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違和感

視界が、落ちた。

音も、感覚も、すべてが途切れる。

――そして。

気がつけば、そこは真っ暗な空間だった。

上も下もない。

地面もない。

空もない。

ただ、黒。

その黒の中に――

ぽつり、ぽつりと。

いくつもの灯火が浮かんでいた。

揺れている。

まるで誰かの記憶の断片のように、弱く、頼りなく。

透は、ゆっくりと目を開けた。

「……ここは……」

声は出た。

だが、妙に軽い。

体の感覚が曖昧だった。

足元に地面があるのかどうかすら、わからない。

透は辺りを見渡す。

黒い空間。

灯火。

そして――

目の前に、一人。

立っていた。

桃色の髪。

静かに揺れている。

その女は、何も言わず、透を見ていた。

透はその姿を見た瞬間――

脳裏に、ある光景がよぎった。

謎の空間。初めての異世界。

そして。

最初に出会った、あの少女。

「……っ」

心臓が一瞬、強く跳ねる。

似ている。

いや――

同じだ。

姿も、雰囲気も、あのときの“違和感”も。

透が口を開こうとする。

「お前――」

だが。

その言葉は最後まで続かなかった。

女が、先に口を開いたからだ。

「楽しかった?」

静かな声だった。

感情の起伏がほとんどない。

「都合の良すぎる展開は」

透の眉が動く。

「……は?」

意味がわからない。

「何言って――」

言葉を返そうとした瞬間。

女が、かぶせるように言った。

「ノアが消えたこと」

透の思考が止まる。

「そのあと、魔王ステラに会ったこと」

「……」

「アヴィアでも、またステラに会ったこと」

一歩、女が近づく。

足音はない。

「そこから――」

指を一本、立てる。

「クリスティア」

もう一本。

「ハロック」

もう一本。

「ハレビア」

そして。

「無冠の騎士、ルクス」

透の目が、わずかに見開かれる。

「素人一人のために、あそこまでの連中が動いた」

女は淡々と続ける。

「普通、ありえないよね」

透は黙ったまま、女を睨む。

だが。

否定できる言葉が出てこない。

「……それは……」

偶然だ、と言おうとした。

だが、言葉が詰まる。

女はそれを見て、小さく笑った。

「そう、言えないはずだ」

透の喉が鳴る。

女はさらに言う。

「都合が良すぎる」

「強すぎるやつらが、タイミングよく現れて、死ぬ寸前で助かって…ありえない確率で生き延びてる」

透の拳が、わずかに握られる。

「……何が言いたい」

低く、絞り出すような声。

女は、すぐに答えた。

「全部」

一拍、置く。

「作った」

空気が、止まる。

透の瞳が揺れる。

「……は?」

理解が追いつかない。

「何を……」

女は、透の目を真っ直ぐ見た。

逃がさないように。

「不思議に思わなかったでしょ?自分でも、周りでも」

透は、言葉を失う。

確かに。疑問はあった。

だが――

深く考えなかった。

考える前に、次の出来事が来た。

「それも全部、そうなるようにしてたから」

透の呼吸が、乱れる。

「……ふざけんな」

低く呟く。

「そんな都合のいい話が――」

女は遮って喋り出す。

「都合いいでしょ?」

即答だった。灯火が、一斉に揺れた。

空間が、わずかに歪む。

「このシナリオは」

女は一歩、さらに近づく。

「最初から全部全部全部…私の台本通り」

透の心臓が強く鳴る。

理解が追いつかないまま、目の前の女を睨みつける。

「……全部台本通りって……」

喉の奥から、かすれた声が出る。

「ふざけんなよ……」

だが、女はまったく表情を変えない。

むしろ、少しだけ退屈そうに目を細めた。

「ノアも邪魔だったから消したんだよ」

その一言で。

透の思考が、完全に止まった。

「……は?」

間の抜けた声が漏れる。

だが、女は続けた。

「この世界はね、私の娯楽に過ぎない」

灯火が、ゆらりと揺れる。

透の目が、わずかに見開かれる。

「魔物に全部侵食されて終わる結末」

「戦争が拡大して、滅亡する結末」

「たった一人の存在に、全部壊される結末」

女は指を折りながら、淡々と数えていく。

「他にも色々ある、数えきれないくらい…」

一瞬、考えるように視線を上に向ける。

「ざっと100万は超えてるかな」

その言葉の重さに、透の呼吸が止まる。

「その中で」

女は視線を戻す。

「ノアに関わる事で起きる展開は全部見た」

透の拳が震える。

「……何言って……」

言葉がうまく出てこない。

女は気にせず続ける。

「同じ流れ、同じ感情、同じ結末、何回も見た」

淡々と。

「だから消した、彼女は彼女の役割を果たして消えたんだ、良いでしょ?」

透の頭の中で、何かが音を立てて崩れる。

ノアの顔が浮かぶ。

言葉が浮かぶ。

記憶が、鮮明に蘇る。

――あの頼み。

――あの表情。

――あの声。

それが。

“飽きたから”という理由で。

消された?

「……お前……」

声が震える。

怒りか、混乱か、自分でも分からない

だが、言葉が続かない。

何を言えばいいのか、わからない。

否定したい。

殴りたい。

叫びたい。

でも。

目の前の存在が、それを全部無意味にする。

そんな確信があった。

女はそんな透を見て、少しだけ首を傾げた。

「どうしたの?もしかして怒ってる?別にいいでしょ、まだこの世界線のお前は彼女とは話しただけだ」透は何も言えない。

ただ、睨むことしかできない。

だが。

その視線すら、揺れていた。

そんな透を見て、女はふっと息を吐いた。

「まぁいいや」

興味を切り替えるように、軽く言う。

「じゃあ、話を変えよう」

その一言で、空気がわずかに緩む。

だが、透の警戒は一切解けていない。

むしろ、さっきまでよりも強くなっている。

女は一歩、距離を詰めた。

「契約だ」

あまりにも軽い調子だった。

まるで買い物にでも誘うような、そんな口調。

だが。

その言葉の“重さ”は、透にも分かった。

「……契約?」

警戒を隠さず、透が返す。

女は頷いた。

「そう」

指を軽く立てる。

「使徒が他者と交わす、契約」

その瞬間。

透の思考が、鋭く反応する。

使徒。

その単語だけで、場の空気が一段階重くなった気がした。

女は構わず続ける。

「シンプルなものだよ、どちらかがどちらかに課した約束を守る。それだけ」

灯火が揺れる。

「もし破れば――」

一拍置く。

「破った側に、大きなデメリットが降りかかる」

透は黙って聞いていた。

視線は外さない。

その言葉一つ一つを、噛み砕くように理解しようとしている。

「……なるほどな」

小さく呟く。

単純だ。

だが――だからこそ、重い。

“使徒”が関わる契約。

軽いもののはずがない。

透はゆっくりと息を吐いた。

そして、目の前の女を見据える。

「……お前」

低く言う。

「使徒か」

女は否定しない。

それだけで、答えだった。

透の中で、確信に変わる。

――こいつは、使徒。

しかも。

ただの使徒じゃない。

「で?」

透は睨んだまま言う。

「契約内容はなんだ」

女はすぐに答えた。

「簡単だよ、今まで通り…」

灯火が一つ、大きく揺れる。

「お前にとって都合のいい展開を与える」

透の目が細くなる。

「……は?」

思わず声が漏れる。

女は続ける。

「強い奴に出会う、死にかけても助かる、成長する機会が来る、仲間ができる」

淡々と並べる。

「全部、今まで通り」

そして。

「それを、これからも与える」

静かに言い切った。透は一瞬、黙った。

頭の中で、その言葉を反芻する。

都合のいい展開。それを保証する契約。

普通なら。

飛びついてもおかしくない話。

だが、透は、目を逸らさなかった。

むしろ、より強く女を睨んだ。

「……ふざけんな」

低く吐き捨てる。

女の眉が、わずかに動く。

透は続けた。

「そんな都合のいい話があるわけねぇだろ」

一歩、踏み出す。

「さっき言ってたよな」

視線を逸らさない。

「契約は、“どっちかがどっちかに課す約束”だって」

空気が、少し張り詰める。

「だったら…お前も、何か求めてくるはずだ」

女は黙って聞いている。

透は止まらない。

「そんなの、ただの施しだ」

一歩、さらに詰める。

「大体、お前がそんなことする理由がない」

女の目が、わずかに細まる。

透は言い切った。

「……何を要求する気だ」

静寂が落ちる。

灯火だけが、揺れている。

女は数秒、何も言わなかった。

そして。

ふっと、笑った。

「いいね」

小さく呟く。

「ちゃんと考えてるんだ、へぇ…ただの脳無しかと思ってたよ」

透は何も返さない。ただ睨み続ける。

女はゆっくりと口を開いた。

「そうだね」

一歩、透に近づく。

「もちろんタダじゃない」

その声は、どこか楽しそうだった。

「こっちの条件もある」

透の心臓が、ドクンと鳴る。

女はすぐ目の前まで来た。距離はほとんどゼロ。

ゆっくりと口角を上げた。

その笑みは、今までとは違う。

どこか、底が見えない。

「そうだね」

小さく呟く。

「こっちの条件、ちゃんと聞きたいよね」

透は無言で睨む。

視線は一切逸らさない。

女は、そのまま続けた。

「簡単だよ」

あまりにも軽く言う。

「最初の10年間」

一拍。

「…厄災の使徒に、体を明け渡すこと」

――その瞬間。

透の喉が、音を立てた。

ゴクリ、と。

無意識だった。

頭が、理解する前に反応した。

10年。

その時間の重さが、直感的に分かる。

そして何より――

「……」

透は、何も言わなかった。

だが。

確信した。

目の前の女と。

自分の中にいる“厄災”。

――こいつらは、繋がっている。

協力関係。

いや、それ以上かもしれない。

少なくとも敵ではない。

だからこそ、この条件が出てきた。

透の拳が、わずかに震える。

脳裏にあの光景がよぎる。

赤黒い靄。

無表情のまま、暴れ回る自分の体。

そして――

ハレビアを貫いた、あの瞬間。

あれはほんの数十分。

それだけで、あのレベルの実力者をあそこまで追い詰めた。

それが――10年。

「……ふざけんな」

低く、吐き捨てる。

女は黙っている。

透は、睨んだまま言った。

「ありえねぇだろ」

一歩、踏み出す。

「10年も明け渡したらどうなるか、分かんねぇわけじゃない」

声が少し荒くなる。

「数十分であれだぞ。ハレビアみたいな奴ですら、ああなった」

歯を食いしばる。

「それを10年?世界終わるだろ」

はっきり言い切った。

「断る」

即答だった。

迷いは一切ない。

女は、数秒、黙っていた。

そして――

チッ。小さく、舌打ちをした。

その音は、この空間にやけに響いた。

「……はぁ」

ため息をつく。

「つまんないな…いっその事…いや、それはダメだな」

露骨に、興味を失ったような顔。

「いいよ」

あっさりと、言った。

透の眉がわずかに動く。

「この契約は無しで」

まるで最初からどうでもよかったかのように。

女は肩をすくめる。

「その代わり…」

視線が、少しだけ鋭くなる。

灯火が、一斉に揺れる。

「助けも来ない、奇跡も起きない、偶然も起きない」

一つ一つ、叩きつけるように言う。

「これからは」

一歩、透に近づく。

「残虐な、クソみたいな世界を、ちゃ〜んと噛み締めなよ」

透は何も言わない。

ただ、その言葉を受け止める。

女は、くるりと背を向けた。

興味が完全に切れたように。

だが――

ふと、足を止めた。

「……ああ、そうそう」

思い出したように言う。

「こっちも手、打ち始めるから」

振り返らないまま。

軽く手を振る。

その瞬間――

視界が、歪んだ。

灯火が消える。

黒が崩れる。

意識が、引き戻される。

――次に目を開けた時。

透は、ベッドの上にいた。

天井が見える。

現実の光。

「……っ」

息を吸う。体が重い。

だが――動く。

ゆっくりと、体を起こす。

周りを見る。そこには――

ギルメザ。

ラグ。

キール。

ミナミ。

全員が、ベッドに寝かされていた。

額には氷枕。呼吸はある。

だが、意識はない。静まり返った部屋。

透は、その光景を見つめたまま――

しばらく、動けなかった。

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