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キリンバナナと呼ばれるようになった果物はジュースにしたり、そのまま土に埋めて肥料にしたりと使い道があった。


「鉱山なら、アメリアがいるはずだ」


「アメリア…?」


私たちがヴァルハラに滞在して、一ヶ月が経とうとしていた。宝石を掘り当てたいという狼獣人ともすっかり打ち解けた村人は思い出したように言った。


「鉱山の近くに住む世捨て人さ…まだ20代なのに」


「それに美人だ!」


私はそれとなく咲也の顔を見た。思わず見惚れてしまうような美しい容貌をしている。


「んだよ。呆けやがって」


口が悪いけど。


「天の揺らぎと呼ばれる山岳地帯にある。天候が不安定だから、お前らの変な服着てけよ」


ジャージとコートのことだ。


「不安定…?急に雨でも降るわけ?」


「さあな」

 

ニヤリと笑う村人の男に苛立ったが、30分後にその意味を知る。



「嘘でしょ…霧が出てきた」

 

麓が温暖で安心しきっていた。私と咲也、それに狼獣人の3人は天の揺らぎの洗礼にあっていた。


「手を繋げ」

 

ミカゲが指示を出す。

左手をミカゲ、右を咲也の手と握った時に男の人の手だと思った。ゴツゴツしていて、大きい…私の心臓の音が届きませんように、私は紅潮していたと思う。

10分ほど歩くと、私たちは更に絶望した。霧は晴れたが、次は…

 

「大雪」


北西から風が吹き、それに混じって大粒の雪が顔に降り掛かる。


「痛い痛い」


「ムーン静かにしろ」


「ここが俺の俺たちの墓場か」


「巻き込むなヘマタイト」


そんなやり取りに激しく突っ込む咲也。もう手は離れていた。


更に10分歩くと天候は嘘みたいに晴れた。


「あら、これはこれは。ようこそ!と言いたいけど帰ってちょうだい?村から来たんでしょ…あたし、あの人達嫌いなの」


動きやすい服装に、泥や鉱物の粉で少し汚れていた。しかし、瞳は好奇心と探求心に満ちていて、短い赤毛の前髪はバンダナで隠れていた。

 

「どうして?」


私はポッドキャストの能力を使う。


「あいつら嫌な奴もいるしな」


「そうなのよ…あなた話がわかるわね」


咲也と彼女、おそらくアメリアは意気投合していた。アメリアが咲也に近づき抱きしめた時はギョッとした。距離感バグってるって。私は2人の間に入ると、アメリアは「なるほど、そういう仲なのね」と意味深に笑った。


ミカゲが遠慮がちに口を挟んできた。


「そういう行動は慎め。勘違いされる」


アメリアは片眉を上げる。今度は意地悪そうにミカゲの脚と自分の脚を絡めた。


「こういうやつのこと?」


ミカゲは照れるかと思いきや、動じていない。


「あら、あたしはタイプじゃないみたいね」


「もっと、自分を大事にしろ」


ミカゲの言葉に、一瞬アメリアは虚を突かれて拍子抜けしたような表情をする。だがすぐにいつもの皮肉めいた笑顔に戻る。


「あなたに興味が湧いた。喋ってあげる…何ちゃん?」


その言葉は私に向けられていた。


「まっ、真琴」


「なんだか男みたいな名前ね、でも響きがいいわ」


私は浅く頭を下げる。


「どうして村の人を嫌うの?」


「一緒に宝石を掘り当てようって言ってた仲間がいたの…」


きっと大事な人だったのだろう、先程までの様子とは違い声が震えていた。

 

「その日私は風邪を引いて寝込んでいた。あの人採掘バカだから、その日も宝石を掘っていた。その時、地震が起こった。私は崩落する鉱山の音を聞いて、家から這い出た。すると、ヴァルハラの住民が逃げるのを見たは…彼らに聞いたら、彼の右足を切断しないといけなかった…俺には出来なかった。そう言ったの!あいつら…っ!人命救助ができないなら来るな!」


アメリアは泣いていた。私は言葉でなかった。これでは相談役失格だ。その涙を指で拭いた者がいた。


「お前、1人でたくさん頑張ったんだな」


ミカゲのかけた言葉はシンプルだった。でも腑に落ちた。それが、アメリアにもきっと届いた。彼女はふらっとどこかに行くと、何かを持ってきた。蝶の標本だ。


「ここまであんたたちの声、届いてた。これ…ただの蝶でなくて、ウチの家宝なの。エウダイモン蝶という…ここでしか生息してない幸福の白い蝶」


「それを交換してもいいのか?ただのスコップだぞ」


そう言ったミカゲの耳は逆三角に折り曲がっていた。

 

「あの言葉、あたしにはそれだけ価値がある」


その瞬間、蝶の白い羽が虹色に変わり、煌々と輝く。


「キレイ…」


アメリアが呟いた途端、50人目のリスナー獲得。歴史の偉人が召喚されると脳裏に響いた。ファーブル昆虫記と書かれた本が空から落ちてきた。


「おや、これはこれは珍しい蝶だ」


標本を覗き込んでるのは、スーツに黒いつば広フェルト帽の老人だ。


「誰!?」


私が言うと「あれはジャン・ファーブルだ。貧しい農家で生まれ育ち、3歳で祖父母に預けられ自然豊かな環境で育った。植物や昆虫に夢中だった幼少期を過ごし、ここまでにしよう」咲也は以前怒られたことで、今回はかなり省略して伝えた。

 

「おや、私のことを知ってるのかな?光栄だね。お嬢さん、まず考えること。辛抱強く考え尽くすこと」


アメリアに向かって柔和に笑いながら言った。


「次に現実というのは常に公式からはみ出すものだ。鉱山には何も宝石だけじゃない…早く行ってあげなさい」


謎解きのような言葉に「昆虫だ!鉱山には虫がいる…食べて生きてるの?」ファーブルはただ、指を差した。ぼんっと煙が舞うと彼は姿を消した。


(偉人さんからのお願いだからね、スコップ増やしてあげる!それに特別仕様だ!)


ミカゲのスコップが6人分に増えた。

 

「このスコップ凄い掘れるぞ!」

「サクサク進む!」

ムーンとヘマタイトが掘削(くっさく)しながら声をあげる。

 

「ここ、中が空洞だ」


咲也の声に入り口を急いで作る。


「メアリー!」


人が倒れている。大きな岩に右足が潰れている。近づくと、息がある。アメリアは“彼女”の右の太腿をバンダナで縛ると、スコップを振り上げた。



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