24発目 呪われた血筋と削られた牙
「いたっ──────。」
アイスティーを口に運んだとき、猛烈な痛みが《《八重歯》》を襲う。
「どうされましたかな?穂乃果お嬢様?」
爺やが気をきかせてくれる。
「な、なんでもないよ。ただちょっと、冷たいのが歯にしみただけ。若くして知覚過敏的な?」
剣王厚木家で務めて長い人はみんな知っている《《あたし》》の秘密。
「お嬢様、冷たいものはなるべく避けるよう、お医者様からも言われているでしょう。」
もちろん爺やも知っている。だけど、家の人以外には絶対に知られてはいけない秘密。
──────
歯がひどく痛んだ日は、昔のことを思い出す。幸せだったあの頃。パパもママもおねーちゃんもいて、家が他の子より広いこと以外、普通の家族だったころのこと。
あたしのおねーちゃんには、生まれた時からこぶが頭にあった。あたしは後に生まれたから赤ちゃんの時は知らないけど、そのころからあったみたい。こぶがあるっていっても、それはあんまり気にならないもので、髪をかき上げた時にしか見えないぐらい小さかった。それは子供の頃の話だけど。
子供はいつまでも子供じゃない。もちろんおねーちゃんも他の人が大人になるように、一歩ずつ階段を上り続けていた。
一歩ずつだけど、その歩みはいつまでも小さい歩みじゃなくて、ある日突然、歩幅が大きくなる日が来る。その日が来てからというもの、おねーちゃんはどんどん魅力的な大人の女性になっていった。ママがそうであるように、高い背、豊かな胸、水も滴る尻、伸びやかな脚、見惚れるようなプロポーション──────、その姿は同性から見ても魅力的で刺激的だった。
だけど、そんな日が来なければ、あんなことは起こらなかった。
おねーちゃんは日に日に大人になる。子供だった筈の身体はもう、子供を受け入れる準備を始めていた。大人になるということは身体が大きくなるといことだけ、と当時のあたしは思っていた。だけど、隠れていたはずのものもどんどんと大きくなっていった。
みんながこぶだと思っていたものは、魔族にありがちな角だった。
髪をかき上げたときにしか見えなかったそれは、遠目からでもわかるぐらい、はっきりと角の影をしていた。そのころには、大人たちは隠しきれないと思って、おねーちゃんを学校に行かせないようにした。言い逃れできないぐらい、おねーちゃんは魔族の特徴をもっていた。
おねーちゃんの角が原因で、ママはあるとき死んじゃった。ううん、殺されちゃった。父方のおじーちゃんとおばーちゃんが不倫を疑った。パパも疑心暗鬼になってた。おねーちゃんが成長すればするほど、家庭内の雰囲気は険悪になっていった。それでも、パパは別れる気も殺す気はなかったみたい。
パパとママは当時の貴族にしては珍しく、恋愛結婚だった。ママも貴族だったけど、格が劣る貴族だったんだって。だから最初から結婚を反対されてて、それを押し切って結婚したみたい。だから、おじーちゃんとおばーちゃんからしたら、追い出すいい機会だったのかも。
それで、おばーちゃんがママが飲むアイスティーに毒をいれたんだって。
おじーちゃんおばーちゃんは清々したかもしれないけど、ママが死んじゃってから、パパはお酒に溺れるようになった。剣の稽古もどんどん適当になって、あたしにもおねーちゃんにもかまってくれなくなった。いつの日か、子供に暴力を振るう父親になっていた。
殴られるようになって数日、あたしはいつものように殴られた。その時は打ちどころが悪くて、頭を何針か縫うことになった。パパはずっと謝ってた。ママがいなくなって辛いのはわかってたから、謝らなくても許してたのに──────。
その次の日、パパは書斎で首を吊っていた。
パパが死んじゃってからは大変だった。娘しかいないから、誰が相続するかとか。でも幸い、おねーちゃんは筋が良かったからパパからたくさんの技術を教えてもらってた。あたしは全然ダメだったから、お遊び程度の技術しか持ってなかった。
でも一番大変だったのは、おねーちゃん自身だったと思う。歴史ある剣王厚木家に、魔族の血を引くものがいて、本当は不倫相手の子供かもしれないなんて知られたら大変。
──────
ある時、屋敷中にけたたましい叫び声が聞こえた。辺りが寝静まった夜更けで、もちろんあたしも寝てた。でも、震えあがるような声を聞いて目が覚めちゃった。
その叫び声はおねーちゃんの声で、おねーちゃんは強烈な痛みに耐えているようだった。何かまずいことがあるのかもしれないと思って、あたしは自分の寝室を飛び出して、声がする方へ向かった。
声がする部屋を覗いてみると、おねーちゃんは口にタオルを嚙まされて椅子に縛られていた。手足は枷で拘束されていたし、暴れないように召使いたちにも押さえつけられていた。何故こんなことをしているのか不思議だったけど、答え合わせはすぐだった。
おねーちゃんがチラッと何かを見たと思えば、今まで見たことがないぐらい大きな声で泣き出した。思春期を迎えた人がするような泣き方じゃなくて、子供みたいな泣き方だった。ごめんなさい、ごめんなさい、嗚咽交じりに何度も謝るおねーちゃん。最初は何でそんな風に泣くのか、何に対して謝っているのかわからなかったけど、おじーちゃんがノコギリを持っているのが見えたとき、全てがわかった。
おじーちゃんはノコギリをおねーちゃんの額に当て、根本からギコギコと削り始める。魔族の痕跡を消すための残酷な作業──さっきよりも悲痛な叫びが屋敷にこだました。
この恐ろしい光景から目を逸らしたくなったけど、恐怖で体が固まって、瞬きすらできず、ただ覗き続けるしかなかった。
──────
おねーちゃんは角が無くなってから、再び学校に通わせてもらえるようになったけど、すぐにまた家に閉じ込められるようになった。今度は、耳がどんどん尖るようになっていったから。
おじーちゃんおばーちゃんは、魔族すぎるおねーちゃんをもう庇いきれなくなったみたい。
おねーちゃんが始末されるときは、あたしも立ち会った。
要塞都市の外に出て、ピクニックをすると聞かされていたけど、爺やをはじめとする召使い達はみんな暗い顔をしていた。どうしたのだろうと思っていた。それに、おねーちゃんの姿もなかった。
最初からおかしいと思ってたけど、おばーちゃんに言われて滝に連れていかれるとそれは確信に変わった。そこには身動きが取れないようにされたおねーちゃんがいた。拘束されているだけじゃなくて、何度も殴られたような跡、そして何より恐ろしかったのが、先の方が切られた耳だった。
その時のおねーちゃんは、もう泣くことすら諦めていた。おばーちゃんは、雇った賊に指示を出す。
賊ですら困惑していた。本当に殺すのか?って。それでもおばーちゃんは、報酬は既に支払ったのだから殺してくれないと困る、と言って譲らなかった。
そして、賊は気の毒そうな顔をしながら、おねーちゃんを滝つぼへと突き飛ばした。
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それから日々は変わった。あたしは才能がなかったけど、一人しか残っていないから奥義の修行をするようになった。
おばーちゃんがよく言っていた。はじめから誰の子供かもわからないような混じりではなく、お前を家督にすると早く決めればよかった。あいつに角があると分かった時点で、始末しておくべきだった、っていつも言ってた。
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だけど、祖母の見立ては間違っていた。おねーちゃんがそうだったように、あたしにも思春期が訪れた。あたしには角はなかったけど、魔族を象徴するように、犬歯がどんどん大きくなっていった。魔族のそれは、牙と呼ばれるらしい。
そのときの唖然とする祖父母の顔が今でも忘れられない。自分達が殺した息子の妻は不倫などしておらず、自分たちが殺した孫は本当に孫だったことに気づいたときのあの表情。
これは最近ハルから聞いた話だけど、剣王流が二つにわかれた原因は、当時の当主が、魔族を嫁に迎えたかららしい。そして、破門された彼が開いたのが厚木派。つまり、魔族の特徴は、もしかしたら自分達のせいかもしれないというのに、あの老人たちは愚かにも3人を殺めた。
年老いた夫婦は、自ら家を瓦解させていたことに、全てが手遅れになってから気づいたそうだ。
だけど、夫婦は家の再興を諦めなかった。あたしも姉がそうされたように、拘束された。牙をやすりで何度も削られる。
歯に通う神経が何度も痛み、削れた歯が喉の奥にこぼれていく不快な感覚、より削るために掛けられる水が神経を突き刺す感覚。そのすべてが耐えがたく、姉のように泣き叫んだ。嗚咽交じりに何度も謝った。ごめんなさい、ごめんなさい、こんな風に生まれてごめんなさい、出て行くからこんなことしないで。だけど、一度も聞き入れてはもらえなかった。
歯を削られて以来、あたしは自分の成長が怖くなった。下着のサイズが変わるたび、靴のサイズが変わるたび、牙が再び伸びたのではないか、角が生え始めているのではないか、と不安にさいなまれるようになった。
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それぐらいの時から、学校をサボるようになって、ギャルの世界を知った。剣王厚木家では許されない振る舞い、これで自分を隠そう。見た目よりも言動で、みんなを呆れさせよう、みんなが言動に気を取られてくれればもう牙を削られることもないだろう、それがギャルとしてのあーしの始まりだった。
逃げで始めたギャルだけど、大人になってある程度自由な今も続けているのは、これも本当の自分だから。
そんなことを思い出す今日この頃。アイスティーに反射する自分の牙を眺めながら、ふと思う。
みんなにはあーゆー風に言ったけど、おねーちゃんは本当に生きているのか?あの滝つぼから浮かび上がった体は確かにおねーちゃんだった。だけど、度々見つかる剣王流の使い手の仮面。
もしおねーちゃんが生きてるなら、自分ほど魔族らしくないあたしを恨んでいるだろうか?
牙が再び痛む。知覚過敏のせいだろうか?それともおねーちゃんの呪いだろうか?




