表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/31

乱入

赤黒い靄がまだ空気の中に残っていた。

先ほどまで暴れ回っていた異形の肉塊はすでに消え、森の一角だけが戦場の名残のように歪んでいる。

地面は抉れ、木々は折れ、空気にはまだ濃い魔力が漂っていた。

その中心で、厄災は肩についた血を指で払う。

まるで戦闘の余韻を楽しんでいるかのような、余裕のある仕草だった。

ハレビアは貫かれた状態のまま、血を吐きながらもまだ意識を保っている。

体中はボロボロで、魔力の消耗も激しい。

そんな彼を一瞥したあと、厄災は視線をハロックへ向けた。

そして、ゆっくりと口を開く。

「……さっきの醜い肉塊」

声は静かだったが、どこか楽しんでいるようだった。

「気になってるんじゃないのか?」

厄災は指先で空気をなぞる。

その指先に、ほんのわずかな赤黒い靄がまとわりついた。

「全て―過去に俺が殺した奴らの魂だ」

言葉は淡々としていた。

まるで当たり前の事実を語るように。

「殺されて、魂だけの存在になった連中を……」

靄がゆっくりと揺れる。

「無理矢理この世に引きずり戻して、実体を与え、結合させた」

厄災の口元がわずかに歪む。

「俺が完全にこの世界へ顕現するまでの間の――試作品だ」

くつくつ、と喉の奥で小さく笑う。

「数百年の間、暇が募ってな」

視線がハロックを観察するように細められる。

「魂だけの存在を束ねて、形を与えて、動かす」

ゆっくりと言葉を区切る。

「死んだあとも働いてもらうわけだ」

厄災は肩をすくめる。

「便利だろ?」

森が静まり返った。

その沈黙の中で、ハロックは少しだけ首を傾げた。

まるで何を言われたのか理解できていないような表情だった。

そして。

「……で?」

短い一言だった。

厄災の眉がわずかに動く

「どうやって作ったとか、何の魂を使ったとか――」

肩に担いでいた槍を軽く回し、地面にトン、と突き立てる。

「そんなの、どうでもよくない?」

その目には、まったくと言っていいほど興味がなかった。

「敵は敵」

淡々とした声。

「それ以上でも、それ以下でもない」

少しだけ顎を上げ、厄災を真っ直ぐ見据える。

「何を作ろうが、どんな術を使おうが――

壊すだけだし」

その言葉に、空気がわずかに震えた。

厄災は一瞬だけ黙り込む。

だが次の瞬間――

「はは……」

喉の奥で笑いが漏れた。

「ははは……」

やがてそれは、はっきりとした笑いになる。

「ははははははは……!」

肩を震わせながら笑う。

「いいな」

厄災はそう言った。

「実にいい」

目が細くなる。

「単純な奴は嫌いじゃない。ただ頭が軽い訳でもなさそうだ」

そのときだった。

遠くから複数の魔力が近づいてくる。

森の奥から、土を蹴る音が聞こえる。

そして次の瞬間――

木々の間から数人の影が飛び出してきた。

ギルメザ達だった。

先頭の痕跡を辿り、ここまで辿り着いたのだ。

だが。

「――っ」

先頭にいたギルメザが、思わず足を止めた。

その視線の先。

ハロックの少し前に立つ“それ”を見て、息を呑む。

「……トオル?」

口から漏れた名前。確かに姿は透だった。

顔も、体格も、服装も。

見慣れたものだ。

だが、何かが違う。圧倒的に違う。

空気が重い。

立っているだけで、周囲の空間が歪んでいるような錯覚を覚える。

本能が、警鐘を鳴らす。

――近づくな。

――あれは危険だ。

――あれは“違う”。

頭では理解している。

あれは透だ、と。

だが、体が拒絶していた。

ギルメザの背後にいたミナミたちも同じだった。

誰も一歩踏み出せない。

喉が乾く。

背中を冷たい汗が流れる。

まるで巨大な捕食者の前に立たされた小動物のような感覚。

視線を向けているだけで、心臓の鼓動が早くなる。

「……おい」

ギルメザが低く呟く。

「なんだ……あれ……」

透だ。

間違いなく透だ。

だが。

本能が叫んでいる。

――あれは“別の何か”だ。

理性と本能が真っ向から衝突していた。

そのとき。

「……ん?」

厄災がゆっくりとギルメザ達を見る。

その瞬間、全員の背筋に氷のような寒気が走った。

視線だけで押し潰されそうな圧。

呼吸が浅くなる。

誰も言葉を発せない。

厄災は数秒、彼らを眺めていた。

そして。

「……増えたな」

ぽつりと呟く。

その声は透とは響きが違う、まるで深い底から響くような声だった。


「……あのギャンブラーは何をやってる?」

後ろから声が聞こえた。

全員が振り向く。

ギルメザ達が来た道の奥。

そこから、一人の男が歩いてくる。

クリスティアだった。

両手は乾いた血で汚れている。

「図に乗るからああなるんだ、根っからの低脳だな」

そう言いながら近づいてくる。

そして、視線が前方へ向いた。

透――いや、厄災を見た。

一瞬だけ。

ほんの一瞬だけ。

クリスティアの歩みが止まる。

だが。

次の瞬間には、また歩き出した。

「……」

その目は細められていた。

興味を持ったときの目だった。

「数百年前のアレはなんだったんだ、今は犬にしか見えないぞ」

厄災は、その挑発に苛立ちを覚えていた。

その場の空気は、張り詰めた。


厄災は、ゆっくりと髪をかきあげた。

苛立ちを隠す様子はない。

むしろ、その苛立ちを楽しんでいるようにも見える。

「……犬、か」

低く呟く。

だが声は怒りよりも、嘲笑に近かった。

「いい例えだ。確かに俺は、よく噛む」

赤黒い靄が、ゆっくりと肩から溢れ出す。

空気が軋む。地面の草が波打つ。

ハロックは首を軽く回した。

「……あーあ。面倒くさ」

ため息のように言う。

「結局戦うんじゃん」

ギルメザは黙っていた。

だが、その額には汗が流れている。

理解しているのだ。

この場にいる“透”は、透ではない。

本能が叫んでいる。

厄災。

それ以外の言葉を受け付けない。

ハレビアはまだ赤黒い靄の柱に貫かれたまま、血で地面を濡らし続けている。

それでも、笑った。

乾いた、かすれた笑い。

「はは……」

血を吐きながら言う。

「……いやぁ……ほんと、最悪だなこれは」

ハロックが横目で見る。

「あーあー、あっちは死にそうじゃん」

ハレビアは視線に気づき、肩をすくめようとしたが、できなかった。

靄の柱がまだ身体を貫いている。

「安心しろ」

軽く言う。

「すぐ終わる」

その瞬間――

ズルズル……

何かを引きずる音がした。

全員の視線が、森の奥へ向く。

木々の影から現れたのは――

ステラだった。

銀の髪。

冷たい瞳。

そして、その手には――

女が引きずられている。

ロギアだった。

身体は血に濡れている。完全に気絶している。

ステラは、ロギアを地面に放った。

ドサッ。

そして、静かに息を整える。

その視線が、厄災へ向いた。

空気が変わる。

厄災の眉が、ほんの少し動いた。

「……はっ、身内を相手にするのはどんな気分だ?」

ステラは答えない。

ただ、厄災を見据える。

その目には恐怖も怒りもない。

ただの――

冷たい観察。

厄災は笑い、周囲を見渡す。そして─

「……鏖殺だ」

その声は、全員に聞こえるような声量だった。

だが、異様に通る。

「ここにいる全員」

赤黒い靄が膨れ上がる。

「まとめて殺す」

靄が爆発的に広がった。

地面をえぐり、空気を裂き、全員へと襲いかかる。

その瞬間――

森の奥から、声がした。

「ストップストップ」

軽い声だった。

場違いなほどに。

全員が振り向く。

そこに立っていたのは――

桃色の髪の少女だった。

年齢は十代半ばほど。

小柄で、どこにでもいそうな少女。

だが。

背後の空間が、ゆっくりと歪んでいた。

少女は、面倒くさそうに肩を鳴らす。

バキッ。

骨の音が響く。

バキバキバキバキッ。

身体が変形する。

背が伸びる。

肩幅が広がる。

骨格が組み替わる。

一瞬だった。

少女だった存在は――

大人の女へと変貌していた。

長い桃色の髪が、風もないのに揺れる。

そして、その背後。

空中に――

巨大な花が浮いていた。

まだ閉じている。

硬く閉ざされた花弁。

女は、ゆっくり歩いた。

靄の中を、まるで何もないかのように。

厄災の前まで来る。

そして――

肩を、ポンと叩いた。

「はいストップ」

軽く言う。

「それ以上やると面倒だしさ……いつか機会あげるって言ったでしょ」

厄災は黙っていた。

その目が、細くなる。

「…興ざめだ、好きにしろ」

女はにやっと笑い、周りを見渡す。

ハロック。

ギルメザ。

ミナミ。

ステラ。

ラグ。

キール。

クリスティア。

瀕死のハレビア。

血まみれのロギア。

そして――

厄災。

女は笑った。

「“もし私と厄災以外が倒れたら”」

その瞬間、背後の花が――開いた。

ゆっくりと、静かに。

花弁が広がる。完全に開いた、その瞬間。

世界が止まった。

ハロックの目が揺れる。

「……は?」

ギルメザが顔から崩れる。

クリスティアが何か言おうとする。

「これ――」

バタリと倒れた。

ハロックも同じだった。

「……んだこりゃ……?」

ドサッ。

地面に崩れる。

ハレビアも、最後に苦笑した。

「……あー……」

そのまま、意識が落ちた。

ステラも、ミナミも、ラグも、キールも。

その場にいる全員が倒れた。

その瞬間――世界中で同じことが起きていた。

魔族、人間、獣人、魔物。

全ての生命。

山でクライミングしていた男が、気絶し落ちていく。

風呂に入っていた女が、湯の中で眠る。

市場で買い物していた老人が、その場に倒れる。

食事中の子供が、スプーンを落とす。

戦場の兵士も、王城の王も、森の魔物も、海の怪物も。

すべて、世界中の生命が、倒れた。

残っているのは――二人だけ。

桃色の髪の女。

そして。

厄災。

女は、楽しそうに笑った。

「はい」

軽く言う。

「これで邪魔者はいない」

厄災は黙っていた。

そして。

ゆっくりと、笑った。

「…ふん、随分と早いな」

赤黒い靄が消えた。厄災が自身で消したのだ。

世界で唯一、意識ある2人は笑いあっていた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ