6. 庭園で
庭園には色とりどりの花々が咲き乱れ、陽光を浴びて輝いていた。深紅のバラ、純白のユリ、鮮やかな青色のデルフィニウムが、丁寧に手入れされた緑の芝生の上に咲き誇っていた。
湖の水は、空高く噴き上げ、その水しぶきが陽光を浴びて虹色の光を放っていた。
そのクリスタルのように輝く光を見て、セシリアが微笑んだのを見た時、レオナルドは暗かった心が急に明るくなったのを感じた。
ひとの笑顔が、自分の心を幸福にすることがある、などということは、これまで考えてみたこともなかった。
最近は北の領地で、面倒くさい騒ぎが起きていて、気持ちが晴れることがなかったのに、セシリアの笑顔を見たら、心のどこかが心地よく刺激されて、やる気が湧いてきたような気がした。こんなことは、今まで、なかった。
噴水の周囲には、古代ギリシャの彫刻を模した石像が配置されていた。その中をエリウスはヒールの痛みを我慢して歩いていたが、痛すぎて顔がゆがんだ。
「セシリア姫、何かお困りですか?」
とレオナルドが先に聞いた。
「いいえ」
とエリウスは急いで首を振った。しかし、うまく歩くことができない。
「セシリア姫、どうかしましたか?」
レオナルドが再び聞いた。
その声は鋭く響き、エリウスはまるで隠し事が見透かされそうで、慌てて首を振ったので、金髪が揺れた。レオナルドの瞳は鋭く、何かを見抜こうとしているように感じられた。
「まずい…どうしよう、これでは身代わりがばれてしまう」
リリルは焦ったが、その時、リリルはひらめいた。
リリルは足を伸ばして、エリウスの足を引っかけた。
「うっ」
エリウスは見事にその場で倒れ、
「セシリア様、大丈夫ですか」
リリルがすぐに抱え起こした。
「セシリア様、 まだ体調が戻りきっていないようですね。お部屋にお連れしたほうがよいかと思います」
リリルが国王にそう伝えて、「さぁ、帰りましょう」とささやくと、エリウスが小さく頷いた。
ところがその時、レオナルドが近づいて、エリウスを軽々と抱き上げた。
「では、姫は私がお部屋にお連しましょう」
えっ。
「あのう、それは、いいえ、私が」
とリリルは仰天した。
「きみは小さすぎて、姫を抱けない」
レオナルドは抱き上げた姫を持ちあげたまま、軽く上下に揺すってみた。
エリウスは目で助けを求めたが、リリルはあたふたするばかりなのだった。
なんてこと。
またも予想外なことが起きた。リリルの心の奥から、悔しさがこみあげてきて、できることなら、地面を蹴とばして、足をバタバタさせたい。
レオナルドは姫を軽々と抱いて微笑み、顔を近づけながら言った。
「セシリア姫、あなたは本当に軽くて、まるで少年のようだ」
エリウスの顔が赤くなった。
「もっとお食べになることですよ」
とレオナルドが言って、また微笑んだ。その微笑みは、作ろうとしているのではなくて、ただうれしくて、自然とこぼれ落ちたような笑顔だった。
これって、まずくない?
リリルは王の視線の中に、押し寄せる波のような愛情を感じて、足がすくんだ。
「レオナルド陛下は、すでにエリウス様――いえ、セシリア様に対して特別な感情を抱いているのかもしれない」
どうすればいいの。
誰かに聞きたいが、答えてくれる人はいない。
リリルはここでしっかりと腹をくくって、セシリア様が到着するまで、なんとか踏ん張らねばならないと思った。
私達の仮病計画など、王にとっては赤子だまし。彼を簡単に騙すことなどできない、もっと頭を使わなければ。
*
その日の午後、リリルはドレスを直していた。セシリアのサイズは大きいので、エリウスが着るドレスは、二サイズほど、直さなければならないのだ。
エリウスは部屋で退屈をもて余していて、ドレスの修理をしている傍にやって来て話しかけたので、リリルはどきどきして、針に糸が通せない。
「陛下に抱きかかえられてしまったけど、リリルには、ああいう経験があるのかい」
「な、ないです」
「子供の頃は?」
「孤児なので、誰にも抱かれたことがありません」
「そうか。リリルには親がいないだったね。さみしかったかい」
「さみしくないです。最初からいなかったので、それが当然だと思って育ちましたから」
エリウスはしばらく考え込んだ後、ぽつりと言った。
「ぼくは、小さい頃、母上が抱きしめてくれたのを覚えている。それが、陛下の手に触れた時、あの時みたいに感じたんだ」
「そうですか」
リリルは無関心を装ったが、心臓は音をたてていて、勝手に走り出しそうだった。
「最初は驚いたけど、だんだん心地よくなった」
エリウスの言葉を聞いて、リリルがドレスで顔を抑えた。
「エリウス様、そういうのは、やめてください」
「どうして?」
どうしてって……、国王は男じゃないですか。
その時、扉がノックされ、リリル宛に一通の手紙が届けられた。