悪夢
朝の光が、木製の屋根の隙間から差し込んでいた。
鳥のさえずりと、微かに漂う土の匂い。
透は、薄い毛布をどけるとのそのそと起き上がった。
「……ふぁぁ、ねみぃ……」
軽く伸びをしてから、腰を軽く鳴らす。
隅に置かれた木桶の水で顔を洗い、タオルで拭く。
支給されている少量の歯磨き粉と枝で歯を磨きながら、窓の外をぼんやり眺めた。
「今日も変な夢は見なかったな……」
軽く朝食をとったあと、透はいつも通り、村の広場へ出た。
ちょうど通りかかった獣人の女性――顔の下半分が白い犬のような特徴を持つ人物が、声をかけてきた。
「おお、ちょうどいいところにいた。悪いけど今日キノコ採ってきてくれないかしら」
「ん? 別にいいけど。どんなキノコ?」
「傘が平べったくて、白い斑点がついてるやつよ」
透は頷き、籠を受け取る。
森の場所は何度か通った道だ。
危険性も低いはず――だった。
木々が生い茂る中、足音を立てないように歩く。
静けさに包まれた森は、どこか神秘的ですらあった。
「あ、これか……?」
枯れ葉をどけると土から顔を出しているキノコがいくつも見えた。
透はそれを丁寧に籠へ入れていく。
小一時間ほどで、籠の中は白いキノコでいっぱいになった。
「よし、こんだけありゃ──」
その時だった。
(……人の声?)
森の奥、風に乗って届いたのは、複数の“人間”の声。
この森に村人以外の亜人や人間はほとんどいない。
透は足音を殺し、木陰に身を潜める。
「……で、村はどのくらいの規模だ?」
「ちっせぇもんだよ。見張りもいねぇ。夜になれば木戸も閉めねぇらしい。しかもいい亜人らの集まりだぜ」
「それなら明日の夜あたりが頃合いだな。森に火でもつけりゃ、混乱するだろうよ」
透の背中に冷たい汗が流れた。
(……盗賊……!?)
あまりにも直球な襲撃計画。
しかも明日だと……?
透は震える息を押し殺すと、森を離れた。
木々の間を駆け抜ける。
キノコの籠など、すでに腕の中で揺れても気にならなかった。
(急がなきゃ……村が……)
枝が顔をかすめ、足が何度か地面の凹みに取られそうになる。
だが、透は一瞬たりとも減速しなかった。
胸がざわつく。
かすかに魔力が脈打つ。
(……間に合ってくれよ……!)
◇ ◇ ◇
一方その頃───。
村の外れ、川が流れる岩場の先。
普段は亜人たちも近づかない、自然の裂け目に似た小さな谷間。
その静寂を打ち破るように笑い声が響いた。
「なぁなぁなぁ、ホントにいんのかよォ? この村にさァ……あの“器”のガキがよぉ」
ひときわ甲高い声。
木の根元に腰掛け、枯れ枝をパキパキと砕いているのは、青白い髪の男だった。
その目は笑っているが、心はどこにもなかった。
「可能性はある……この周辺の魔素濃度。急に変動したのは数日前からだ」
静かな口調で応じたのは、髪も服も真っ黒な者。
その手には古びた書物があり、指先で文字をなぞっていた。
「……それにしても……平和だな。つまらないし興味もない」
最後に呟いたのは、だらしなく寝転んでいる青年。
草を噛みながら、退屈そうに空を見ていた。
その男の目はどこにも焦点がなく、まるでこの世界に興味がないかのようだった。
──狂気。沈黙。無関心。
国家転覆を単独で行えることも可能な“囚人”と呼ばれた九人の中でも、とりわけ不気味な三つの気配。
ギルメザは村の周囲を回っていた時に偶然この会話を耳にした。
(……誰だコイツら。旅人でもねぇ……でも、なんか、やべぇ……)
ギルメザは背を低くし、岩の陰に身を潜める。
耳をそばだてると、聞こえてくる単語の中に、ハッキリと聞き覚えのある名前があった。
「……トオル。あの青年は本当にここに居るのか……」
「いたらどうすんだよ?殺す?捕まえる?なぁ?」
「まだその時ではない。俺たちの目的は“確認”だ。……あくまで、な」
その瞬間、ギルメザの背中を冷たい何かがなぞった。
それは本能的な──「バレた」という感覚。
ギギ……という音がした。
目の前の一人が急にこちらへ顔を向ける。
笑ったままの顔。だが、その目だけが異様に静かだった。
「……なァ。隠れてんの、見えてっから」
(やべ──)
次の瞬間だった。
風が唸ったかと思えば、地面が跳ね上がるほどの衝撃が走った。
「がっ……!!」
ギルメザの身体が岩に叩きつけられる。
彼は反射的に身を守ろうとしたが、それすら叶わない。
目の前がグルグルと回る。
視界が霞み、吐き気が込み上げた。
ただ一つだけ理解できた。
(……なんで、動きが見えねぇ……?)
それきりだった。
ギルメザの意識は、真っ黒な闇に呑まれていった。
森の奥。
三人の囚人たちは、そのまま立ち去ろうともせず、また元の話に戻っていた。
「……なぁ、焼いていい? 村ごと。なぁ、焼いていいかァ?」
「まだだ……もう少し遊ぼう」
「だる…」
風が止んだ。
だが、そこには確かに、厄災の前兆があった
◇ ◇ ◇
「……開け」
息を整え、静かに透が言葉を放つ。
その手が、空を掴むように前へと伸びた。
──ギギ……ッ、カァンッ!
空間が裂けた。
“それ”は音もなく現れ、黒い縁の向こう側に、別の景色が覗く。
「よっし……できた……!」
ネクサスゲート──透の固有魔法。
これまで勝手に現れていたこの“扉”を、透自身の手で“意図的に”出現させることに成功したのだ。
しかも、今回は「亜人の村」と「今いる場所」を一時的に繋ぐ、双方向の通路。
転移とは違い、空間の穴を繋ぐような仕組み。
持久力と魔力量の成長が、この“応用”を可能にした。
「よし……このまま戻れば──」
だが次の瞬間。
「うわっ!? って、たっか……!」
扉の出口が地面から2メートルほど浮いていた。
そのまま空中から落下し、盛大に尻もちをつく。
「いってて……! 座標ちょっとズレたな……」
泥まみれのズボンを払いながら、苦笑い。
けれど、どこか満足げだ。
初めて、“自分で”開いた。初めて、コントロールできた。
それが、嬉しかった。
◇ ◇ ◇
それからすぐ、透は村長・ガルドのもとを訪れる。
木造の小屋の中、すすけた柱にもたれながら、ガルドが湯を啜っていた。
「ふぅ……どうした、トオル?」
「森で……盗賊を見た。姿ははっきり見えた。村を狙ってるのは間違いないと思う」
ガルドの手が止まる。
「………」
わずかに目を細め、深く息を吐いた。
「それは勘違いではないんじゃな?」
「……俺の勘違いとかじゃない。マジでいた。声も聞いた。多分、来るのは……」
「…話を遮るようで悪いが、儂からも言っとかなきゃならんことがある」
ガルドの口調が、急に重くなった。
「……ギルメザの姿が見当たらない」
「……え?」
「寝床も空っぽ、誰にも声かけず、出てった形跡も見えないんじゃ。ただ…最後に『見回り』をしてた、それしか情報がない」
透は言葉を失う。
あのうるさいガキみたいな亜人が──
無言で姿を消すなんて。
「……だけどあいつの足で遠くまでは逃げれるはずがない、何かが起きたと思ってる。……俺が言えることじゃねぇけど、あいつはそう簡単に“逃げる”やつじゃないってことだけは分かる」
「……」
ガルドは、しばらく黙ったまま湯を啜ると、懐からふかふかの団子のような菓子を取り出し、透に差し出した。
「まぁ座るといい、食いながら考えれば頭も回るじゃろ」
透は団子を受け取った。
かすかに甘い匂いがした。
それでも、胸の奥はざわついたまま、静かに火を灯していた。
(ギルメザ……無事でいろよ)
その胸の奥で、また小さく、何かが“軋んだ”気がした。
それが未来の警鐘であると、このときの透はまだ知らない──。
◇ ◇ ◇
「全員、列を崩すな! 道の端に寄って、順番にだ!」
ガルドの重たい声が村の外の獣道に響く。
木々を縫うようにして作られたこの道は、馬車一台がようやく通れるほどの幅しかない。
その狭い道を十数台の馬車が連なり、次々と亜人たちを安全圏へと運び出していた。
透もその手伝いに回り、村の子供たちを抱きかかえたり、荷物を乗せたりしていた。
ギルメザの姿は、まだ見つかっていない。
「……」
空は茜色に染まり、風が冷たくなってくる。
日が暮れ始めていた。
(もう少しだ……あと少しで、みんな逃がせる……)
誰かが言っていた。“自分にできることをやれ”と。
透にできるのは、今はまだ“剣を振るう”ことじゃない。
だからせめて、手伝う。
だが──
バンッ!
轟音。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
「──う、ぐあっ!?」
前を歩いていたガルドの体が、大きくよろめいた。
その太い脚に、真紅の魔力が渦巻く何かが食い込み、骨を粉砕する音が響いた。
「ガルドッ!」
透が駆け寄るよりも早く、ガルドは片膝をつき、呻きながらも亜人たちに背を向ける形で腕を広げた。
後ろにいる者たちを、かばうように。
「ようよう、オッサン粋な真似するじゃねぇの」
声が落ちた。
木々の間から、五つの影が現れる。
男たち。
体格はまばら、だが全員が濃い魔力のオーラを纏っていた。
「ちょっと遊びに来てやったのによぉ、逃げんのか? おお?」
「おいおいおい、村ごと燃やすのが俺らの礼儀だろーが…!」
「チッ……ガキとジジイばっかじゃねーかよ。やる気萎えるぜ…お、でも女もいるじゃねぇか」
透の足が、止まった。
体が、震えていた。
それは寒さでも、恐怖だけでもなかった。
「っ……」
蹴り飛ばされる少女。
押し倒され、押さえつけられる老人。
叫ぶ声と、乾いた笑い。
透は動けなかった。
剣は腰にある。けど、手が届かない。
脳が、止まっていた。
──《俺の剣を持っていけ、トオル。お前が振るうならその刃は“正しく”なる。だから……》
ルクスの声が、頭の奥で反響する。
《選べ。震えたまま目を背けるか、それとも、剣を抜くかだ──》
(……!)
透の目が開かれる。
震える手が、腰の剣を掴む。
ルクスからもらったあの剣──漆黒の鞘に包まれた、重みと温もりのある刃。
カチン。
鞘が外れた瞬間、冷たい風が肌を撫でた。
それでも透は立ち上がる。
脚は震えていた。
だがその一歩は、確かに──“前へ”と踏み出していた。
「……やめろよ」
掠れた声が漏れる。
誰にも聞こえていない。
でも、それでも構わない。
「……これ以上、踏み込むなら──」
剣が、微かに光を帯びる。
「俺が相手になる」
亜人たちが、振り返った。
盗賊たちが、笑った。
そして──その中のひとりが言った。
「へえ、面白ぇじゃねぇか。じゃあ……潰してみっか、“自称ヒーロー”さんよ…!」
刹那、魔弾が再び放たれる。
風が逆流する。
魔素が渦巻く。
そして──透の剣が、初めて煌めいた。
剣を握る手が、震えていた。 冷たいわけじゃない。単純な恐怖だった。
人を殺すかもしれない。血を見るかもしれない。 それでも──透は一歩、前に出た。
盗賊たちが笑っている。亜人たちは震え、背後でうずくまる。
ガルドは倒れたまま、片膝をついていた。足の傷から赤黒い血が流れている。
(……足、重いな)
(なんだよこれ……たかが歩くだけなのに)
一歩ごとに、脛が軋む。
腕は、汗でべったりと濡れていた。
それでも──彼は、剣を下ろさなかった。
ルクスから託された、黒鉄の剣。
鍔も刃も美しいが、妙にずっしりとしている。
それでも、不思議と手に馴染んだ。握っているだけで、落ち着く。
まるで──未熟な自分を、肯定してくれるかのように。
この剣は、ただの武器じゃない。 "前に進む"ための、意思の形だ。
「おいおい、振るう前に腰が砕けそうだぞ。なにアレ、本当に人か?」
盗賊のひとりが、鼻で笑った。侮蔑すら通り越した、冷笑だった。
それでも透は進む。
一歩。 また一歩。
誰も止めない。 誰も助けない。
──だけど、誰も逃げない。
それはきっと、透の“背中”が、まだ折れていないからだ。
盗賊の一人が、爪を鳴らす。 紫色の魔力が掌に集まり、火球が生まれる。
「じゃあ──威嚇ついでに、燃やすか」
放たれた火球が、空気を裂いた。
亜人の子どもたちが叫び、目を塞ぐ。
透の足が滑る。 剣を盾のように構えた。
瞬間、剣が蒼く輝いた。
火球がぶつかる。爆風。
けれど、その一撃は逸れて、地面を抉るに留まった。
「……守った……? 俺の……剣が……」
透は息を呑んだ。
目の前の盗賊たちが、表情を変える。 "少しだけ"、興味を持ったような顔。
(やるなら……今しかない)
足を、無理矢理前へ出す。 筋肉が悲鳴を上げる。 けれど、剣の重みが逆に支点となり、姿勢を支えてくれる。
呼吸を整える暇などない。 踏み込み。 腕が、剣を振り上げる。
「うぉああああああああッ!!」
ぎこちない。 踏み込みも遅い。 振りも浅い。
だが──確かに、剣は振るわれた。
金属音。火花。 盗賊のガントレットが受け止める。
「おお……っと?」
男が片眉を上げる。
「おいおい、マジで来やがったぞ。……なんだその顔、死にそうじゃん?」
透は、肩で息をしていた。
顔は青ざめ、汗が目に入って痛む。
心臓は壊れそうなほど打ち鳴らされている。
それでも、剣は下がらない。
「……どけ」
震える声だった。 けれど、確かな意志があった。
盗賊たちが顔を見合わせる。 哄笑が起こる。
「どけ、だってよ」
「はは、やべぇ、超ウケる」
「やってみろよ、坊や」
それでも、透は動かない。
刹那、剣が淡く再び光った。
"意志"に反応したように、蒼い燐光が纏う。
盗賊たちの一人が、顔をしかめる。
「……あの剣、ちょっとヤバくね?」
「ただのオモチャじゃなさそうだな」
ほんのわずか、警戒心が生まれる。
けれど、戦力差は歴然だ。
透は知っている。
今の自分ではこいつら全員を倒すなんて無理だ。
倒すどころか、一撃でも受けたら死ぬかもしれない。
だけど、それでも──
(…逃げたら負けだ…!)
ただそれだけの理由。
盗賊の一人が剣を抜いた。 こちらへ歩き出す。
「いいぜ、遊んでやるよ。てめぇみたいなガキがどこまでやれるか──」
そのとき、透の目の前に風が吹いた。 剣がそれに反応するかのように、振動する。
(……これは……)
次の瞬間、透の身体が剣に引かれるように動いた。 踏み込み、斬撃。
ぎこちないが、刃筋は通っていた。
盗賊の男が、笑みを引き攣らせる。
「っ、この……」
腕で受けた衝撃に、軽く後退する。
その瞬間──空気が変わった。
亜人たちの誰かが、息を飲む音がした。
子どもが、泣きながら立ち上がる。
誰かが勇気をもらったように、手を伸ばした。
トオルはそれに気づかない。
ただひたすら剣を握っていた。
歯を食いしばり、怖くて震える足を前へ出し続けた。
自分の小ささも、無力さも、全部知ってる。
だけど、あの日の自分にだけは、もう戻らない。
剣を振る。
たとえ、未熟でも。未完成でも。
たとえこの一歩が、無意味でも。
それでも今、トオルは──
"誰かを守るために、剣を振るっていた"。
──それは、終わったわけじゃなかった。
夜の森に、重く湿った風が吹いていた。
亜人の村を襲撃した盗賊たちは、撃退された。
トオルが剣を振るい続け、何時間も何度も倒されながら立ち上がったその姿は
確かに村人たちの目に焼きついていた。
だが、敵は倒れなかった。
一人も命を落としてはいなかった。
それでも彼らは──引いた。
(あれが“勇気”というものか……)
村の獣人たちが静かに噂する。
『戦士』ではない。『英雄』でもない。
ただの人間。ただの異物。
だが、今──
この村の誰もが、あの男を“仲間”と認め始めていた。
「……やれやれ、限界だったな」
深夜、ガルドは木に背を預けて肩で息をしていた。
治療を受けたとはいえ、足に穿たれた魔弾の傷は、村の薬では完全には癒えなかった。
だがそれ以上に、ガルドの顔に浮かぶのは疲労よりも焦燥。
「ギルメザ……」
静かに、重く、呟かれた。
◇ ◇ ◇
一方その頃──
闇に沈んだ森の頂上。
その中でも、最も高い位置にある巨木の上に、三つの影が佇んでいた。
「……やっぱ居たなァ?あのガキ」
一人は、あの狂気じみた笑みを浮かべた男。
木の上でも落ち着きなく、枝を足で蹴っては揺らしながら、笑う。
「ザコのくせに命賭けてんのかァ?面白すぎんだろあのガキ…いっそ俺があいつの元に…!!」
「行くな、命令を聞かぬならここで殺す」
黒い服を纏った者が古びた書物のようなものを取り出す。
開くと中は黒いページしか存在しなかった
「…………」
最後の一人は眠っているのか、それとも息を殺しているのか。一言も発しない。
森の風が、その存在を避けるように枝を揺らしていた。
ただ、静かに──地上にいる透を見つめている。
「……やっと帰れる?長居はしたくないし、早く寝たいんだけど」
「……次は“監視”ではなく“介入”だ」
三人は何の合図もなく、木から消えた。
音も、気配も、何も残さず──
まるで最初から、そこにいなかったかのように。
◇ ◇ ◇
「ギルメザの気配、まだ見つからねぇか?」
「……無理だ。森が広すぎる。灯りも足りねぇ」
「絶対に、あの子だけは……!」
村人たちは、松明を手に森を歩いていた。
亜人の子供たち、年老いた者たちは既に安全な場所へ避難させている。
残された者は、皆「幼い子供」のため、そして「大事な“仲間”」であるギルメザのために走っていた。
(ギルメザ……どこに……)
透は村から西側の斜面を単独で捜索していた。
胸の奥が、焼けるように痛んでいた。
まさか……自分が戦っている間に、なにか──
否。
考えるな。動け。
「……っ!」
木々の隙間に、奇妙な靴跡を見つけた。
人間のものでも、獣のものでもない。
不規則に転がるような、それでいて何者かに引きずられたような痕。
「……っ、ギルメザ……!」
森を駆ける。
もう足は痛かった。腕も震えていた。
けど、やっと出来た「仲間」だった。
逃げたくなかった。
そのとき──視界が開けた。
「…………いた……!」
草木をなぎ倒したような小さな広場。
そこに、ぐったりと倒れている銀色の身体があった。
「ギルメザッ!!!」
転ぶように駆け寄り、その体を抱き起こす。
「……あ、ぁ…………」
薄く開いた目が震えながらトオルを捉えた。
「遅ぇんだよ……オレが何回呼んだと…思って…」
その声には泣き声も怒りも入り混じっていた。
微かに魔力が残っていた。
(───あいつらだ)
アヴィアを襲撃した9人と同じ魔力を感じた。
ギルメザの顔にはアザがあり、鼻血がこびりつき、尾びれも千切れかけていた。
(とにかく間に合った……!)
安堵と共に、トオルの腕から力が抜ける。
ギルメザはうつむいたまま小さく呟く。
「……子供ってつったら許さねぇからな」
「……言わねぇよ」
夜の森に、静かな風が吹いた。
痛みと、疲れと戦いの爪痕の中に、確かな“絆”が芽生えていた。
──だが、その上空。誰も気づかぬ高空で、一羽の鳥が旋回していた。
否。それは鳥ではない。
異形の“何か”──
その中心に空白が浮かんでいた。
「……随分とまぁ…さすがと言うべきかな」
聞こえぬはずの言葉が微かに空を震わせた。
──透の中の黒い何かが“より強く”脈を打つ。