30発目 失われたあの日の記憶
「耀司、君は・・・。」
言いかけたところで僕の意識は深い眠りへ沈んでいく──────。
沈みゆく意識の中、僕は再び立ち上がろうとするが、身体が言うことを聞かない。
「ショウタを追いに行くか。」
朦朧としながらも、それは阻止しなければならないと思う。が、まったく動けない。
「ええ~。こいつはほっといていいの~?」
「ああ、問題ない。何せ初めての覚醒だ。『真実の剣』の記憶の流入には耐えられないだろう。今日の出来事はすっきり忘れるだろうな。それに、覚えていたらグランデバイドの見方でいられるはずがない。」
忘れるわけにはいかない。何としてでもこの記憶を持ったまま城へ向かわなければ・・・。だけど、僕の意識はどんどん遠のいていく・・・。
・・・。
──────
心地よい陽の光で目を覚ます。昨日何していたかは覚えていないが、寝落ちした割には目覚めの良い朝のような気がする。
昨日は結局寝落ちしてしまったので、まずは風呂に入ろう。
耳に手をやるが、やはり垢だらけだ。
寝落ちして風呂に入らないことなんてよくあることだけど、
「やっぱり体が汚れていると落ち着かないな。」
それに、歯磨きもしないと。
「昨日は歯磨きもし忘れたからな。何を食べたかはわからないけど、磨かなきゃ。」
枕元を去り、洗面所に向かってみると、そこには洗い立てのタオルがある。
葵が洗ってくれたのだろうか?
僕は顔を洗い、タオルに顔をうずめる。
「知らない柔軟剤だ。」
思わず呟いた。いつもの柔軟剤ではなく、僕の臭覚が華やかなフローラルの香りで埋め尽くされていたからだ。
嗅ぎ覚えのない匂いに驚き、再び息を深くを吸い込んでみる。めちゃめちゃ匂うのに無添加とかいう胡散臭さ、今までとはまた違うふわふわさ、そして乾燥機にかけたかのようなほんのりとした暖かさ。もちろん嗅ぎ覚えがない。
よくよく考えてみたら布団の匂いも昨晩の嗅ぎなれた感じとは違い、手入れが行き届いてフカフカなものに代わっていた。
「何だこの匂い?高級ホテル?」
そう思って窓の外に目をやる。石畳の街並み、馬車の走る音、屋外も屋内と同じように見覚えがあった。
「なんだ。いつもの部屋か。」
そう思った瞬間、眼前を巨大な影が横切る。
「ドラゴン!?」
鱗の力強さ、通り過ぎたあとの生ぬるい風。今日はやけに建物の近くを飛ぶなぁ。
「もしかして、雨降る・・・!?」
焦った僕は空を見てみる。しかし晴れている。
住み始めてしばらくたった中世西洋風の雰囲気。
RPGやWEB小説が好きな僕にとっては、行ってみたくてあこがれた世界。
もっとワクワクするかと思っていたけど、慣れた今では安心感の方が強い。
「やばいやばい。昨日何してたっけ?みんなは心配してるんじゃないか。何かやらかしてないだろうな。あと風呂入んないと!」
それと便座カバー。
自分が今置かれている状況が全く分からないことが、不安でたまらない。そんな不安に駆られている折に、ドアがノックされる。
トントン。
───
「大輝さま。今日こそはお目覚めでしょうか?」
済んだ声、僕の返事を待たずしてドアは開けられた。
(全く、シコっていたらどうするつもりだったのだろうか。)
ドアの先に目をやると、そこには、絵にかいたようなメイド服を着た、ピンク色の髪をポニーテールにまとめ透き通るような青い瞳を持つ少女。清楚で上品な感じがありながら、可愛らしさも隠れることがないとても魅力的な外見で、童貞の僕でも目を合わせて会話することができる毎日会っている見慣れた美少女だ。
「お目覚めのようですね。大輝さま。」
葵の立ち居振る舞いに感動すら覚える。フリルのついた白と黒のメイド服は勿論、顔つき、言葉遣い───まさにいつもの。
「おお・・・。おはよう。」
昨日のことが全く思い出せないけど、僕のいつも通りの日常が始まった。
──────
食堂に向かう道中、僕は昨日のことを葵に聞いてみる。
「昨日のことですか?何言ってるんです、大輝さまは一週間以上眠ったままだったんですよ。」
すると、衝撃的な返答が返ってきた。
「え、えええ?」
葵が言うには、僕は7日前にスラムを警備に駆り出されていたらしい。そして、午前の警備終了後、墓地で泡を吹きながら気絶している僕を遅番の坂戸さんが発見。そのうえ、翔太が行方不明になっていて、捜索に向かった耀司も未だ帰ってきていないそうだ。
「そんなことが起きていたなんて・・・。」
これだけのことが起きていたのに全く覚えていない。自分の記憶力のなさに驚かされる。
「本当に何も覚えていないのですか?」
葵が心配そうな様子で、僕の顔を覗き込んでくる。こんなにも心配されているというのに、当の本人である僕は今日をいつも通りの一日だと思い込んでいる。
「ごめん、本当にわからないんだ。翔太が見つかっていないのも、耀司が捜しに行ったきりっていうのも。そもそも、スラムの見回りの記憶もないんだ・・・。」
泡を吹いていたというのだから、相当なことがあったはずだ。それなのに、まったく記憶が残っていない。というより、不自然なほどにその日の記憶すべてがない。
「泡を吹くほどのことですから、トラウマになってもおかしくないのに・・・。もしかしたら、覚えていなくて良かったのかもしれませんね。」
そんな風にフォローしてもらっているうちに、僕らは食堂へ到着していた。
食堂の扉が開く。奥には只者ではない雰囲気だが見知った女が座っており、僕の日常生活の再開を予感させる───。




