3
「日傘〜お菓子なんか持ってない?」
「…半分飲んじまった」
半分ほど減ったペットボトルの水と、ポケットの奥から見つかった塩ミルクキャンディーが二粒。
「はあ?そういう情報はもっと序盤で言いなよ」
「待てお前…教科書入ってねーじゃねぇか!」
学生鞄にぎゅうぎゅうに入ってるお菓子を取り出す。せんべいやクッキー、ポテチがある。
「はい、これ」
「配れってことか?」
「鈍感ねぇ!あんたが次の相談者よ」
その時、ウーウーっとサイレンの音がした。
(悪いけど、ルール上それはできないよ。真琴があげた物は禁止!それと、水か飴どちらか選んで)
「きっ!厳しくない?」
「なら、水だな」
「塩の入った飴でしょ?塩分は熱中症を予防できるのよ?たった一本分の水にしてどうすんのよ?」
「真琴よく考えろ…いま本当にほしいと思うのはどっちだ?」
「み、水です」
そういえば、初めて名前を呼ばれたかもしれない。日傘の名前って…確か。
「さっさと始めろ!」
その声が村中に響き渡った。音質が悪いが聞けないほどではない。
「それ愛入ってる鞭!?そ、そういえばそれなんとかならない?」
「俺も思ってた…罵倒って、怒鳴らないといけないのかよ。結構怒鳴るのストレスなんだけど」
配信範囲や音質も現状維持だ。
「あ!大丈夫みたい。それじゃあ、今日もやっていきます!まことのおとだま放送室」
「日本でのタイトルと違くね?お前、コロコロ変えてたもんな」
咲也の声は、村中に響き渡り、遠くの鳥が飛び立つのが見えた。家の中から痩躯な大人たちや土を弄っていた子どもが私たちを囲繞し、じっと見てきた。エラもいたので手を振る。咲也の眼鏡の奥で、鋭い光が宿るのが見えた。もしかしたら、ヤジを飛ばされると、身構えてるのかもしれない。みんなの顔を確認すると、ふっと息を吐く。村人たちは好奇心を覗かせている顔だった。
「あ!音質前よりクリアになったね。まだガサガサだけど」
「悪かったな」
そう言う、咲也は深刻そうな表情を浮かべていた。具合がすごく悪そうだった。
「咲也お腹減った?私たちあのおやつ、封印したもんね」
「俺たちだけ食べても意味ねぇしな。何か抜け穴があって、増やせるかもしれない」
これは偽善ではなく、本当に必要なことだと思った。ここで自分たちだけ食べる選択をすれば村人たちの信用がなくなる。それは避けたい。
「ところで第2相談者の咲也はどんな相談事があるの?そ、そういえば何でアンチしてたの?今もだけど」
「お前が言ったんだ。アンチになれって」
私は自分の耳を疑った。
「そんなこと言うもんか!誰がアンチしろなんて…あ?あれか」
「あぁ、お前はこう言ったんだ。『鬱憤が溜まってるなら、私にぶつけて来い!私も言い返す、喧嘩しよっ!』てな」
私は頭を抱えて、グルングルン回した。
「言いそ〜私それ言ってるわ」
咲也は片方だけ筋肉を動かすように笑った。
「こいつネジが一本緩んでら、って思った。本当に嫌なことがあってな…」
(比嘉君の手は本当に綺麗だね〜男のものとは思えないくらいずっと触っていたいよ)
「今でもたまに思い出して、寒気がするんだ。でもそんな時はお前のポッドキャストに手紙を書いて、お前の反応を見るとホッとする…歪んでるだろ?」
声が震え、咲也の肌が粟立っていた。今もそのトラウマに悩まされていることが伺えた。私は彼のトラウマに言及したりしない、ボーダーラインを引いてるなら飛び越えてはならない。私は咲也…アンチの繊細な一面があることを知ってる。
「いいんじゃない?表層的な批判ばかりだったし。選曲が〜とかASMRが汚いとか的外れなものもあったけど、あんた、温かいメッセージもくれたじゃん!風邪引くなって言ったら高い飴くれたし。
あれ正直、高価な機材より嬉しかった」
「…お前やっぱり変なやつ」
咲也が涙を堪えて笑ったように見えた。
その時ペットボトルがぶくぶくと蓋の下まで、迫り上がった。まるで、咲也の流すはずだった涙が移ったようだ。