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蠢く影(3)

瓦礫の上に座り込むように、口を押さえて息を整えようとした。

肋骨のきしむような痛みはルクスが治癒魔法を使ってくれたおかげで今はもうほとんどない。

だが──


「ッ、が……ぐ、ああっ!!」


今度は頭の奥、いや、脳そのものが、焼けるように痛んだ。


目の奥が赤熱し、視界がぐらつく。

それは頭痛ではない。

まるで誰かが、脳に直接針を突き刺して、内側から引き裂いているような──


「う、ああああああああッ……!!」


透は額を押さえて、無様に地に這いつくばった。


「……トオル!?」


振り返ったのは、同じく戦場で満身創痍となった、バルマレオ

拳からはまだ血が流れ、呼吸も荒い。

それでも透の異常に気づくなり、真っ先に駆け寄ってきた。


「なに!?どこ!?また骨か!?違う?……っ、どこが痛い?」


「……脳……っ、脳が……あっ、ああ……ッ!」


叫びは途切れ、口から泡が零れそうになる。

歯を食いしばるが、それすらも阻まれるほどの“焼ける痛み”。

何かが……内側で、蠢いている。


「……ッッ!」


バルマレオは、咄嗟に透を肩で支えた。

筋肉に包まれた腕が、震える透の身体を支える。


「ダメだ……このままじゃ……!」


彼女の瞳が鋭くなる。

それは幹部のそれではなく、仲間を案ずる“姉”のような目だった。


バルマレオは立ち上がった。

その拳にはもう魔力は纏っていない。だがその足取りは、意思を持った者のものだった。


「トオル。……あんたは待ってて、魔王様を連れてくる」


「ま、待て……おい……バルマレオ……ッ!」


「あんたも、今度こそ魔王様に頼るべき。あんたが何を抱えてるかなんて、私には分かんない……でも、魔王様なら…」


バルマレオは地面を蹴って姿を消した。厳密には目に見えないほどの速度でステラの元へ向かった。



そして透は、ひとり残された地面の上で。


“何か”が目を覚まそうとしているのを、全身で感じていた。



数日が経過した。


壊された街は、復興の気配に包まれていた。


瓦礫は片付き、倒壊した建物の骨組みが再建され、避難していた人々が徐々に戻り始めている。


だがその裏で、あの“謎の9人”――各地に同時出現し、破壊と混乱を引き起こした者たちはいまだ消息不明。


ルクスの介入により逃走を余儀なくされたが、彼らの正体は謎のまま。


その正体や能力の情報を整理するため、そして“口外禁止”の件を含めた“ある話”をするために、


天王ハロックが提案した。

「じゃあウチ来る? ちょっと、静かに話せる部屋あるし。天界の――そうだな〜、あたしの部屋の隣くらいで」


天王城――誰の目にも触れぬ、五重の結界が張られた特別室。

重々しい扉が閉まった音を最後に、空間に沈黙が満ちる。


ステラが窓のない部屋の奥、円卓に座る。

その隣にいるのは、天王――ハロック

天界の玉座にして、軍勢を束ねる存在。


透が席についたとき、既にもうふたりの王もいた。

異淵王クリスティア・フォード

魂賭王ハレビア・クージュル


「おぉ、トオル〜。ご機嫌どう?」

微笑みながら声をかけてきたのは、いつもの調子のハレビア。

ただその目には、いつものような余裕と遊びだけではない、どこか深い静けさがあった。


「……それで、話ってのは?」

透が先に切り出すと、ステラが静かに、言葉を置く。


「お前に起きた“痛み”について、だ」


そのひと声で、場の空気が引き締まる。


ハロックが、腕を組んで溜息混じりに呟いた。

「まあ、最初に言っとこ。あれってさ、普通の頭痛じゃない。わかるでしょ?」


透は頷いた。

脳を爪で直接引っ掻かれるようなあの異様な苦痛。尋常ではなかった。


「厄災の使徒……」

クリスティアが低く、名を口にする。


その言葉に、透の心臓が跳ねた。


ステラが目を細める。

「かつて“消し去られたはず”の存在。その名が、再び現れたというわけだ」


「……俺の中に、“それ”がいるってことか?」


「ああ」

ステラが即答する。


「お前の中には、“厄災の使徒”がいる。

 本来なら存在してはならない、最も異質な使徒がな」


ハロックが、椅子の背にもたれながら言葉を継ぐ。


「改めて説明しとくね。使徒ってのは──まあ、ほぼ神。あたしたちでも“正面から倒す”ってのは無理」

「現存するのは8柱。それぞれの能力、覚えてる?」


透は黙って頷いた。


「でもさ。そいつらの中にはない“厄災”。……これが厄介なわけだ」


「……ふふ」

ハレビアが声をあげる。

「だってさぁ、能力が“自分に向けられた敵意や攻撃を、そのまま相手に返す”だろ?」

「それ、つまり──」

「絶対に攻撃しちゃいけないってことだよね。怖すぎない?」


「でも、それって……」

透が唇を噛む。


「……だったら俺は、誰も傷つけないために、ひとりで……」


「馬鹿なこと言うな」

ステラが制する。


「使徒の力は感情にも反応する。『敵意を抱かれた』だけで相手が勝手に不幸になる。

 制御できなければ、存在そのものが災害だ」


ハロックが真顔で、透を見つめる。


「トオルに敵意を抱いた“誰か”が、勝手に転落死するかも。

 なんにもしてないのに、だよ。わかる? それが“厄災の使徒”」


透は、ぞっとした。

それは“強さ”ではない。“呪い”に近かった。


「そーいう意味ではさぁ」

ハレビアが軽く首を傾ける。


「トオル? 君がその存在を“今も生きてる”ってだけで、

 ……ボクたちにとっては脅威、でもあるわけよ」


「……」

言葉が出なかった。

それが“本心”だというのが、空気で伝わる。


そのとき。


「だが、その存在は死んだはずだ」


「……」

全員が、息を呑んだ。


「お前は“あいつ”とは別人だろう。だが同時に、“あいつ”に似ている」

「どちらに転ぶかは、お前次第だ」


ハロックが、少しだけ口元を上げて見せた。


「たださ、“厄災の器”に選ばれた時点で、あんたはもう、普通じゃないんだよ」

「だったらいっそ、ちゃんと向き合いなよ。……自分が何者なのかってやつにさ」


透は、両手を膝に置いて、深く息を吐く。


「……考えるよ。ちゃんと」


クリスティアが言葉少なに、ぽつりと呟いた。


「“厄災の使徒”が動けば、また世界が崩れる。……今回は、それを未然に止める手段を取るべきだ」


ハレビアが指を鳴らした。


「じゃあ、扉の探索は続けるってことでいいかな?

 何枚目が鍵になるのか、知りたいし。未来視でも追えないから、面白いねぇ」


ステラは立ち上がり、透を見つめた。


「お前に任せる。……全ての分岐の先に、答えはあるはずだ」


会議は、これにて終了した。


世界の命運と、運命の本質を乗せて。


翌日──

世界はまだ、静かに息を潜めていた。

各国の修復作業が進む中、戦いの余韻だけが街の空気に微かに残っている。


透は、城の渡り廊下をひとり歩いていた。

向かう先は、魔王の間。

……ステラのもとだ。


《自分の中にいる厄災》

昨日、語られた内容は重く、そして曖昧だった。

だからこそ──どうしても、聞きたいことがあった。


扉の前に立ち、ひと呼吸おいてからノックする。

コン、コン。静かな音。


「入れ」


中から聞こえた声は、いつもの通りに冷たく、威厳に満ちていた。


扉を開けると、ステラ・アジャンスタは背を向けていた。

高窓のない部屋、玉座の脇に立ち、静かに外――ではなく、“空”を見ているようだった。


「どうした?私になにか用か?」


その問いに、透はまっすぐ切り出した。


「……昨日の“厄災の使徒”の話。

 俺の中にいるって……どういう意味なんだよ」


沈黙。

ステラは動かず、ただ言葉を選ぶように、短く息を吐いた。


「……“厄災”は、存在そのものが反則だ。神でも、魔王でも、扱いきれなかった力」


「けど、それが俺の中にいる。……なんで?」


「“扉”だ」

ステラが振り返る。真っ直ぐな目が、透を射抜く。


「お前が使う、あの異常な魔法。……あれが、お前をこの世界に呼び寄せたわけではない。

 逆に、“お前の中にあるもの”が、扉を引き寄せてる」


「……え?」


「厄災は、世界と世界の間に棲んでいた。

 ……誰にも干渉できず、何者にも気づかれず、ただ存在していた“負の神性”」


「待て、神性?」


「そうだ」

ステラの声が少しだけ鋭くなる。


「“使徒”と呼ばれる存在は、もともと神に近い概念だ。

 だけど“厄災”は違う。……そもそも、神から“拒絶された力”だった」


透の喉が鳴った。理解が追いつかない。だが、核心に迫っているのは分かる。


「つまり、俺は……」


「──器だ」


ステラのその一言は、鋼のように重かった。


「お前の中に眠る“厄災”は、まだ目覚めていない。

 だが確実に……その目を開け始めている」


透の口元が引きつる。

鼓動が一瞬、跳ねるように速くなった。


「目を……開けるって、どういう……」


「このままだと、いつか乗っ取られる」


ステラの声に、感情はなかった。

ただ、それが確かな“未来の断言”であるように、冷たい響きだけがあった。


「……ふざけんなよ」


透の声が低くなる。

握った拳が震えていた。自分の中に、自分ではない“何か”がいる。

それに、自分自身を明け渡す日が来る──?


「俺は俺だろ。違うかよ……!」


「お前はお前だ。今は、な」

ステラは静かに言い返す。


「だが、“厄災”はただの魔力でも、精神でもない。

 それは、存在そのものを侵す毒のようなものだ。

 無意識に、それはお前の中で形を作っていく。

 そして、ある日気づけば──“自分”が消えている」


透は何も言えなかった。

足元が崩れていくような感覚が、心の奥から這い上がる。


「……どうすりゃいい?」


やっと出た声は、かすれていた。

だが、言葉に力はあった。


「止められる方法が……あるのか」


ステラは答えなかった。

その代わりに、ゆっくりと歩み寄ってきた。


「以前にも話したが、私は“アイツ”と戦ったことがある。

 私と、勇者と、ハレビア、クリスティア、ハロック……その他の勢力を総動員して、ようやく“殺したはず”の存在だった」


目の奥に、わずかに宿る殺気──いや、“恐怖”があった。


「けれど……どうやら完全には終わっていなかったようだ。あくまで仮説だが、殺害され魂のみの体になった後…次元を跨ぎ、自身の糧、隠れ家…この2つになる人間を探していた。そして都合の良かった人間が

──お前だ」


沈黙。


「トオル。

 お前に選択肢はない。

 “自分を保ち続ける”か、

 “何者かに奪われる”か──その二つだけだ」


透はゆっくりと目を閉じた。


息を吸って、吐いて。

それでも、身体の奥が震えていた。


「……なら、教えてくれよ。

 自分を保つ方法ってのをさ」


ステラはわずかに口元を緩め──

そして、言った。


「仲間を作れ」


「は?」


「ヴァルムからも言われただろう。信頼できる誰かを持て。

 お前の“意思”を繋ぎ止めてくれるような、そんな存在をな」


その言葉は、あまりにも──

優しくて、そして、遠く感じた。


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