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運命の歯車

 曇天に煙る山の中腹、廃墟となった構造物の奥。


 九つの影が、朽ちた円卓を囲んでいた。


 かつて国家を揺るがし、単独での国家転覆罪により死刑を言い渡された者たち。


 今や彼らは、厄災の使徒の覚醒と乗っ取りを目論む同胞だった。


「……俺ァ、クリスティアをブッ潰してぇ。理性ぶった面が気に入らねェ。アイツの断罪顔を引き裂く瞬間が今から楽しみだァ」  カイム・ギアノットが、にたりと唇を裂いて笑った。


「なら私は、あの黄金の王をもらおうかな。ハレビア。面白そうだもの。どんな風に絶望するのか」  レリス・カーヴァが、まるで友人の話をするように首を傾ける。


「断片的な情報しかないが……魔王は浮いた記録からして、最も力を持つ存在か。危険度最大だな」  ゾルド=マイデスは、顎に指を添えながら論理的に語る。


「その魔王ステラは私が殺す」  ひときわ鋭い声が、空気を裂いた。


 謎の女だった。


 その声音に、円卓の空気がぴたりと止まる。


「……ああ? ひとりでかァ」カイムが片眉を吊り上げる。


「当たり前。一人で殺す、何があろうと」  謎の女は静かに言い切った。


 誰も逆らわない。彼女の言葉には、それだけの絶対的な力があった。


 ユスティア・エイルが無表情に口を開く。 「私はクリスティアを相手にする。過不足ない、合理的な対処が可能だろう」


 次に浮かぶのは、声だけが存在するような影。


「俺は……空が近いな。そろそろか……」


 森を浮遊していた『それ』。


 その姿はない。声だけが沈み込むように響く。  誰も名前を知らない。だが、確かにここにいた。



 その声が低く告げた。 「私は、天王ハロックを」


 ゾルドが重ねるように言う。 「……私は、ハレビアに。可能であれば、彼の《原初領域》を解析したい」


 そして、もうひとり。


 “視えない”存在。


存在を認識しようとすると、視界が歪む。思考が滑る。  それでも、場の誰もが“そいつ”の異質さを無意識に理解していた。

 

その場にいることすら信じがたい、“空白”のような人物。  だが確かに、ゾルドの隣で空間を歪ませるようにして佇んでいた。


「……ゾルドと、そいつで。魂賭王を」


 レリスが手を叩いた。 「決まりね。それじゃあ、あの子──トオルのことは、誰が相手するの?」


「トオルは絶対に殺さないこと」


 謎の女が即座に遮る。


「……え?」


「“厄災の使徒”の覚醒が目的だから。死なれちゃ困る」


 言い切ったその声に、誰も異を唱えなかった。


 むしろ囚人たちは、当たり前のように頷いていた。


「そういうこったなァ。トオルは殺すんじゃねェ。目覚めさせて、乗っ取らせる……そっちのが面白ェだろォ?」


 カイムが舌なめずりする。


 ユスティアも、淡々とした口調で言う。 「乗っ取りに必要なのは、“感情の極限”。自分の無力と絶望を味わわせる必要がある」


「トオルは俺とカローナで潰してやるよォ…」


 カイムが手を挙げると、笑うだけの少女──カローナがくすくすと笑って頷いた。


 透を壊すのはこの二人だ。


 だが殺さない。壊して、目覚めさせる。乗っ取らせる。


「どう動くか、細かい手順は?」  ゾルドが尋ねた。


「……アドリブでいい」  謎の女は即答した。


「こちらの配置だけ明確にしておけば、あとは相手の出方と、“あれ”の反応を見て動く」


 空白の男が沈むように笑った。


「楽しみだな……」


 曇天が薄く割れる。


 日が、昇ろうとしていた。


◇ ◇ ◇


アヴィア城の廊下には、磨き上げられた大理石の床に、青と金の絨毯が真っ直ぐに敷かれていた。午後二時を少し回った頃、陽光が高窓から射し込み、彩りのない壁に柔らかな光を落としている。


「結局、一番キツかったのは……やっぱバルマレオのトレーニングじゃねぇか?」


そう言って笑うのはラグ。口調こそくだけているが、その頬には訓練の成果がにじんでおり、軽く張りを持っている。彼の隣では、ギルメザが不機嫌そうに腕を組みながら歩いていた。


「アレがキツかった?フン、オレさまにとってはあんなの準備運動みたいなもんだけどなッ!!」


ギルメザは身長こそ低く、わずか110cm程度しかない子供のような体格だったが、彼の態度は相変わらず尊大で、時に威圧的ですらある。ラグは呆れたように肩をすくめた。


「そうかいそうかい……じゃ、次の訓練もギルメザ様に全部押しつけるとするか」


「うぉい、そういう意味じゃねぇッ!!」


そんな二人の会話を少し後ろから聞きながら、ミナミとキールも小声で話していた。


「うぅ……私、ルザリオさんの訓練が一番……。ずっと見られてる感じがして、手が震えっぱなしだった……」


「はは、確かに。あの目線、普通にプレッシャー感じるし」


キールは苦笑しながら、ミナミに軽く肩を寄せた。ミナミは少し驚いたように見えたが、すぐに恥ずかしそうに目を伏せた。


一方、透はというと──


(……案外、いけるかもしれないぞ、これ…)


心の中で、そんな風に思っていた。


──試練の水路。


水中都市の近くに存在し、門をくぐる方法として提案されたもの。


でも、ここ最近の地獄のような訓練を思えば、今ならもしかして……と、若干ながら自信が芽生えていた。


(自信はついてきてるし、我ながら超強くなってる気がする…)


しかし、次の瞬間だった。


「ッ──!?」


轟音と共に、衝撃が透の腹部を襲った。


強烈な蹴り。


何者かが背後から飛びかかり、透を蹴り飛ばしたのだ。その勢いで彼は廊下の窓を突き破り、宙に放り出される。


「透!?」「おい、ウソだろ!!」


ギルメザとラグが叫ぶ。


廊下に風が吹き込む。割れた窓の向こうには、急降下していく透の姿が、わずかに見えた。


「ちょっと、なにが……」


ミナミの声が震える。


だがその時、割れた窓の縁に、ひょいと一人の少女が現れた。


白いドレスのような衣装に、口元だけが笑っている不気味な顔。


カローナ=ディルフ。


「あははっ…こっから、楽しいこと始めるから…はははっ…」


その声は異様なまでに無垢で、だが底知れぬ狂気を孕んでいた。ラグとキールが反射的に腰に手を伸ばす。


「お前、何者──っ」


「あははははははっ!あははは!!…それ聞かれて答えるやついないよ」


ひらひらと手を振ると、カローナはそのまま割れた窓から身を躍らせた。


「っ、まてコラァアア!!」


ギルメザが窓際に駆け寄るが、既に彼女の姿は風の中に消えていた。


「何なんだよ、アイツら……!?」「あれ、トオルがやばいんじゃ……」


キールの言葉に、場の空気が一変する。ラグが顔を険しくした。


「あいつ、今のやつらに狙われてるだろ絶対…」


「やば……どうしよう、あんなの、私……」


ミナミは膝が震え、手を胸の前でぎゅっと握っている。ギルメザは拳を強く握りしめた。


「チクショォ……!オレさまがいるってのにィ!!」


キールが、深く息を吐き、真っ直ぐに前を向いた。


「行こう。まずはトオルを助ける。それ以外、考える暇ない」


ラグとギルメザがすぐに頷いた。


「そうだな!」「行くぞォッ!!」


ミナミも目をぎゅっとつむってから、震える声で叫んだ。


「ま、待って! 私も行くっ!!」


四人は迷うことなく廊下を駆け出す。


外へ──透のもとへ。


運命の歯車は、音を立てて動き出した。


太陽が天頂からやや傾きはじめ、アヴィア城の上空に紅の気配がじんわりと差し込み始める頃だった。


それは、同時に訪れた。


大気が一瞬、揺れた。 それはただの風ではなかった。空間が、世界そのものが、“侵入者”の存在を拒絶するようにきしんだ。だが、拒絶の意思を無視するように、彼らは"現れた"のだ。



「……誰かいたりする?知らない気配だけど」


アヴィア城の東庭。一本の長槍を手に、天王ハロックは眼を細めた。


艶やかな金髪が風に揺れる。彼女の瞳は、確かに二人の存在を捉えていた。いや、正確には“一人と、何か”だ。


上空。


そこには、森の空に浮かぶ黒い影。まるで霞のようにぼやけた輪郭。その中央で、白く細い指がぬっと現れる。


「……歴代最速と謳われた所で、空中という俺のナワバリの中じゃ、小動物も同然だな」


ぞわりと、空間がねじれた。浮遊する“男”。いや、それが本当に人間なのか、誰にも分からない。


そしてもう一人。


黒髪を背で束ね、侍のように二本の刀を腰に差した男が、音もなく庭に降り立つ。


その瞳は、ルザリオに酷似していた。だが、その面差しも佇まいも、完全に別人。


「……天王ハロック。貴様を斬る」


声は低く、淡々としていた。その喋り方も、まるでルザリオをなぞったかのような寡黙な口調。


ハロックの瞳が細くなる。


「あれじゃん、名前訊いても答えないタイプでしょ」


「……その首を跳ねる時、名乗ってやる」


ハロックは静かに長槍を構えた。空を滑るように浮かぶ“何か”が、音もなく回転しながら地を見下ろしている。


「二対一か。悪趣味だね〜」


「貴様に相応しい」


──戦の予兆は、すでに弾けていた。



「面倒だな、まったく」


重い足取りで歩いていたクリスティアは、城の回廊を抜けると同時にぴたりと足を止めた。


その前方に、光の軌跡が一閃。


純白の刀身を持つ剣を構えた少女──ユスティア。 その隣に、壁にもたれかかるようにダルそうに立つ男が一人。


ぐしゃぐしゃの前髪、口元に浮かぶ虚無の笑み。


「クリスティア、だっけ?ま、どうでもいいけど……」


その声に、ユスティアが瞬き一つせず言う。


「始末する」


クリスティアの表情は変わらない。


「……ふん。何者だ?」


「知る必要はない」


「なるほど。馬鹿ばかりだな」


冷たい声が放たれる。だが、二人の侵入者は、まるでその侮蔑を称賛のように受け止めた。


「ま、言ってればいいじゃん……」


ダルそうな男が舌打ちをしながら、指を鳴らす。その瞬間、回廊の空気が反転した。冷たい死の風が、城内に入り込む。



「やれやれ、どういう風の吹き回しかね……」


ハレビアは、手にしたカードを一枚めくりながら、低く呟いた。


その前に現れたのは二人の存在。


一人は、奇怪なほど無機質な男。白髪で、眼鏡をかけ、どこか哲学者のような雰囲気。 ゾルド=マイデス。


もう一人は──"空白"。


視界の一角が歪む。空気が滲み、焦点が合わなくなる。確かにそこに"何か"がいる。だが、知覚できない。


言葉も、姿も、声もない。あるのは、恐怖。


ハレビアは肩を竦めた。


「……まあまあってとこかな?面白い相手が出てきたっぽいね」


指を弾くと、周囲に数枚のカードが宙に浮かび上がった。


「付き合ってあげるよ、この命を賭けて、ね」



深き森の中央。


そこに、ゆっくりと一人の影が歩いていた。


ステラ。


その背にはゆっくりと風が舞い、黒い髪が揺れる。静かに葉を踏みしめながら、彼女は歩き続けていた。


──風が止まった。


ステラの足が止まる。


「……出てこい、とっくに気配は感じ取っている」


しばしの沈黙。


そして、一本の木の幹から、フードを被った存在が現れた。


「……なんの目的だ?」


ステラが声を低く落とす。


その女は、フードを静かに下ろした。


銀の瞳。 三つ編みされた滑らかな黒髪。 その顔には、憎悪と恨みがこもっていた。


「……声すら聞きたくない。けど、わざわざ殺しに来てやった」


「殺しに……か」


「覚えてなさそうで良かった、もし私を覚えていたとしたら、今頃反吐が出てる」


「話はそれだけか?」


「それ以外何があるっていうの?」


「……」


風が巻いた。二人の瞳が交差した。


小鳥でも感じ取れるほどの殺意がその場を塗りつぶした。


それが、各地で同時に、そして確実に始まろうとしていた。


────戦火の幕が、静かに、そして確かに、上がったのだった。


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