10発目 罰走
「エッホエッホエッホエッホ。」
佐藤は罰走中って、伝えなきゃ。
「エッホエッホエッホエッホ。」
みんなに伝えなきゃ。
何故僕たちが要塞都市の外周を走らされているのかというと、一言でいえばペナルティである。僕の場合はメイドへのセクハラ。穂乃果と耀司に関しては四天王でありながら遅刻したからである。
「なんで、あーしらまで、ぜぇぜぇ、走んないと、いけないのさ。」
「全くだ、はぁはぁ、セクハラと遅刻とでは罪の重さが違うだろう☆」
疲れているせいか、ギャルの口癖『的な。』は鳴りを潜め、ナルシの星は色あせてしまったみたいだ。
ていうか二人とも、僕のせいで巻き添え喰らったと思ってる?
「何を文句言ってるんですか?みなさん自分のせいでしょう?」
馬に乗りながら後ろから急かしてくる葵がため息をつく。
「ていうか、あれは合意の上だったじゃん。なんならそっちが脱がせたじゃん!」
僕も自分の処遇に納得がいかないので文句を言う。
「さあ?私は風呂場で大きくなったものを見せられた、と日報に書いただけですので。判断したのは管理部の方ですよ。」
事実ではあるが、書き手にも問題がある。このままじゃ性犯罪者として罰走どころではない目に合いそうだ。
「うへぇ~、疲れた。休憩は、まだですかぁ~。」
穂乃果が音を上げ、地面に身を投げ出す。
それを見て、葵が少し考える。
「しょうがないですね。もう10時ですし、小休止といたしましょう。」
7時からぶっ通しで走らされた僕たちに、ようやく休憩時間がやってきた。
「いつになったら終わるのだ?これは☆」
耀司は壁に寄りかかりぐったりしている。
「春香さまには、三人全員が反省するまで、と言われております。」
「えー、あーしとか超反省してるのに~。」
嘘つくな。今日も遅刻したくせに。
疲れ切っている二人とうちわで二人を仰ぐ葵を横目に、僕は初めて見る町の外の景色に目を奪われる。
城壁都市の外には、広大な平野が広がっており、豊かな自然が自生している。遠くの方に視線を送ると、町や村が見え、そのさらに奥には地平線。島国育ちの僕にとっては、ずっと陸が続く風景を見るのは初めてのことだった。
僕が大陸の地形に感動していると、どこからか揉める声が聞こえてくる。
───
「お願いします。養父が危篤と聞いたのです。どうか、通行証がないのは承知していますが、どうか通していただけないでしょうか?」
「いやぁ、お義父様が危篤なのはわかりますが、ルールはルールですからねぇ。」
声がする方を見てみると、ゲートの前で、声の主は魔族の女性と守衛であった。
「だいたい、養父と言ったって、魔族を養子にするような酔狂な人間がいますかねぇ?嘘ついてるんじゃないの?ああ、あれだ、出稼ぎだ。困るんだよねえ、王都で売春なんかされたらさぁ。」
ひどいことを言う男だ。ハッキリ言って下衆の極み。
原則として、魔族は通行証がないと城下町には入れないので、彼が彼女の要求を断るのは理解できるのだが、わざわざ言わなくても良いことを言う態度に腹が立つ。
「本当に養父に会いたいのです。身寄りのない私を引き取ってくれた恩人なのです!出稼ぎなどではありません!通行証はありませんが、身分証ならあります。どうか信じていただけませんか?」
女性も食い下がる。ここまで必死なのだから、通してあげればいいのに、と守衛ではない僕は思ってしまう。
「わ、わかりました、お気持ち程度ではありますが。」
女性が財布から札を出す。どうしても養父の最期を看取りたいのだろう。
「チッ、はした金だなぁ。こんなんじゃ通せねえよ。」
「ああ、そんな・・・。」
女性の絶望が見て取れる。
「けっ、しつこい魔族だぜ。しょうがねえな。」
守衛は根負けした様子を見せる。女性は通れそうになったことで目の輝きを取り戻す。しかし、それは根負けしたフリだった。
「う~ん。奥さん、よく見ると美人だなぁ。そこに手ェついてこっちにケツ突き出せ。そしたら考えてやるよ。」
賄賂だけでは飽き足らない下衆を許せなかった。スラムで人間を怖がっていた少女の顔が脳裏に浮かぶ。
僕はゲートに向かって走り出す。
「えっ・・・。」
「おやじがくたばるところ見てえんだろ?」
男の心ない言葉に、ついに女性は泣き出してしまった。
それでもゲートをくぐるため覚悟を決めたのか、壁に寄り、衛兵に尻を向け、スカートを下ろそうとする───。
ボコッ───
女性がスカートを脱ぎ終わる前に、僕はゲートに到着し、下衆に殴り掛かる。
「何しやがるてめぇ。ふざけやがって。」
守衛が抵抗するが、僕は馬乗りで殴り続ける。
呆気にとられたのか、魔族の彼女はスカートを半分脱いだまま、ポカンとして立ち尽くしている。
「今のうちに親父さんのところへ行くんだ!」
女性に城下町へ入るよう声をかける。
「・・・。はい!ありがとうございます!魔族の私なんかのために!」
そう言って、彼女はスカートを履き直し、町へと向かった。
「ふざけんなよこの野郎!俺の娯楽奪いやがっ───!」
女性が町へ向かっても、僕は守衛を殴る。しかし、守衛は訓練を受けた一端の兵士で、異世界生活6日目の僕がそう都合よくいつまでも制圧できるわけがない。
案の定、守衛は馬乗りになった僕を振り払い、体勢が逆転する。
「よくもやってくれたな!」
1発、2発、3発。守衛の拳が僕の顔にめり込む。素人の僕が、体勢まで不利になれば、一方的に殴られ続けるのは当然だ。
「よく見たらこの前の異世界人じゃねえか!剣がないと何もできないんだな!」
さっきのことがよほど悔しかったのか、そう言って、僕を罵倒し、また拳を握る。
この騒ぎを聞きつけたのか、葵達三人がゲートの方にやって来て、耀司が叫ぶ。
「この騒ぎは何事だ!!!」
駆け付けた三人に、僕と守衛は引き剥がされる。
───
守衛から引き剥がされた僕は、ゲートから少し離れたところに連れていかれる。
落ち着いたところで、穂乃果にことの顛末を説明する。
僕の話を聞いた穂乃果は、少し驚いた顔をしてから、平静に戻りきれない僕を慰めるように、優しく語り掛ける。
「ダイ吉は立派だよ。何も間違ってない。きっと、ここよりも倫理観が進んだ世界から来たんだね。だから許せなかったんでしょ?でも、ルールはルールだからね。裁判は受けてもらいます。」
「うん・・・。」
痛みと怒りで、僕は怒られた子供のような返事しかできない。
穂乃果は僕に理解を示してくれるが、当然僕にも非がある。
「だから、今度こういうことがあっても、大人の対応で4649。まあでも、今回の件はあーしもムカつくし、裁判なったらちゃんと証言したげる的な。」
彼女の言葉で怒りも涙もようやく落ち着いてきた。
・・・・・・・・・。
沈黙の後、穂乃果が言葉を紡ぐ。
「これはね、あーしが勝手に思ってることだし、差別的かもだけど、男なのに女の為に、それも魔族の女のために、あんなに怒れる男はこの世界にダイ吉だけだよ。」
穂乃果は僕のことを褒め、頭を撫でる。同年代の人にこういうことをされると少し恥ずかしい。恥ずかしがっている僕を見て、彼女はニコリと笑う。
「あと、勝てそうにない相手に無鉄砲に突っ込むのは今後ゼッタイダメ。これは約束して。無理なら命令にします!あと、メイドへのセクハラで怒られてるやつがこれやるの面白すぎ(爆笑)まぁ、ダイ吉のは不可抗力だし、悪意マシマシな今の守衛とは比べ物にならないけど的な。」
子どもを諭すようにそういうと、彼女は僕を抱きしめる。
《HYPER コミュニケーション RUSH》 『継続!!!』
彼女の優しさと温もり、自分の浅はかさと弱さで、乾き始めたはずの僕の頬にまた水滴が一筋、二筋と垂れる───。




