異世界落語:ブレイブ(勇者)
えー、毎度異世界へお足を運んでいただき、ありがとうございます。
えー、昨今は、子供に付ける名前に皆さん凝ってらっしゃるようで。横文字やら、難しい漢字やらを当てましてね。一昔前でいうところの『キラキラネーム』てなもんですかね、「え、なんてぇお読みするんで?」なんてぇことがしょっちゅうでございます。
こいつぁ、剣と魔法の「異世界」ってぇところでも同じようでございまして。
とある街に、ベアエイトと、その女房がおりました。ベアエイトは熊のように筋骨隆々、腕利きの戦士でギルドでも一目置かれる存在。女房はおカミさんって呼ばれてるんですが、こっちはこっちで才色兼備の魔法使い。まさに冒険者の中の冒険者ってぇ夫婦でございます。
この二人、ある日、待望の赤ん坊を授かった――
ベア 「おカミさん! 見てみろぃこの子の手足を! むっちりして力強い! こりゃあ将来、俺みてぇにグレイトアックスをブンブン振り回す、大物になるに違いねぇぜ!」
おカミ 「あらあら、あなた。気が早いこと。でも本当に、あなたに似て骨格がいいわ。どうせなら、ただの戦士じゃなくて、いずれ魔王様なんぞを打ち倒す、立派な勇者様になってほしいもんだねぇ」
ベア 「勇者! おう、そいつぁいい! 聞いたか赤ん坊! お前は勇者になるんだ! よーし、そうなると名前だ! 勇者にふさわしい、そんじょそこらの名前じゃいけねぇ。強くて、ご利益があって、もう名前を聞いただけで魔物たちが逃げ出すような、最高の名前をつけてやらなくちゃならねぇ!」
さあ、夫婦でうんうん唸っておりますが、なかなか良い名前が浮かばない。
ベア 「そうだ! あの御方しかいねぇ! 街の塔に住んでる、大賢者のじい様だ! あのじい様なら、最高の祝福がこもった『真名』を授けてくださるに違いねぇ!」
ってんで、夫婦は赤ん坊を抱いて、街で一番高い、天を突くような賢者の塔へとやってまいりました。
大賢者 「フォッフォッフォ…いかにもワシがこの街の『生きる伝説』、大賢者じゃ。して、腕利き冒険者夫婦そろって、ワシに何の用かな?」
ベア 「へい! 大賢者様! 実はあっしらに子供が生まれやしてね。つきましてはこの子に、最高の祝福がこもった『真名』を授けていただきとう存じます!」
大賢者 「おお、名付けか! よかろう、よかろう! その儀、このワシに任せるがよい! どれ、顔を見せてみよ…うむ! この子は、天命を授かりし『勇者の相』が出ておるわ!」
大賢者、俄然張り切りだします。
大賢者「まずは、勇者の相があるってぇ事は、第一候補は『ブレイブ、ブレイブ』だな」
ベア 「ブレイブ、はぁ、なるほど。勇者って意味のブレイブでございますな。しかも二回も繰り返すなんて、贅沢ってもんだ」
大賢者「『オリハルコンの擦り切れ』ってのもいいな」
ベア 「伝説のオリハルコンが擦り切れちまったら、縁起が悪いじゃねぇですか」
大賢者 「伝説の金属オリハルコンすら擦り切れてしまうほどの、永い寿命ってことだ」
ベア 「はぁ、大賢者様ともなると、言うことが違うねぇ。こいつは驚いた」
大賢者 「『マンドラゴララ・サラマンダーの』。うん、これも良い」
ベア 「よかないですよ、まず人間の名前じゃねぇ」
大賢者 「幻の植物『マンドラゴラ』と炎の精霊『サラマンダー』。大地と炎の如く、尽きることのない生命力があるってものよ」
ベア 「こりゃ驚いた。あっしのような凡人じゃ考えつかねぇわけだ」
大賢者 「『ヒーリング・ヒール、カース・ニール、アンデッド・シール』」
ベア 「お、回復魔法に解呪の魔法。それに不死者の封印魔法と来たもんだ」
大賢者 「『レベルアップするところにスキルポイントを振るところ』」
ベア 「かーっ! 成長にまで困らねぇ人生ってことですな」
おカミさんが隣で、青い顔してベアエイトの袖を引っ張っております。
おカミ 「あんた、あんた……なんだか、とんでもないことになってないかい……?」
ベア 「しっ! 賢者様が考えてくださってるんだ、黙ってろぃ」
大賢者 「『グリモワールのリモワール』」
ベア 「グリモワール……魔術書ってのはわかるけど、リモワール……キャリーケースかなんかかな」
大賢者 「『パイロ・パイロ、パイロのフレイム・タン』」
ベア 「さらに強力な炎の魔法ときたもんだ。もう大バーゲンですな」
大賢者 「『フレイム・タンのドラゴンダイブ』」
ベア 「今度は、竜騎士の必殺技まで飛び出してきやがった」
大賢者 「『ドラゴンダイブのゴーレムパンチのゴブリンキックの』」
ベア 「もう、ここまで来たら、何が出てきても驚かねぇよ」
大賢者 「大賢者の賢助」
ベア 「おいおい、自分の名前までくれてやっちまったよ」
こうして、大賢者からありがたい祝福の真名の候補をもらってきたこの夫婦。なんたって、伝説の大賢者の考えた名前だから甲乙つけがたい。
おカミ 「どうするんだい? この中から一つなんて選べないわよ」
ベア 「うーん。悩んじまうな。そうだ! こうなったら全部名前にしちまえ」
てんで、この赤ん坊の名前が無事に決まった。
さて、それから十五年の月日が経ちまして。息子は勇者として、すくすくと育ち、いよいよ冒険者ギルドに登録する日がやってまいりました。
受付嬢 「はい、次の新人さん、どうぞー。お名前をこちらの羊皮紙にお願いします」
勇者、神妙な顔でペンをとり、名前を書き始めますが……これが長い。サラサラサラ……まだ終わらない。サラサラサラ……
受付嬢 「…あのー、お名前は? 名字じゃなくて、下のお名前だけで結構ですよ?」
勇者 「いえ、これが全部名前でして…。まだ半分もいってません」
受付嬢 「はぁ!? ちょっと、羊皮紙が足りません! インクの無駄遣いですよ! この冒険者ギルド、予算がないのですから……」
なんとか登録はしたものの、仲間集めも一苦労。
冒険者 「俺は新人冒険者、武闘家のヤジーロだ」
勇者 「俺も、新人だ。名前は…… ブレイブ、ブレイブ、オリハルコンの擦り切れ、マンドラゴラ・サラマンダーのヒーリング・ヒール、カース・ニール、アンデッド・シール、レベルアップするところにスキルポイントを振るところ、グリモワールのリモワール、パイロ・パイロ、パイロのフレイム・タン、フレイム・タンのドラゴンダイブ、ドラゴンダイブのゴーレムパンチのゴブリンキックの大賢者の賢助。よろしくな、って武闘家はどこに行った?」
長い名前を言う間に、心が折れて何処かに逃げてしまう始末。
勇者 「武闘家ってのは、気が短くていけねぇ。そうだ、心優しき聖職者を仲間にしよう」
優しそうな聖職者を仲間にしようと話しかけるベアエイトの息子。
聖職者 「私はオミーヨと申します。なんと勇者様とは珍しいわ。仲間に誘っていただき光栄です」
勇者 「よろしく頼むぜ、俺の名前は……ブレイブ、ブレイブ、オリハルコンの擦り切れ、マンドラゴラ・サラマンダーのヒーリング・ヒール、カース・ニール、アンデッド・シール、レベルアップするところにスキルポイントを振るところ、グリモワールのリモワール、パイロ・パイロ、パイロのフレイム・タン、フレイム・タンのドラゴンダイブ、ドラゴンダイブのゴーレムパンチのゴブリンキックの大賢者の賢助……って、心優しき聖職者まで逃げ出しやがって、こんちくしょう」
あちらこちらに声を掛けて、やっとのことで仲間ができた勇者ですが、今度は仲間ができてからが、もう大変。
潜ったダンジョンでスライムに襲われた勇者たち。仲間の一人が叫びます。
仲間 「おい! ブレイブ、ブレイブ、オリハルコンの擦り切れ、マンドラゴラ・サラマンダーのヒーリング・ヒール、カース・ニール、アンデッド・シール、レベルアップするところにスキルポイントを振るところ、グリモワールのリモワール、パイロ・パイロ、パイロのフレイム・タン、フレイム・タンのドラゴンダイブ、ドラゴンダイブのゴーレムパンチのゴブリンキックの大賢者の賢助!! 後ろだ! 危ない!」
呼び終わる前に、とっくに戦闘は終わっちまう。てんで、仲間内でのあだ名は、最後の言葉を取って『大賢者の賢助』。これがすっかり定着してしまいました。
勇者 「オイラ勇者だってのに、なんでい! 大賢者の賢助って」
仲間 「しょうがねぇだろ、魔法使いの詠唱より長い名前なんて覚えられねえ」
勇者 「覚えられるだろ、仲間なんだからよ。うちの親父やおふくろだって、ちゃんと……いや、オイラの名前を呼ぶ度に、毎回ちょっと間違ってやがったな……」
勇者の一行。ぐんぐんとダンジョンに潜り、ばったばったと魔物を倒す日々が続きます。
そしてついに、一行は魔王のいるダンジョンへと乗り込んだ。
激しい戦いの末、仲間は倒れ、勇者も満身創痍。ついに魔王と一対一で対峙します。しかし、さすがの魔王、その強大な力の前に、全く歯が立たない勇者も遂に倒れてしまいました。薄れゆく意識の中で魔王の高笑いが聞こえてまいります。
魔王 「フハハハハ! これで終わりだ、勇者のなりそこないめが!」
勇者 「くそっ、ここまでなのか……! 親父、おふくろ……魔王を倒す立派な勇者になるように、せっかくいい名前をつけてくれたのに……ごめん」
すべてを諦めた勇者、天を仰いで、幼い時分、勇者の名を呼ぶ両親を思い出しながら、その名を呟いた。
勇者「ブレイブ、ブレイブ、オリハルコンの擦り切れ、マンドラゴラ・サラマンダーのヒーリング・ヒール、カース・ニール、アンデッド・シール、レベルアップするところにスキルポイントを振るところ、グリモワールのリモワール、パイロ・パイロ、パイロのフレイム・タン、フレイム・タンのドラゴンダイブ、ドラゴンダイブのゴーレムパンチのゴブリンキックの大賢者の賢助」
魔王 「な、なぜ! なぜ我を封印する古の呪文を知っている……ぐ、ぐわぁぁぁぁ」
偶然にも魔王を封印する古の呪文が、勇者の名前と一緒だったのです。
こうして、魔王を倒した勇者は、国を救った英雄として崇められ、あちらこちらに銅像が作られました。
勇者の伝説は何百年も語り継がれることになります、しかし、この勇者の名前は誰一人知りません。
なぜって? 名前が長くて誰も覚えられなかったからでございます。
<了>