22発目 天へ誘う右手
穂乃果と戦ってから5日、僕は両手首に重篤な打撲を負い、入院していた。入院生活というのは退屈なものだ。ただでさえやることがない上に、両手が使えないので、他の誰よりも暇である。
不幸中の幸いなのが、個室ではないということだ。時々となりにいる翔太にダル絡みをすることで、いくらか時間をつぶすことはできるが、だとしても限界がある。それに、翔太はほとんど回復していて、リハビリに出かけていることも多く、そもそもいないこともある。
他の人に急に話しかけるのも気が引けるし、翔太がいないときはぼーっと考えしていることが多かった。
それに、今日に関しては退院が相次いだので、この部屋で過ごすのは僕と翔太の二人になっていた。ある若い男にとっては再スタートの日、ある老いた男にとっては長旅への旅立ちの日になった。
誰しもに訪れるその時、ある者には不本意な形で、またある者にとっては安らかであったり、その様は人によって異なる。しかし、行き着く先は皆同じ。そして、死人に口はなく、その行き先は誰も知らない。だから生きとし生けるものは一様に救いを求め、行き着く先は楽園であると願う。
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昨日悶々として、眠れなかった僕は頭が深夜のままで、自分でも何を考えているのかわからなくなる。寝不足と混とんとした思考、生きていながら、意識が空へと昇っていく。
翔太が口元にカットされたリンゴを運んでくるが、上の空の僕はボケーッと口を半開きにしたまま。何かを食べるには足りない開き具合だ。
「大輝さん、何ボーっとしてるんですか?僕だってボランティアでやってるんですからね。もう手伝いませんよ?」
両手が使えない僕にとっては死活問題になりかねない話が聞こえ、僕は慌てて意識を空から戻してくる。
「ごめんごめん。」
あーあ、女の子にやってほしかったなぁ、とか考えてました。その考えが顔に出ていたようで、翔太が嫌味を言ってくる。
「僕じゃ不満ですか?あからさまですねぇ。僕だってやりたくないんですよ。タダだし。軽傷だったら、自宅療養だったでしょうね。そしたら葵さんからしてもらえただろうに。可哀そうな男。」
言うようになったなこの野郎。
「うるさいなぁ翔太。その通りだよ。女の子が良かった。男から適当に世話されるんじゃなくて!女の子から甲斐甲斐しくお世話されたかった!」
僕は生意気な後輩(ほぼ同期)に願望を打ち明ける。普段はこういうキャラではないけど、溜まっているのか、判断能力が鈍くなっている。しかし、欲望は時に、言葉にするだけで発散できることもある。
今回は違ったけど。
「もう5日目ですもんね。葵さんの日報が本当なら、狂い始めてもおかしくない・・・。」
翔太は僕の奇行の原因を察してくれる。さすが男だぜ。あと、日報の話を何で知ってるんだよ?恐ろしいなバカピンク。
ここまで察してくれているなら、もしかしたらもしかするかもしれない。
「この際男でも構わない。頼むよ。」
「大輝さんが良くても僕が無理ですからね。」
ですよね。
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僕はただでさえ悶々としていたのに、翔太はリハビリに行ってしまった。話し相手を失った僕は、考え事以外で時間をつぶせなくなる。
もちろん、悶々とした状態でする考え事など限られている。そう、エッチなことである。エッチなことを考えれば、自然と調子も上向きになる。上向きになった調子は、どこかへ発散しなければ、やがて浮わつきになってしまう。
うつ伏せになって重力の力を借りることも考えたが、着替えさせてもらうとき普通に恥ずかしいからやめておこう。
あー、どうしたものか。恥をかかずに己自身を鎮める方法はないものか。ガウンを少しずらし、対面に鎮座するもう一人の自分に向き合う。
その刹那、扉がガラリと開けられる。
「ダイ吉、この前はごめんね!やっと取り調べから解放されたから菓子折りと謝罪に・・・。」
扉を開けたのは穂乃果だった。
彼女ともう一人の僕の目線が合う。
「・・・。」
「・・・。」
辺りに響くのは菓子折りが床に落ちる音だけ。気まずさを象徴するかのような無言。最悪、こんなことになるならうつ伏せになっておくべきだった。
「ご、ごめん・・・。大部屋だったから、ノックもせずに開けちゃって・・・。」
彼女が気まずそうに目を逸らし、泣きぼくろのあたりを指で掻く。
「ぼ、僕の方こそ、人が来ることを想定してなかったというか・・・。」
僕も気まずいので、扉から鎮座する男に視線を戻す。さすがにこのままではよくないと思い、ガウンを元に戻そうとする。
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不自由な手をガウンに伸ばしたとき、僕以外の誰かの手が、そっと僕の手に重なる。見てみれば、視線をそらしているうちにいつの間にかベッドまで来ていた穂乃果だった。
「本当にごめんね。これも、あーしのせいだもんね・・・。」
穂乃果はまだ先日のことをよほど悔いているのか、また謝る。だけどこれは彼女のせいではない。
「穂乃果のせいじゃないよ。もっと良い方法で疑念を晴らせなかった僕らのせいだよ。」
一番傷ついているのは穂乃果だ。だから僕らには彼女が彼女らしくできるよう、最善を尽くす義務がある。
「それに、春香があんな無理やりな手段を使ったでも疑念を晴らそうとしたんだ。疑われてなんかいないよ。むしろ信じていたからこその裏返しだよ。」
少しカッコつけて彼女を元気づける言葉を投げかける。堂々とましますモノを野にさらしながら言うことではないけど。
「もっと早く気づけたのはあーしの方こそだし。だって変身してる時のダイ吉もめっちゃ弱かったんだよ。それなのにヨジヨジもハルも殺したとか、おかしすぎるもん。まあ、あーしはもっとダメだったけど・・・。」
穂乃果はそれでも自分にも非があると譲らない。付け加えて、冷静に当時の状況を判断した。そして、彼女の柔らかな右手が堂々とたたずむ僕の帝王に触れる。
「な、何を・・・!?」
僕は突然の出来事に動揺し、裏返った声をあげてしまう。
「ダイ吉は身体を張ってあーしの疑念を晴らしてくれました。だからあーしも身体を張ります。」
そう言って、優しく握ったものを上下に動かす。
この世界にハンムラビ法典があったら、僕は彼女の手首を痛めつける必要があった。幸運にも、彼女は僕に仕返しするよう言いに来たわけではなかった。彼女が選んだのは僕の手となることだった。
《HYPER コミュニケーション RUSH》 『継続!!!』
「ち、ちょっと、穂乃果さん・・・?」
こういったことに慣れていない僕はどうすればいいかわからず、あたふたするしかできない。
「ねぇダイ吉、どうしてあなたは理由がなくても誰かを助けるの?この世界に来たばかりで、会ったばかりのあーし、この前の魔族のお姉さんも。」
穂乃果は語りかけながら、僕の影をそっとなぞる。その動きは洗練されていて、僕との経験値の差を感じさせる。
「あーしはね、家族からもあんな風に庇ってもらえたこと、ないんだ。もっと期待されてたおねーちゃんがいてね、その分ほっとかれた的な。それで構ってほしくてこんな感じになって。・・・ごめんね、こんな話しちゃって。」
穂乃果の昔のことはわからない。彼女は謙遜するけど、このキラキラした穂乃果も十分に、いや十二分に魅力的だ。たとえそれが、負の産物であったとしても、輝いて見えるのは彼女その人の魅力があってのものだ。
「だからね、ダイ吉を本当にすごいと思うんだよ。血が繋がっていてもできないこと、それを誰にでもするんだもん。」
穂乃果の声と手は、情熱的でありながら、繊細さも兼ね備えていた。
まっすぐに褒めてくる言葉、柔らかな手の刺激、彼女自身から放たれる華やかな香り、そのすべてが僕にはもったいないくらい素敵だった。
「穂乃果、もう・・・!」
僕はたまらず声を上げる。走る緊張も何故だか今は心地が良い。
「大輝、全部あたしに委ねてよ。背負わなくていい使命を背負わせちゃったから、せめてもの償い、させてほしいな。」
彼女が耳元に、吐息と共に優しく囁きかけ、そして僕は果てる。
5日振りというのはやはり強烈で、僕は強烈な眠気に襲われる。薄れゆく意識の中、誰かが僕に向かってつぶやく。
「今度はあたしの全部をあげる。だから次は個室に入院してね。大輝。」
そこにたたずむのは、僕が汚してしまった右手の指を愛おしそうに見つめてから舐めるギャル──────。
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男であれば誰しもに訪れるその時、ある者は孤独な形で、またある者にとっては艶やかであったり、その様は人によって異なる。しかし、尽き果てる先は皆同じ。そして、賢者に口はなく、その行き先は誰も知らない。だから生きとし生ける男達は一様に救いを求め、行き着く先は楽園であると願う──────。




