25発目 異世界の倫理観と異世界人の倫理観
65番隊の訓練場で剣を振るう僕の頭には、あの日の穂乃果の言葉がこびりついていた。
「きっと、仮面の女は、あーしのおねーちゃんだと思う。今まで黙っててごめんね。でも、わざとじゃないんだ。捨てられて、そのまま死んじゃったと思ってたから・・・。」
意を決して放ったような言葉でありながら、彼女の声は震えていて、覚悟を決めていても言うのを躊躇っているように感じられた。彼女の口から語られた信じがたい過去の記憶。あの後の不自然な沈黙も、彼女の言葉がこびりつく大きな原因になっていた。
「おいおい、ここ数日ずっと暗いじゃねえか。何かあったのか?」
隊長が気遣う。
「同席した会議で何かあったんですか?」
翔太も僕を心配してくれる。
気遣ってもらってありがたい気持ちもあるが、穂乃果の話を口外するわけにはいかないので、何でもない、とごまかすことしかできない。
「ガッハッハッ、大臣たちがいる会議だしな、機密があるんだろ?まあ、現場の奴には言えないこともあるだろうさ。」
隊長は年長者らしく、僕の表情から察してくれた。
「悩みで押しつぶされそうになったら相談してくれよ。次回の作戦ではおそらく佐藤は後方待機だろうが、65番隊として戦った奴だ。相談ならいつでも乗るぜ。ガッハッハッ。」
大男は見かけによらず、人の繊細な心にも理解を示してくれる。長く前線で戦い続けている男には、僕が思うよりも色々あるのだろう。
「大輝さん・・・。隊長に全部言われちゃったけど、何かあったら頼って下さいね。」
翔太も同じことを考えているみたいだ。
僕は改めて周りの人に恵まれていることを実感する。穂乃果の話を聞いて、その実感はさらに強くなるばかりだ。
彼女はあれだけ壮絶な過去を抱えながらまっすぐな人格のままでいて、その上四天王として皆から認められている、とても強い人だ。それに引き換え僕はどうだろうか?
──────
「スラムでデモが発生した!65番隊からも何人か鎮圧に協力してくれないか?」
春香の側近である日高さんが慌てた様子でやってくる。
「すまないが65番隊はこの後任務があるからいけない。だが、待機になってる新人二人でよければ招集してくれ。」
隊長たちはこの後に任務があるらしく参加できないが、僕と翔太なら大丈夫、と勝手に話を進める。デモ隊を鎮圧するくらいなら、僕らでもできるという判断なのだろう。
「勝手に許可しちまったが大丈夫だよな?ガッハッハッ。」
まぁいいけど。一度聞いてほしかったですね。
「大丈夫ですけど、確認してほしかったですよ。ねぇ、大輝さん?」
言うな言うな。社畜経験がない彼が時々うらやましくなる。それとも、グランデバイド人はこれが普通なのだろうか?
──────
日高さんに連れられ、僕らはスラムへと向かう。スラムに到着すると、そこの住民と兵たちとが、睨みあいになっていた。
「おいおい、そんなに怒るなよ?」
兵の一人がなだめる。しかし、彼の口調は魔族を見下していることを隠そうともしない感じで、僕は不快感を覚える。
「うちはそういうサービスはしてないって言っただろうが!」
魔族の男が食って掛かる。
「チップ渡すって言ったんだぜ?なのにそこの女が断ったのが悪いだろうが?だいたい、そういうのが無いマッサージ屋を出征前に選ぶわけねえだろ。」
そう言う彼が指をさす先にはタオル1枚の女性。彼女はひどく怯えている様子で、肩のあたりには引っ叩かれたような跡がある。
どうやら、裏サービスを受けられなかった(?)そもそも存在しなかった(?)ことに腹を立てた兵と店のオーナーの言い争いが大規模になってしまったようだった。
「けっ、そもそも魔族の店にしたのが間違いだったぜ。」
騒ぎが大きくなり、城から援軍が来たことに焦ったのか、これ以上騒ぎを大きくしたくない兵の一人はこの場を去ろうとする。
「おい、謝罪の言葉はなしか?」
「フルスピードで逃げるのがお前の人生だったのか?」
男の態度に魔族たちが憤慨する。
「フルスピードで逃げるのが俺の人生だ。だからお前と俺は兄弟じゃないんだ。お前ら魔族とは違うから。」
男の開き直ったような態度に業を煮やしたのか、遂にスラムの住民は暴徒化し、殴り合いに発展した。
僕はお互いを止めに入ろうとするが、日高さんに手で制される。
「止める必要はない。むしろこれは好都合だ。」
日高の言う言葉の真意がわからず、僕は当然意図を聞く。
「好都合って言うのは?」
やれやれ、と言った感じで日高が答える。
「いいか、これは世論を味方につけて魔族を追い出すいい機会なんだ。守衛のバカ共が少額の賄賂で奴らを入れるからな。こんなことでもないと、城下町は浄化できないのさ。だから、喧嘩は大規模になればなるほど、こちらとしてはおいしい。」
平然とそう言ってのける男に一種の軽蔑を覚える。軍人としての日数が浅い翔太の表情はどうだろうか?彼を見てみると、取り乱している様子はない。
暴徒と兵の小競り合いはしばらくはただの殴り合いに過ぎなかったが、どんどん規模が大きくなり、魔族の大群が押し寄せる。これでは手に負えないと判断したのか、兵の一人が剣を取り出し、暴徒の一人を切りつけた。
その場に倒れ、血を流す魔族の青年。先ほどまで騒がしかった周囲は一瞬で静寂に包まれる。
「チッ、掠っただけか・・・、次はどうなっても知らないぞ。」
兵が脅しをかける。何なら脅しではなく、殺すつもりであったとすら思える言葉。血を流す青年と兵を見て、すっかり大人しくなった暴徒たち。兵らは彼らを拘束し、馬車を呼ぶように指示する。逮捕されたくない聴衆たちはみな、我先にとこの場を後にした。
「これが国家のすることなのか・・・。」
思わずそう呟いていた。
「何を言ってるんだ?我々は魔族に最も寛容な国家だ。あれだけのことをして殺されないのはここだけさ。」
日高はそう言ってのける。この世界ではそうなのだろうが、異世界人からすれば信じられない光景だった。そして思い出される達斗の言葉。
「かぁっー、わかってねえなぁ大輝ぃ。お前も早くこの世界に染まれ。──────帰れるかわからない世界の倫理観をいつまでも引きずるのはやめろ!」
確かに達斗の言う通りで、早くこの世界に染まるのが楽なのだろう。だけど、僕は帰れるかわからない世界の常識をどうしても引きずってしまうし、むしろ、正義感については、日本にいたときよりも強くなっているとさえ感じる。
オルタランドと日本の倫理観の乖離が、一層故郷へ帰りたいと願わせる。だけど、この乖離がオルタランドにおける僕のアイデンティティであるようにも感じられる。僕の当たり前を評価してくれた人々。僕が召喚された意味、それはこの違和感なのかもしれない。
僕はオルタランドの倫理観を変えるために呼ばれたのかもしれない。なんて、それは言い過ぎか──────。




