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蠢く影(2)

「はぁ……今日も収穫ゼロか……」


魔王城の長い廊下を、透は一人とぼとぼと歩いていた。

例の“扉探し”はもう義務ではなかったが、ステラに頼まれて以降、なんとなくクセになっていた。


別にヒマってわけでもないが、他にやることもない。


──それが油断だった。


「…………っ!」


“カシャン”という、乾いた音。

頭上から何かが落ちてくる気配。とっさに身を引いた。


ザバーッ!!


透のいた場所の床が、水浸しになった。

真上の扉の上──そこには、空になったバケツがコトンと音を立てて転がっていた。


「……は?」


ぽたぽたと、水滴の垂れる音。

床には小さな氷も混じっていた。


「──おや?反応、早すぎませんか?」


聞き覚えのある声が響く。

振り向くと、燕尾服を着た銀髪の男が、遠くから手を叩いて拍手していた。


「くっそしょーもねえ……! バケツって、小学生かよ……!」


「これが意外とですね、成功率が高いのですよ。わたくしの中では『バケツ・オブ・ホラー作戦』と呼んでおります」


「ダッッサ……!?」


その男──ヴァルム=ロワレーンは、まるで何食わぬ顔で水浸しの床を跨ぎ、透の隣にすっと並んだ。


「……何してたんだ?」


「見回りでございます。……あ、ついでにトオルどのに“教育的指導”をと思いまして」


「教育っつーか、ただの悪戯だろ……」


「いえいえ。驚くという反応は、防御意識と反射神経を高めるための訓練でございます。れっきとした軍の練習法ですとも」


「嘘つけ」


「ばれましたか……でも、どうでした?楽しかったでしょう?」


「やられた方は楽しくねぇよ〜…」


そう言いながらも、透は小さく笑った。


ヴァルムのこのノリは、最初は腹が立つだけだったが、慣れると不思議と不快ではなかった。

“自分を気にかけてる”というのが、言葉じゃなく行動で伝わってくるからかもしれない。


「それにしても、また“扉”ですか?」


「まあな。見つけても開けるかどうかは別だけど」


「ステラ様のご命令は既に果たされたはず……それでも探すとは、律儀ですね」


「そうでもねえよ。……なんか、気になるだけ」


「なるほど……気になることに素直になれるのは、若さの特権でございますな」


そう言ってヴァルムは、床に転がったバケツを拾い上げた。

小さく氷の塊が、カランと音を立てて滑り落ちる。


「……そういえば」


不意に、ヴァルムが声のトーンを変えた。


「“仲間”は、増えましたか?」


「……またそれか」


「ええ。わたくし、執念深いので」


軽く笑いながらも、その視線はふっと鋭くなる。


「この城には、あなたを好ましく思っている者が案外多い。エンリカも、メルセデリアも、ルザリオやバルマレオも……言葉にしないだけで、あなたを認めておりますよ」


「……仲間ってのは、そう簡単にできるもんじゃない」


「では、問います。あなたが死にかけていたとしたら、誰に助けを求めます?」


透は少しだけ言葉に詰まった。


「……助けなんか求めねえよ。死ぬときは死ぬ」


「強がり。もしくは、諦め。それとも……昔、裏切られたことでも?」


「うっせーよ、探偵かお前は」


「失礼。でも、わたくしはあなたの未来を少しだけ案じております」


いつもの冗談混じりの笑顔とは違う。

そこには年長者の、いや、“戦友を何人も見送ってきた者”の重みが宿っていた。


「仲間というのは、“背中を預けられる相手”のことです。笑い合うだけの存在ではない」


「……」


「あなたはきっと、何かとてつもないものと戦うことになる。そのとき、隣に誰がいるかで生死は変わるでしょう」


「……わかってるよ、そんなこと」


透はぼそりと答えた。


ヴァルムはにこりと笑って、バケツをポン、と透の頭に乗せた。


「では、そのときのために……そろそろ、友を作りましょう。バケツの中身を被って笑えるような、そんな愚かで、かけがえのない友を」


「……うぜぇよ。なんで最後ちょっといい話にしてんだよ!?」


「わたくし、名セリフコレクターですので」


白手袋をくるりと翻しながら、ヴァルムは水たまりを軽やかに越えていく。

その背中はどこまでも柔らかく、どこまでも読めなかった。


透は小さくため息をついて、頭のバケツを外す。


(……仲間ね)


その言葉は、バケツの底よりも、よほど重たかった。


───そう思っていた次の瞬間


ドガァァァァァンッ!!


街の鼓動が止まったかのような、凄絶な爆音。

突如として、アヴィア全土に雷鳴のような轟音が響き渡る。地が揺れ、空が叫び、光が世界を裂く。


その瞬間、透の中に浮かんだのは──「最悪」の予感。


(まさか、こんな形で……!)


一瞬にして街の空が赤く染まった。

それは夕焼けではない。爆炎による血のような光だった。


──そして、始まった。

【9つの“悪意”】──あの“大森林”に集っていた“何か”が、ついに動き出したのだ。


各地へと。

魔王も天王も異淵王も魂賭王も不在。残された魔王軍幹部たちが散らばりながら、それぞれの都市を防衛するしかない。


透は、反射的に中央都市ベスカを選んだ。


それが「一番ヤバい気がする」と、どこかで感じていた。


──そして、たどり着いた光景。


「……!」


目の前の広場で、拳を振るうバルマレオが、血だらけで立っていた。


その体には裂傷、打撲、焦げ跡。普段は鉄よりも強靭な肉体が、ズタズタにされている。


それでも立っているのが信じられないほどだった。


「……コイツしつこすぎ、生きるサンドバッグ?まぁそれなら納得」


鋭く乾いた声が空を裂く。

対峙するひとり──女の声。どこか“感情”が欠落していた。


その隣には、もうひとり。

長い髪の青年らしき男が、笑いながら空中を軽くステップしていた。


「いいねいいね!殴ったら骨が砕けて、潰しても動く!なにこの相手、楽しい!」


バルマレオの体が、ぐらつく。


「くっ……が、ぁ……」


彼女は拳に魔力を纏う格闘家だ。どんな魔法も弾くその“肉体”は戦場で幾度も敵を粉砕してきた。

それが──いま、押されている。


「バルマレオ!!」


透が声を張り上げると、彼女はふらつきながらこちらに目を向けた。


「とお……る……来ちゃダメ、だよ……こいつら、ただの“人間”じゃない……っ!」


言葉の最後が、血の泡に消える。


「“強い”だけじゃない。──“嫌な感じ”がする」


透も肌で感じていた。


この2体の“敵”──明らかに異常だった。

魔力の流れも異常、構造も異常、喋り方すら異常。


まるで別の生き物だ。理屈が通じない。理性が通じない。

なのに、魔法も、戦いも、精密に動いてくる。


(……バルマレオ一人で、こいつらと2対1とか……)


透は、呼吸を整える間もなく、拳を握る。


(──行くしか、ねぇ)


力が、震えた。恐怖か、怒りか。

だが、確かに今──彼は、“ただの旅人”ではいられなかった。


──そして、その広場の屋根の上。


まだ透の目にもバルマレオの目にも映っていない男が、静かにその戦場を見下ろしていた。


背中に神輪を背負う白銀の騎士。

その名も、“無冠の騎士”ルクス。


──剣が抜かれるのは、もうすぐだった。


「トオル……?」


バルマレオの血に濡れた唇が動いた瞬間だった。


「…あれ、お前って目的のガキ? あはは、やっぱそうだよなぁ!!」

笑う男が地を蹴った。背後で乾いた衝撃波が走る。


「は?なに?コイツ?なーんだ…弱そうで良かった」狂気に満ちたような女の声とともに、光が地面を抉る。


──狙いは、透。


バルマレオを完全に“無視”したまま、2人の敵は一直線に透へと殺到してきた。


「お、おい、嘘だろ……っ」


反応が遅れた。避ける間もなく、透の胸を蹴りが貫く。


ドガッ。


肋が確実に数本折れた。息が詰まり、視界が揺れる。

続けて、空中で背を殴りつけられ、透は10メートル以上吹き飛ばされた。


「ぐ、あっ……くそっ……!」


血を吐きながら立ち上がろうとする。だが、もう一発。

今度は顎を殴られ、地面に頭を叩きつけられる。右腕は逆への字のように折れ、骨が飛び出ていた。


「やっぱ弱えなぁ、普通の人間じゃん?」

「弱いものイジメも悪くないね、気持ちがいいよ」


透は歯を食いしばりながら、地面を見つめた。


(なんだよ……こいつら……なんで俺が──)


その瞬間、風が止んだ。


空気が静まり返り、光が揺らめいた。


「──そこまでだ」


澄んだ、重みのある声。

敵も、バルマレオも、そして透も──反射的にその方向を振り向いた。


屋根の上。

降り立ったのは、一人の騎士。


“無冠の騎士” ルクス。


「…………誰?」

「騎士団の……?」


敵が困惑する中、ルクスは無言で手を前に伸ばす。

その瞬間、白銀の鎧が光に包まれた。


「──我が名はルクス。王にあらず、神にあらず。ただ一振りの剣として在る」


眩い金と白の輝きが爆発し、鎧が変化する。


胸部に輝く紋章、両肩を走る光の縁取り。

背中からは、純白の翼が羽ばたき、宙に神輪が浮かび上がる。


大地が震えた。

その姿は、もはや「人」ではなかった。


「──《天照アマテラス》」


白と黄のオーラが地を這い、天を染める。

一歩、彼が歩くたび、周囲の空気が変わる。


敵の男が笑いをやめた。


「……やべぇの来た?」


女の方も即座に後退の構えを取る。


「私たちがグチャグチャにされたら意味ないんだけど…?」


ルクスは静かに剣を掲げた。


「──問答無用、か。では」


聖剣乱舞エクス終光ラディウス


瞬間、空間に無数の聖剣が浮かび上がる。


それらは一斉に光を放ち、

次の瞬間──滝のように光の剣が敵へと降り注いだ。


「っ──が、あ、あああ!!」


避けようとした男の足を1本、貫通。

女の肩も、焼けるような光で穿たれる。


「魔力が、燃える……っ!?な、なん……だよコレ……っ!!」


そして──全ての剣が命中と同時に“消える”。


傷は残るが、剣の残骸はない。

光そのものが刺さり、痕跡すら残さない、“聖なる裁断”。


「……お前らに問う。撤退するか、ここで終えるか」


その一言に、敵は即座に退く。


「ちっ…またな、ガキ。今度は全部ぶっ壊す」


笑いながら男が霧散し、女もそのまま転移魔法で姿を消す。


ルクスは、透に歩み寄る。

その神輪が、今なお輝いていた。


「トオル……立てるか?」


高精度な治癒魔法をかけつつ、手を差し伸べたその目は神でも英雄でもなく──騎士だった。


透は、震える手でそれを掴んだ。


「……あぁ……助かった……マジで……」


息を吸うと、肋が痛んだ。

それでも今は─────

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