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必要な物(2)


「もう一回だ!」


ラグが鋭く声を上げた。息を切らしながらも、その目はまだ光を失っていない。


「おう!」


キールも答え、二人は視線を交わすとすぐさま動き出した。


砂利が飛び散る。キールは低く身をかがめると、噴水の縁を盾にしながら左へ展開。ラグは逆に右へ抜け、背の高い庭木を伝いながら音もなく移動する。


「ふむ……」


ヴァルムの目がわずかに細まる。その穏やかな金色の瞳は、二人の動きをしっかり捉えていた。しかしキールとラグの呼吸は完全に揃っていた。


次の瞬間。


「今だ!」


ラグの掛け声とともに、キールが花壇の縁を蹴り、一気に間合いを詰めた。ヴァルムの注意をそちらへ引きつける。その直後。


「行くよぉッ!!」


ミナミが泣きそうな顔を必死に引き締め、落ちていた短剣を拾い上げた。透も同様にナイフを取り直す。二人は視線で合図を交わすと、一気にヴァルムの背後へ飛び込んだ。


「《旋風穿刃》!!」


ミナミの風の刃が、再び鋭い軌道を描く。同時に透のナイフが、ヴァルムの腰めがけて突き出された。


「悪くない連携ですね」


ヴァルムは軽く息を吐く。次の瞬間。


「ですが──やはり遅い」


彼は身体をわずかに捻っただけで、風刃を紙一重でかわし、透のナイフを空中でつまみ取った。


「ほら、この通り」


ヴァルムが透に短剣を突き返すように差し出す。その笑顔は相変わらず優雅だが、まるで獲物を弄ぶ獣のように見えた。


「くっ……!」


だが、そのときだった。


「そこだっ!!」


ラグの怒声が響いた。足元の石畳が一斉に盛り上がり、土が渦を巻く。


「《大地攫い(グランド・グラプネル)》!!」


地面が生き物のようにうねり、ヴァルムの足元を捕える。土の柱が周囲から迫り、彼の身体を厚い土塊で完全に覆い隠した。


「すげえ……!」


ミナミが呆然と声を漏らす。透もナイフを構えたまま、その光景を目を見張って見つめていた。


「おいラグ! お前、固有魔法使えないんじゃなかったのかよ!?」


透が荒い呼吸をしながら問いかける。ラグはちらりと透に視線を投げた。


「何言ってんだ、トオル。固有魔法と普通の魔法は別モンだぞ?」


ラグは息を整えつつ、視線を絶えず土塊の方へ向けたまま続けた。


「いいか。固有魔法ってのはよ、生まれつき体に刻まれてる、その人だけの力だ。言わば才能の塊みてぇなもんだ。人の数だけ種類があって、同じものは二つとねぇ」


透が眉をひそめる。


「……じゃあ、魔法は?」


「普通の魔法は、誰でも学べば使える。属性も色々あるけど、努力次第である程度まで強くはなれる。火だの水だの土だの風だのな。ただ、威力とか特殊さは固有魔法には勝てねぇことが多い」


ラグが指を突き立てる。


「それに、固有魔法はその人の資質や体力、精神力が大きく絡む。使いすぎりゃぶっ倒れるし、体に異常きたすことだってある。俺は持ってねぇけど、魔法は修行で覚えたんだよ」


透は息を呑む。ラグの説明を聞きながらも、心の奥底でヴァルムの存在がずっと重くのしかかっていた。あの男は、まだ土塊の中で静かに閉じ込められているように見えた。しかし。


「……良い説明でした」


土の中から、くぐもった声が響いた。


「っ!?」


次の瞬間。


ドゴォン!!


ものすごい衝撃音とともに、硬化した土が四方八方へ弾け飛んだ。破片がまるで弾丸のように飛び散る。透はすぐさまミナミの前に立って腕でガードし、痛みに顔をしかめた。


土煙の向こうから、人影がすっと現れる。


「土属性は強力ですが……空気中の水分が少ないと硬化しきらないことが多い。それと……」


ヴァルムが笑みを浮かべながら土を払う。


「表面は硬くても、内部が空洞になりやすいんですよ。そこを衝撃で砕けば簡単に抜け出せます」


「チッ……!」


ラグが悔しそうに舌打ちする。その横でキールがなにかに気づく。


「ラグ、かがめっ!」


「なん──」


キールがラグの肩を叩き、すかさず下へ引き倒した。


次の瞬間、ヴァルムの足が風を裂く。


ズバッ!!


地面をかすめた蹴りが、まるで見えない刃のように庭石を二つに割った。


「な、なんだ今の……!? 俺かがんでなかったら首飛んでたぞ!?」


ラグが冷や汗を流しながら叫ぶ。ヴァルムは足を下ろすと、軽く息を整えた。


「良い反応でした、キールどの。あの位置からあの速度で察知できるのは、素晴らしい聴覚ですね」


「……ぅす」


キールが短く返事をする。その顔は真剣で汗だくだった。


「でも、まだまだですね」


ヴァルムが一歩、前へ踏み込む。


「連携も良い。魔法の使い方も良い。しかし──動きが直線的過ぎます」


瞬間。ヴァルムが地を蹴ると、その姿はまたしても視界から霞んだ。次に姿を見せたとき、彼の拳はラグの頬を捉えていた。


「ぐぉっ……!」


ラグが横に吹き飛び、芝生の上を転がる。すかさずキールがヴァルムへ剣を突き出すが、空を斬る。


「こうやって先を読んで──」


ヴァルムは背中を反らし、ミナミの風刃を紙一重で躱し、そのままキールの腕を取る。


「動きを止めるんです」


ドスッ!


肘でキールの腹を打ち、息を吐かせてから軽く投げ飛ばす。


「ぅぎっ……!」


キールが噴水の縁に背中を叩きつけられ、鈍い音を立てた。ミナミは泣きそうな声を上げるが、拳を握り締めたまま後退する。


「……私もまだまだ現役ですね」


ヴァルムの声は相変わらず柔らかい。しかしその瞳には、容赦のない鋭い光が宿っていた。


ヴァルムの鋭い攻撃に、ラグもキールも、もはや息も絶え絶えだった。ミナミも、肩を上下させながら涙を浮かべている。噴水の水面には激戦の余波で波紋が揺れ、砕けた石や折れた枝があちこちに散らばっていた。


透は、荒い息をつきながら、目の前の男を睨んだ。ヴァルムはほんのり汗を光らせつつも、髪をかきあげて軽い調子で微笑んでいる。まるで一人だけ涼しげな空気を纏っているようだ。


(……このままじゃ、何度やっても同じだ)


透は強く奥歯を噛みしめた。頭の奥がズキズキするほど、必死に脳みそを回転させる。ギルメザの固有魔法は水がないと使えない。ラグやキールの連携は確かに上達してきているが、それを軽々上回るヴァルムの動きは尋常じゃない。


(どうする……どうやって、あいつに一発でも入れる……?)


ヴァルムは軽く片足を下げ、構えを取る。指先を微かに揺らす仕草さえ、隙がない。透は汗を拭いもせず、必死で考え続けた。


そのとき、頭の中でふと、先ほどの場面がよみがえった。


──ギルメザを扉でヴァルムの背後に移動させた。あのとき、相手を強制的に間合いに引き込めた感覚。あれをもっと上手く使えないか。


「……!」


透の目がかすかに見開かれた。扉は“横”に繋ぐものとは限らない。もし“下”から“上”に繋いだら……。


(そうだ……!)


透の心臓が一気に高鳴った。自分の真上に“下向き”の扉を作り、その先をヴァルムの足元へ“上向き”で繋げる。ヴァルムを下から吸い込むように引きずり込み、自分の目の前に落とす──。


そのイメージが脳内で固まった瞬間、全身の毛穴がぶわっと開く感覚が走った。背筋を電流が駆け抜けるようだ。


(やるしかない……!)


「……トオルさん?」


ミナミが透の様子に気づいて小さく声をかけたが、透は応えない。


透は深く息を吸い込み、目を閉じる。そして己の魔力を、身体中の血管という血管に意識して流し込んだ。背中が熱い。心臓が暴れ馬のように脈打つ。全身がギリギリと痛むような魔力の迸りに耐えながら、イメージを集中させた。


(扉を……縦に繋ぐ……! 上と下を……!)


すると、空気がビリッと音を立てた。噴水のそばの地面が、ほんのわずかに歪む。


「……ほう?」


ヴァルムが気づいたように視線を下げたその瞬間──。


ガゴォン!!


ヴァルムの足元がぱっくりと裂けた。深い深い黒い穴が突如開き、彼の身体を一瞬にして飲み込んだ。


「なっ……!?」


ラグが驚愕の声を上げる。


透はすかさず自分の真上を見上げた。そこには黒い扉がぐわりと開き、異様な闇が口を開けている。


(間に合え!!)


次の瞬間。


ズシャァン!!


ヴァルムの身体が上の扉から落下してきた。重力に任せた落下速度のまま、透の真正面に叩きつけられる形で姿を現す。まるで巨大な落とし穴から獲物を引きずり出したようだった。


透はその刹那、顔が引きつるほどの興奮に支配されていた。


「──今だぁぁぁぁ!!」


ナイフを握り直し、透はヴァルムの胸元へ全力で突き込む。血の気が引くような鋭い音が周囲に響いた。


ズブッ!!


刃が、ヴァルムの服の奥へ深く沈んだ感触が透の掌を震わせる。


「やった……やったっ!!」


脳汁がドバドバ溢れ出す感覚に、透の顔が歓喜で歪む。全身が熱く、そしてゾクゾクと痺れていた。


だが─。


「……ふふふふっ……」


胸元を貫かれたヴァルムが、口元を綻ばせたままこちらを見た。瞳の中に、かすかに驚きはあったものの、苦痛の色は一切ない。


「見事ですね。トオルどの」


透の心臓が凍りついた。


「……嘘、だろ……」


ヴァルムは自分の胸に刺さったナイフをひょいと引き抜き、透に返すように差し出した。服が裂け、中の皮膚に小さな赤い線が走っていたが、血はほとんど出ていなかった。


「大したダメージはありません。けれど……降参しましょう。もう充分です」


透は呆然とナイフを受け取った。全身から力が抜け、膝ががくりと落ちそうになる。


「なんだよ……ノーダメかよ……」


透が歯噛みしながら呟く。ヴァルムは柔らかく笑った。


「しかし、あの発想は素晴らしい。誰も思いつかない奇襲の仕方でしたよ」


ラグもキールも、ぽかんと口を開けたままだった。ミナミは泣き笑いのような顔で、透の肩をぽんぽんと叩いた。


「トオルさん……すごい……すごかったよ……」


ヴァルムは、両手を腰に当てると軽く息を吐いた。


「さて。これで私の役割も一段落です」


そう言った瞬間、近くで「うぅ……」という声が聞こえた。


「……あれ?」


透が振り向くと、地面に転がっていたギルメザがゆっくりと身を起こした。目をしばたかせ、頭を押さえながら周囲を見渡している。


「な、なんだ……まだ終わってねぇのかよ……」


「おー、ギルメザ、生きてたか」


ラグが軽く笑う。ギルメザはふらつきながらも立ち上がると、ヴァルムを睨みつけた。


「テメェ……よくも……」


「おっと」


ラグが素早くギルメザの肩を掴んで引き留めた。ヴァルムは微笑を浮かべていた


ギルメザがラグに押さえられたまま、ヴァルムを睨み続けている。透はまだ膝に手をつき、荒い息を整えながらヴァルムを見上げた。


ヴァルムは、品のある綺麗な立ち姿で乱れた髪を一度後ろへかき上げると、透へにこりと笑みを向けた。


「トオルどの。先ほどの一撃、見事でした。まさか上下方向に扉を繋ぐとは。私も少々意表を突かれました」


透は、まだ放心したような顔でナイフを握りしめたまま、小さく笑う。


「……当たったのに、ノーダメなんだけどな……」


「ふふ。確かに、私へのダメージはほとんどありません。しかし、それと“評価”は別問題です」


ヴァルムは優雅に掌を前に出し、指先で空を指す。


「透どの。あなたがしたのは、いわば“常識の外側”の思考です。戦いにおいて、想定外は最大の武器。それを実行できるのは、判断力と度胸がある者だけです」


透は目を細めた。ミナミがすぐ隣で、小声でぼそりと呟く。


「と、トオルさん……褒められてる……んだよね……?」


「多分……」


「さて」


ヴァルムはゆっくりと視線を全員へ移移した。その瞳は庭の柔らかな光を反射している。


「皆さん。ここでひとつ、話しておかねばならないことがあります」


透も、ラグも、キールも、そしてようやく立ち直りかけのギルメザも、ヴァルムへ視線を集める。


「私が担当するのは、“判断力の強化”です。強さを決めるのは、単なる腕力や速度ではありません。戦場で生き延びるのは、どれだけ早く情報を整理し、最善手を選び取れるか。それに尽きるのです」


ラグが腕を組み、眉をひそめる。


「判断力って言ってもよ、結局は頭いい奴が勝つって話じゃねぇのか?」


「違います、ラグどの」


ヴァルムがすぐにかぶせるように言った。


「判断力とは“記憶した知識を正しく使う力”です。どれほど知識があっても、肝心の場面で使えなければ無意味。逆に知識が乏しくても、一瞬で相手の動きを読み切り、対応できるなら生き延びられる。あなた方にそれを身に付けてもらいます」


キールが遠慮がちに手を上げた。


「それって例えばどんな訓練を?」


「良い質問です、キールどの」


ヴァルムは、顎に指を添えながら軽く首を傾げた。


「私が行うのは、極端に状況を変化させる訓練です。例えば──」


彼が指を鳴らした瞬間、庭のあちこちで何かが“ドカン!”と爆発した。土煙が立ち、石畳が割れ、噴水が一瞬水柱を吹き上げる。


ミナミが悲鳴をあげ、透が思わず身を低くする。ギルメザはギラギラした目でヴァルムを睨むが、またラグに羽交い締めされていた。


「例えば、今のように“環境”が変わる中でどう行動するか。目の前の敵に集中するあまり、環境の変化を見落としては意味がありません。それが“死”に直結するのが戦場です」


「やりすぎっ!!」


ミナミが涙目で叫ぶが、ヴァルムはまるで意に介さない。


「そして次に試すのは“情報操作”です。私は時々、わざと隙を見せます。その隙は本物か偽物か。見極められなければ、あなた方は簡単に嵌められる」


透が息を整えながら、恐る恐る口を開いた。


「……例えば、お前がちょっとふらついたりするのも、全部フェイクってことか?」


「ええ、トオルどの。良い着眼点です」


ヴァルムは上機嫌に微笑んだ。


「今の私も、疲れているように見えるでしょう? しかし──」


言い終わらぬうちに、ヴァルムの身体がぶれたように消えた。透が慌てて周囲を見回したその隙に、ヴァルムは背後に現れ、耳元で囁く。


「──全然、疲れていませんよ」


「うわっ!!」


透が飛び退く。ヴァルムはくすりと笑い、また元の位置へ戻った。


「戦場では、相手が弱っているように見えたらまず疑うこと。それを徹底的に叩き込む予定です」


ラグが渋い顔をして呻いた。


「……地獄だな……」


「ふふ。まぁ、最初は軽いところから始めますのでご安心を。まずは簡単な反射訓練から行いましょう」


ヴァルムは手を叩いた。


「例えば……“飛来物の反応”。私が今から投げるものを、誰が一番早く回避できるか試します」


ギルメザがキレ気味に叫んだ。


「テメェ、また何か飛ばすのか!?」


「ええ」


ヴァルムは微笑んだまま、懐から小さな金属片を数枚取り出す。


「これを、全員に向けて同時に投げます。いずれも殺傷力はありません。しかし、私の投擲は速いですよ」


「ちょ、ちょっと待っ──」


ミナミが言い切るより速く、ヴァルムは腕を横に払った。金属片が閃光のように庭を切り裂く。


シャッ!!


透は咄嗟に横へ飛び、ラグは上体を反らすように避けた。キールは飛んできた音を聴き分け、ぎりぎりで顔を伏せる。ミナミは泣き声をあげながら転がり、ギルメザは──

受け止めようとしたが顔面に一枚ヒットした。


「ぎゃあっ!!」


「ギルメザどの、そうやって無理に正面で受けようとするのは悪手です」


ヴァルムが即座に言い放つ。ギルメザは涙目でラグに支えられたまま、ふざけんなと唸った。


「なにが“判断力”だ! ふざけんな、痛ぇだろがっ!」


「戦場では痛いのが普通です」


ヴァルムはさらりと告げる。透は額の汗をぬぐい、息をつきながら笑みを浮かべた。


「……でも、なんとなく分かるよ。お前が言ってること」


「それは良かった、トオルどの」


ヴァルムが穏やかに微笑む。


「では次は、皆さんには“虚実の見極め”をしてもらいます。これから私が繰り出す数々の隙が、本物か偽物か──ぜひ見破ってください」


ヴァルムが構えた瞬間、再び空気が張り詰めた。透はナイフを逆手に握り直し、目を細めた。


(ルザリオの訓練が待ってるってのに……ここで倒れたら笑えねぇよな)


ミナミが小さく震えながらも、固く拳を握りしめた。


「……こ、殺されるよりは……マシ……っ」


そして再び、戦いの幕が上がる。


──ヴァルムによる、極限の《判断力》訓練が、本格的に始まろうとしていた。



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