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第一話「扉を越えて」

「…レジ袋つけてください」

俺はいうなればニートだ。現実から逃げ続けた結果がこれ。

雨の音も、車のクラクションも、コンビニの自動ドアの開閉音も。

全てが俺を嘲笑っているようだった。


俺、殻崎透からざき とおるは、レジ袋を片手にコンビニの軒下で雨を眺めていた。時刻は深夜1時。ちゃちゃっとカップラーメンを買って帰る途中、何気なく寄ったコンビニの出口に――それは、あった。


「……なにあれ。扉?」


コンビニのガラス戸のすぐ横に、突然現れたそれは、異様だった。木製で、黒鉄の取っ手と蝶番。まるでファンタジーにでも出てきそうな質感だ。もちろん、さっきまではなかった。


「酔ってんのか、俺……いや、飲んでねーし。つか飲めねーし…」


袋の中の半額弁当がぬるくなっていくのを感じながら、透はそのドアの前に立った。

妙に吸い込まれそうな気配を、嫌というほど感じる。


だが、誰もいない夜中の住宅街に、突如現れた一枚の扉。


触れるなと言われても、こういうものに惹かれてしまうのが、ニートという生き物だ。


「……気になるんだからしょうがないよな」


取っ手に手をかけ、ぐいと押し開けた。

次の瞬間、視界が反転する。


──落ちた。

空間が、地面が、重力さえも、透の存在を許さなかった。


そして、落ちた先にあったのは――



「……なんだこれ。夢か?」


目を開けて第一声でそう呟いた。


真っ暗だった。

ただし、“本当に”真っ暗ではない。


重力がなく、地面もなく、けれどなぜか立っていられる空間に、何千枚という扉が宙に浮かんでいた。


木製、鉄製、ガラス製、骨でできたものまである。形もサイズもデザインもバラバラ。

まるで世界中の“扉”を一つの空間に寄せ集めたかのような奇妙な空間。


「寝落ちしてから、何時間経ってんだ俺……ていうか、夢にしては情報量がえぐいな」


透は現実感を拭いきれないまま、じっとその空間を見回す。感覚が鋭い彼は直感する。これはただの夢じゃない。


「正解。これは“運命選定域”。君の“未来の選択肢”が扉のかたちで並んでいる空間だよ」


突如、後ろから声がした。


振り返れば、そこに立っていたのは――鮮やかなピンクの髪を持つ少女だった。

小柄で、制服のような服装。だが、その目は、透がこれまで出会ってきたどの人間よりも“深かった”。


「君が、選ばれた“媒介”……厄災の器ね」


「その呼び方なに…? ただのニートなんだけど……てかあなたは誰ですか〜…」


「そのうちわかるよ、これから何度も出会うから」


「いやいや…意味がわからん…」


彼女は一瞬だけ、ふっと笑った。だが、すぐ真顔に戻り、指を一本立てた。


「今、世界は一応平和。人間と魔族、天界の種族も仲良くやってる。魔王も、天王も人類も。共存に協力的」


「は?異世界の話?いやまじついていけねぇ…平和なら俺の出番なくね?」


「――それは、表の話」


エリシアは一歩前に出る。


「本当は、“全てを繋げる鍵”が失われている。世界を行き来できる扉、それを制御する力が。君にはそれを起動する資格がある」


「その言い方、どこかで聞いたような……で? その力って?」


彼女は指を鳴らした。


透の胸に、一瞬だけ銀の紋章が浮かぶ。


《固有魔法:ネクサスゲート》

──時空接続。あらゆる世界の“扉”を開く、唯一の魔法。


「君に与えられた魔法だよ。これで“次元”を跨げる。今の世界を選択肢次第じゃ壊すことも救うこともできる。だけどそれはあくまで君の選択次第」


透は額を押さえ、深く息をついた。


「なるほど。とりあえず、事態はけっこうやばいってことはわかった。でも、どうせやるなら面白い方がいいな。何をすればいい?」


「君の内側にいる厄災を封印してほしい」


彼女は嘘を言っているようではなかったが、言っている意味がますます分からなくなった


「君の中に眠る“厄災の使徒”。死ぬ間際君の体に入ったみたいでね。私でも倒すのは不可能に近い、だから仲間を増やしてきてほしい…ん?仲間じゃないな、厳密には協力者」


「はぁ…??よくわかんねぇけど…了解、ピンクの謎美少女さん」


透は、空中の一枚の扉に手を伸ばす。

鍵もない。開け方もわからない。でも――直感が叫んでいた。


「俺にしか、開けられないんだろ?」


「……さすが。“選ばれた器”は伊達じゃないね」


カチリ。


取っ手が回る音。

そして扉が、ゆっくりと、開いた。



もちろん、その裏にある“真実”など、今はまだ誰も知らない。


しばらくすると光が弾けた。


重たい扉が開いた瞬間、透の身体は何かに吸い込まれるように引っ張られた。


重力の感覚、温度の感覚、空気のにおい。

さっきまでの不気味な空間とは違い、今度は──あまりにも「生」の世界だった。


──そして、あの少女はどこにもいなかった。


「……森、か?」


柔らかい陽光が、枝の隙間からこぼれている。

深い緑に包まれた場所。光の筋が地面に降り注ぎ、苔と湿気と草の香りが、透の鼻をくすぐった。


鳥のさえずり。どこかで小川の流れる音。

木々の隙間から、人影が見えた。


「な、なんだよこれ……完全に異世界じゃん……」


一歩、また一歩。

木の根を避けながら進んだ先で、透はそれを見た。


──そこには、小さな村が広がっていた。


小高い丘のふもと。木の枝を編んで作られた屋根、風に揺れる洗濯物、羊の鳴き声。

まるで絵本のような、けれど確かに“生きている”場所。


透が立ちすくんでいると、村の奥から、一人の少年がこちらに気づいて駆けてきた。


「おーい! そこの人、旅人か?」


「あ、いや、旅人っていうか……いや、そうなるのかな……?」


「そっか。だったら歓迎するよ! 久しぶりのよそ者だ、村長も喜ぶと思う!」


少年は耳がとがっていた。

それに、瞳の色が鮮やかすぎる。人間ではない、でも敵意はまったく感じない。


「ここは“ラーヴェ村”。森の精霊たちと共に生きる村だよ。大丈夫、危ないとこじゃない」


ラーヴェ村──


透がこの異世界で最初に踏み入れた場所だった。



---


その夜。


村の焚き火の前で、透はパンとシチューをもらい、村の人々に囲まれて話していた。


人間。エルフ。小さな羽の生えた妖精のような子。

様々な種族が、当たり前のように一緒に暮らしている。


「……本当に、共存してるんだな。魔族とか、人間とか、関係ないのか」


「ん? ああ、昔は違ったみたいだけどね。今は魔王さまも天王さまも、共存を推してるし」


村の誰かが、そう言って笑う。


──だが、透は気づいていた。

その笑顔の奥に、ほんの少しだけ、不自然な“躊躇”があったことに。


ほんの一瞬。

村人の誰かが、“見えない何か”に言葉を選んだような、そんな気配。


(やっぱり……何かあるな)


目を閉じれば、あの少女の声が微かに脳裏に響いた気がした。


「君の中に眠るものが良くも悪くも動くとき…扉の先に広がる運命は変わる。だから“感じて”。世界の綻びを──」




透は火を見つめたまま、静かに呟いた。


「俺は……何を探せばいい?」


その問いに、答える者はいなかった。



──ラーヴェ村での暮らしにも、わずかながら慣れが出てきた。


空気は清らかで、食事は質素だが腹を満たすには十分。

魔族と人間が当たり前に肩を並べる様子に、透は小さな違和感と共に安堵すら覚えていた。


ただ、それが“本当に平和”だと、まだ信じられたわけじゃない。


そんなとき。


村の端の小道で、一人の少女が木々に耳を澄ませていた。

灰色の髪、無表情の面差し。だがその佇まいには、どこか凜とした気配があった。


「……君、何してるんだ?」


声をかけると、少女は静かに振り返った。


「精霊の声を聞いてるの。最近、森がざわついてるから」


そう言った彼女の名は、ノア・フィンリィ。


透が外から来た人間だとは思っていない。ただの“少し変わった旅人”という程度の認識。


「この辺り、昔はもっと静かだった。けど……最近、森の中に“不自然な囁き”が混ざってる」


「囁きって……精霊の?」


ノアは頷く。


「ほんとは、旅人にこんなことお願いしちゃいけないんだけど」


「……なんだ?」


「もし、もし本当に旅の人なら──森の奥の収容区画で、エルフの子が捕まってるの。助けてあげてほしい」


透は息をのんだ。


「奴隷?」


「うん。あの子、“買われた”って噂されてる。でも、村の人はもう見て見ぬふり」


ノアの表情に感情は浮かばない。けれど、声は確かに揺れていた。


「私は、行けない。でも、精霊たちは泣いてる。……あの子、まだ小さいの」


沈黙が、間に落ちた。


透は空を仰ぐ。森を抜けた先に、また知らない何かがあるのだと──胸の奥がざわめく。


(……あの扉のことは誰にも話せない。けど、“何かを変える力”が、俺の中に眠ってるのは確かだ)


「ノア。案内はいらない。その子の場所、俺が探すよ」


ノアは目を伏せ、そっと頷いた。


「……ありがとう。じゃあ、これを」


彼女が差し出したのは、淡い光を帯びた小さな石──“精霊の眠り石”。


「これを近づければ、精霊が道を示してくれるはず。……気をつけて」


「お前もな」


そして透は、一人、森の奥へ向かった。


──知らない土地で、知らない誰かを助ける。

それは、きっと彼が“この世界に来た意味”の一つなのだと、どこかで思っていた。


森を抜けた先──そこはもう“森”ではなかった。


黒く焦げた地面、切り裂かれた鉄柵、瓦礫と化した監獄跡。

かつてエルフたちが囚われていたという収容所は、原形すら留めていない。


(……遅かったのか)


透は《精霊の眠り石》を握りしめる。

その優しい光が、まだ希望が残っていると訴えているようだった。


「精霊って……いるんだな」


ぽつりと漏らしたその言葉。

しかし、それに返す声が、静かに背後から届いた。


「──誰だ?」


鋭く、澄んでいる。だがそれ以上に、肌が粟立つほど冷たい声だった。

反射的に振り返った透の視界に入ったのは、ひとりの女性だった。


長い黒髪。金の瞳。全身を覆う漆黒の衣と、無駄のない立ち姿。

何者かもわからない。ただ、それだけで十分だった。


──“ヤバい”。


理屈ではなく、肉体が、意識が、本能が悲鳴を上げる。

目が合った瞬間、肺が凍りついた。


この空気の重さは異常だった。呼吸すら難しい。

まるで世界ごと、彼女の前に“膝をつかされている”ような感覚。


「……誰だ、お前……」


問いかけた声は、自分でもわかるほど震えていた。

だが、彼女はまったく動じなかった。


「通りすがりの者だが。ここにいた者たちは保護した。管理は私の部下がしている」


「保護……? あの、奴隷にされてたって聞いて──」


「その事実はあった。だから、排除した」


声は一切の感情を乗せずに、事実だけを語るようだった。

その言葉にこそ“怖さ”があった。


(こいつ……何者なんだ)


「……お前、一体何が目的で──」


「それをお前に話す義理はない。だが、お前がこの先何を見るかで、いずれ気づくだろう」


その言葉とともに、彼女がゆっくりと向きを変える。

その瞬間、空間が微かに軋む音がした。


今思えば、原型をとどめていない収容所も、鉄格子も。世界そのものが“斬られた”ような跡だった。


動けない。声も出ない。たったひとつの背中が、あらゆる危険の象徴に見えた。


「──名乗る必要はない。私はただ、“この世界に在るべきものを在るべき形に戻す”」


その背を見送るしかない。

去っていく彼女を、追うことすらできない。


透は、地面に片膝をついたまま、呆然とその場に立ち尽くしていた。


(なんだよ……あれ……化け物じゃねえか……)


一歩も踏み出せない。だが、確かに彼女は言った。


──「保護した」と。


その中に、ノアが言っていた“エルフたち”も、きっと含まれている。

ならば、透が次にすべきは──


(……確認する。どこにいるのか、どうして保護したのか。それを……)


震える膝を叩き、ゆっくりと立ち上がった。


彼はまだ知らない。あの女こそが、この世界の歴史に名を刻む“歴代最強の魔王”──

ステラ・アジャンスタ、その人であることを。


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