今日は安静にするよう伝えたつもりだったが・・・、まあいい。しかし、素振りとは良い心がけだ。異世界生活2日目にして、グランデバイドの兵として自覚が芽生えた、といったところかナ★」
僕としてはただ煩悩を取り払いたいだけで兵としての自覚などは一切ないが、耀司は良い方に勘違いしてくれる。
無理はしないように、そう言い残し耀司はマントをはためかせ、中庭を後にする。
無理をするなと言われても、それは無理がある。僕はまだ煩悩から完全に開放されていない。最低でも108回は素振りをしないと気が済まない。
───
邪魔者もいなくなったので、素振りを再開する。
「755、756、757、758、759、760、761、762!」
順調に数字を重ねる。すると、また背後から声をかけられた。
「君が例の異世界人か。」
振り返り、声の主を確認する。先ほどのナルシマンではないようだ。
艶やかな金髪のロングヘアーが眩しく輝き、力強く凛々しい瞳、金属製の胸当て越しでもわかる豊かな胴、ロングスカート越しであっても分かるほどに肉感的な高い腰と長い足は、ただ細いだけよりも魅力的!
一言で表すならば、敵に情けをかけられるぐらいなら死を選びそうな女騎士。
今度の声の主はくっころ騎士だった。誰がどう見ても彼女は僕より強いだろう。だが、僕は彼女を押し倒してみたい。無理だとはわかっている。だが、抜けきらなかった僕の煩悩が、彼女を縛れと叫んでいる。
「自己紹介がまだだったな。私は剣王鶴ヶ島春香だ。君が先ほど話していた宮前平耀司と同じく、私もグランデバイド四天王に数えられている。よろしく頼む。」
仰々しい苗字の女が名乗ったので僕も名乗る。
「僕は佐藤大輝です。昨日この世界に来たばかりで何もわかってないんですが、やさしくしてくれると嬉しいです。よろしくお願いします。」
美女の前だと途端に緊張してしまう!自分が情けない!
美女の隣にはもう一人、美女が立っていた。
「おい、お前も挨拶しないか!」
くっころがもう一人を小突いて挨拶するよう促す。
美女2号は、毛先はエメラルドグリーンだが頭頂部は金髪でグラデーションが美しい、長すぎるまつ毛にキラキラの瞼、僕が反射して映るほどに輝く唇、そして、抜群なスタイルと焼けた肌の眩しさを一層魅力的にする目のやり場に困るほどに面積の小さいビキニアーマー!
一言でいえば、ギャル!割と最近のギャル!水着着てるギャル!
正直言って学生時代イケてなかった僕に、ギャルとの思い出は一切無いが、異世界ギャルは童貞オタクにも優しいことを願いたい。もし叶うなら、隣の席から僕に馴れ馴れしく話しかけてほしい。僕のことをさんざん勘違いさせて期待させて弄んだ後に、やっぱやーめた、でお預けにして、僕の情けない声を聞いてほしい。
「えー、自己紹介とか別にいくない?挨拶とか意味ないっしょ(爆笑)てか、駄弁ってるうちに理解るようになるくね。ま、理解り合うって言っても限度があるから人は争い傷つけあう的な。」
ポカ。ギャルが殴られた。
「しゃーないなー。あーしは剣王厚木穂乃果っていーまーす。あーしも四天王だけど役職とかどうでもいいんだよね。あーしは役職や能力で測られるものじゃない的な。」
哲学ギャルも仰々しい苗字をしている。てか剣王て何だよ。意味わかんないし共通してるし。
「あ、剣王って何だよ、って顔したーwww」
ギャルは察しが良くて助かる。だが説明は面倒なのか、くっころに任せるようだ。
「剣王というのは、この国に代々伝わる剣術の家元の苗字だ。250年前の独立戦争での武勲が認められ、グランデバイド流剣術の家元の地位と『剣王』の苗字が与えられたのだ。」
剣王の由来は分かったが、まだ疑問は残っている。
「鶴ヶ島と厚木っていうのは?」
「あー、それね。それは代を重ねて揉めたんだよ。まぁ、憎みあう人間の性は近い親戚同士であっても的な。」
ありがちな理由だった。
「もしかして、鶴ヶ島と厚木の由来を聞いてる感じ?知らないんだなぁそれが。でも、今晩のお惣菜はきんぴらが良いなぁ的な。」
苗字のことは当人たちでも知らないらしい。
───
「でも二人は仲が良さそうだね。」
当然だ、という顔で春香が答える。
「ああ、私は過去にはとらわれないよう生きている。ましてやこれは私の過去ではなく、先祖と言えど、他人の過去に過ぎないのだからな。」
それを聞いて穂乃果が笑う。
「ウケるーwww初対面の時は邪道の分家のアバズレは汚らわしいから近寄るなとか言ってきたくせに(爆笑)親の影響受けすぎーwでも、人は反省することが出来て、許すことも出来るから今こーしてる的な?」
「お、おい!子供の頃の話はやめてくれないか!」
息ピッタリな二人だ。たった250年辿るだけで一人の人間に行き着いてしまうわけだから、分かり合うことができるのは当然と言えば当然なのかもしれない。
だけど、一人しかいない母からの連絡に返事をしないまま、異世界に来てしまった僕はちょっと胸が痛い───。
───
二人の軽快なやり取りを見て、少ししんみりしていると、本題を思い出したのか、春香が真面目な顔になり切り出す。
「ひとつ、任務を頼まれてくれないか?」
「任務?僕にできることなんてある?」
素振りでやる気があると勘違いされたのか?怖いのは二度とごめんなのに。
「いいや、異世界人である君にしかできない任務だ。」
そういわれると断りにくいが異世界人にしかできない任務とは?異世界人には強力なスキルがありがちというテンプレから想像すると、危険な任務な気がして気乗りしない。
「ほんとはハルが行く予定だったんだけどねー、たまにはサボりたいんだって。張りつめ続けた糸はどこかで緩めないといずれ切れちゃう的な。」
「何を言う!サボりではない。王じきじきに特別任務を下さったからだ。それに、もとよりこの任務は私向きではない。」
真面目な話でも、彼女らは息ピッタリだ。先ほど一瞬真面目な顔になった春香も、少しあたふたしているが、穂乃果にからかわれて満更でもない様子。
「危険な任務ではないし、穂乃果も同行させる。どうか引き受けて欲しい。」
頭を深く下げる春香。だけど、僕の心は決まっている。春香が頭を下げきる前に即答する。
「はいよろこんで!」(私だけの為♪)
ビキニアーマーギャルと二人きり、断るわけがないだろう!




