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覚悟と選択(2)


「入れ。訓練場だ。今日からは“型”に入る」


 重たい鉄扉が軋む音を立てて開かれ、その先に広がる石造りの広間には、既に木製の武器が並べられていた。剣、槍、刀、斧。床には等間隔の立ち位置を示す線が引かれ、壁には幾重もの傷跡と血の滲んだ古布がくくりつけられている。


 透たちはそれぞれ、自分の武器を手に取った。軽く握っただけで、手に馴染まない違和感がある。


「……まずは構えを見せろ」


 ルザリオの一声で、五人はそれぞれの武器を構える。透はナイフを使っていた頃のクセが抜けきらず、剣を斜めに構えたまま、右足に体重を乗せてしまう。


 ミナミは槍を握りしめ、やや内股になってしまっている。キールとラグはそれなりにサマになっているものの、構えに“止まり”がない。


 そしてギルメザは、両手で斧をぶんぶん振り回しながら「こんなんでいいだろ」と言わんばかりの不機嫌な表情を浮かべていた。


 ルザリオは全員をじっくりと見渡した後、静かに歩を進めていった。


 まずは透の前に立つ。


「剣は、振るうものではない。“動かす”ものだ。お前の肩、力が入りすぎている」


「……でも、力を込めないとじゃないのか?」


「…それで相手を斬れるなら、世の剣士は全員筋肉で済む。そうじゃないから、武器の“重さ”が必要になる」


 透はルザリオの言葉を咀嚼するように、構えを修正する。肩から腕へ、腕から手首へと、力の流れを感じながら。


「……これが“流す”ってやつか…」


「まだぎこちないが、悪くはない」


 次にミナミへと歩を進めたルザリオは、そっと槍の先を指で持ち上げた。


「お前は腰が引けている。踏み込みも浅い。相手が来たら、まず一撃を“避ける”構えになっている」


「す、すみません……」


「謝るな。だが、お前がそのままでは、槍は“届かない”武器になる。槍は間合いの主導権を握る武器だ。お前が怯えれば、間合いは奪われる」


 ミナミははっと目を見開いた。


「奪われる……」


「そうだ。怖いのは分かる。だが、“奪われる”ことの恐怖は、もっと深いぞ」


 ミナミは深く頷き、槍を持ち直す。背筋がほんの少し、先ほどよりも伸びた。


 次にキールとラグの剣を確認したルザリオは、二人の動きを交互に見て首を横に振った。


「お前たち、力任せに振っているだけだ。剣は勢いではない。“止める”意志を持て」


「止める……?」


 キールが眉をひそめる。


「剣を振るのではなく、“止まった先”で斬る。振り切った時には、もう次の斬撃が間に合わん。振った剣がその場で止まるように構えるんだ。力じゃない、“終点”で斬る」


「……難しいこと言うなよ」


 ラグが舌打ちをしたが、ルザリオはまるで気にしていなかった。


 そして、最後にギルメザの前に立った。


「お前は……何をしている?」


 低い、呆れにも近い声。ルザリオの口調が、ほんのわずかに変わった。


 ギルメザは斧を担ぎ上げ、ふてぶてしい顔で睨み返す。


「……力任せでいいだろ??こんなもんは。振り下ろしゃ潰せるッ!」


「ならば聞くが、お前が潰したのは“誰”だ?」


 ルザリオの言葉に、ギルメザの目がピクリと動いた。


「どれだけ威勢を張っても中身は“ただの怒りっぽい亜人”だ。お前の振り下ろす斧が重いのは分かる。だがそれだけでは“重さのある一撃”ではない。“心”がない。ただの衝動だ」


「……あ゛ァ!?っざけんなッ!!」


 ギルメザの手が震える。その手に握られた斧が、ごり、と床を削った。


「武器にそんな細かいの要らねぇだろぅがぁッ!!だいたい潰せりゃいいんだよッ!!」


「潰せるかどうかは問題じゃない。潰すしか能がないなら、それはただの“獣”だ。俺が教えるのは“武器の使い方”であって、暴力の撒き散らし方ではない」


「……うるせぇ……!」


 ギルメザの怒りが限界に達し、斧を構えたままルザリオに詰め寄ろうとする――が。


 ルザリオは、一歩も引かない。刀に手を添えることすらしなかった。


「来るなら来い。“斧の重さ”とは何か、教えてやる」


 その一言で、ギルメザは牙をむいた獣のように息を荒げたが、結局、踏み出すことはできなかった。


 視線が、交わる。その刹那、ギルメザの中で何かが折れた。


 唇を噛みしめると、ギルメザは無言で斧を床に下ろし、肩を背けた。


 ルザリオはそれ以上追及せず、ただ一言だけ残した。


「お前の斧には、“お前の重さ”が足りていない。怒りで振るなら、誰でもできる。“意味”を乗せてみせろ」


 ギルメザは何も言わなかった。だが肩越しに見える表情は、確かに悔しさと怒りと、そしてどこか困惑した色が混ざっていた。


 その後の時間、透たちは繰り返し構えを直され、動きの意味を問われた。


「なんでここで止める必要があるのか?」 「この角度じゃ、逆にカウンター食らうぞ」 「力を込めるな。“重さ”で斬れ」


 ルザリオの指摘は厳しく、だが的確だった。


 透はあるとき、ふと質問を口にした。


「ルザリオ……お前はなんで刀を選んだんだ?」


 一瞬、ルザリオの動きが止まる。


 その刹那、わずかに視線が揺れた。


「……過去に囚われていると言われればそこまでだが…まぁいい、話が長くなる」


 その言葉に、透も、ラグも、キールも、言葉を失った。


 どこか遠い場所を見るように語るルザリオの声は、鋼のような静けさと、かすかな痛みを含んでいた。


 ミナミは、そっと呟くように言った。


「…気まずい…」


 ルザリオは、それに応えるように一度だけ頷いた。


「武器を持つとは、覚悟が伴う行為だ。命を奪うことだけが“強さ”じゃない。“止める覚悟”を持て。お前たちが、ただの力任せの低脳で終わりたくないならな」


 その日、五人は初めて“武器の意味”に向き合った。


 ただ振るうためではなく、何かを貫くためでもなく。


 “何のために、止めるか”――その問いだけが、静かに胸に残っていた。


鬼みたいな武器訓練を始めてから、わずか二日後。


今度はバルマレオによる訓練。


薄曇りの空の下、訓練場に響くのはバルマレオの明るすぎる声と、地を打つ無数の足音だった。


「さあ、次は地獄の朝メニュー発表~~!!腹筋850回ッ!インターバル30秒ッ!それをぉ、3セットぉおおおおお!!」


叫びながら、巨大な戦槌を片手に持ち、片足スクワットをし始めるバルマレオ。まったく息が乱れていない。笑顔である。悪魔のように。


「いやいやいやいや!!人間がやる回数じゃねぇよそれ!!」

透が叫ぶも、容赦はない。


「やるんだよトオル!まずは体を作らなきゃ技も魂も育たないから」


「“魂”とかいう精神論混ぜんなッ!!」


その日のメニューは――

・腕立て850回、指立て・片腕交互

・腹筋850回、起き上がるたびに魔力打撃を放つ。

・スクワット850回、ただしバルマレオの戦槌を抱えながら。

・ジャンプ連続、5メートルの高さの岩を飛び越える。回数は気分。


そして地獄の合間に挟まれるのが、「正しい力の込め方」の講義だった。


バルマレオは得意げに胸を張り、透たちを前に歩き出す。


「いい?力を入れるってのは、ただ“ぎゅう”ってやるんじゃダメなの。“ギュワッ”てして、“ドゥルン”って溜めてから、“バキャァ”って出す!」


「……は?」


「たとえばこの斧。まず“ぐぐぐっ”と腰を沈めて、“ズウゥゥゥン”てためて、“ビャクン!”って一撃入れる!」


「いやほんとに意味がわからん……!」


「感じるんだって!“ビャクン”ってなったら、正解なの!」


「説明の9割が擬音ってどういう神経してんだよ……!」


肩を震わせながら汗を拭くミナミがぼそりと漏らす。


「……もうむり…」


「ああ……これはこれで、地獄だ……」


魔法も理屈も、すべては筋肉と感覚で解釈されるこの訓練場。

透たちは悟った。この女のもとでの訓練に、理性も常識も求めてはならないのだと。




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