5. 朝食
この三日間、エリウスはウィッグをつけ、メイクもして、いざという時の王の訪問に備えていたのだけれど、彼は現れなかったから、ほっとした。けれど、いつ来るかと構えているのも、なかなかと疲れるものである。
リルルはドレスを直す仕事があるからよいけれど、エリウスはベッドにばかりいるのに飽きて、窓から庭を見ては、外に出て思い切り歩き回りたいというような顔をしていた。無理はない。
「エリウス様、もう少しですよ。そろそろセシリア様がお着きになるはずですから」
とリルルは何度同じことを言って、励ましたことか。
その翌朝、薄明かりが宮殿に静かに差し込む頃、部屋に言付けが届けられたので、リリルは急いでエリウスを起こした。
「姉上が到着したの?」
エリウスが目をこすりながら、起き上がる。
「いいえ。そうではなくて、レオナルド陛下から、朝食をともにしたいとのご連絡が入りました。急いでお仕度を」
「今日も一日、ずっとベッドで過ごすはずだっただろ?」
「その予定は崩れました。レオナルド陛下はとにかく強引で、何でもすぐに決めてしまうお方のようです。それとも、無理やりに断りましょうか」
「いいよ。ぼくも寝てばかりいるのには、飽きてしまったんだ」
「そうですよね、わかります。これでは、食事付きの高級牢屋にいるようなものですから。でも、もうすぐにセシリア様が到着なさるはずですから、もう少しのご辛抱です」
「今日か明日に到着するといいけど。姉上とぼくの交代はうまくいくだろうか」
「うまくいきますよ。そのためにも、今日はうまくやりましょう。顔はできるだけ髪で隠して下を向き、会話は最小限にお願いしますよ」
「わかった」
「では、エリウス様、いいえ、セシリア様、急ぎましょう」
リリルは手際よくドレスを着せ、ウィッグをかぶせ、メイクを施した。エリウス様のドレス姿は、今日も美しい。
「リリルも来るのだろう?」
「もちろんです。セシリア様に、そう命じられておりますので。私はエリウス様の口ですから」
とリリルが笑顔で答えた。
「よかった」
ふたりが朝食の間に入ると、すでにレオナルド国王は席に着いていた。
その部屋では豪華なシャンデリアが輝き、金箔で装飾された天井が、その光を反射していた。テーブルには、銀製の食器が並び、美しい模様の入った陶器の皿に、色鮮やかな料理が盛られていた。
国王の威厳に満ちた姿に、エリウスは思わず視線を落とした。
「おはよう、セシリア姫。よく眠られましたか?」
「はい」
エリウスが小さな声で答えた。
「旅のお疲れというより、お風邪が原因だとわかりました。休養を取りましたのでかなりよくなられましたが、まだ完全には治られていないようですが、この数日中には回復されることと存じます」
そばに立っていたリリルが、冷静に説明した。
「そうですか。そろそろよい頃かと思いましたが、それでは、今日の予定はキャンセルしますので、ゆっくりとお休みなさい」
「ご理解、ありがとうございます」
とリルルが礼を述べながら、この国王は噂とは違って、心温かい方なのかもしれないと思ったりした。
レオナルドはエリウスに穏やかな眼差しを向けて、優しく微笑んだ。
食事中の会話はレオナルドがひとりで進め、エリウスは時折、頷いたり、首を振ったりの、短い返事をするだけだった。
やがて、結婚式の具体的な日程の話になると、リリルがすかさず口を挟んだ。
「そのことにつきましては、日程を延期するのがよろしいかと。もう少しで、体調が回復されますから」
「身体が第一ですから、式は急ぎません。私は客を呼んでの式などしなくても、よいかと考えています」
「そうなのですか」
とリリルが飛びついた。
「結婚は他人に見せるためのものではなくて、ふたりの結びつきですから」
「はい。その通りです」
とリリルが言い、エリウスがゆっくりと頷いた。
「では、この後、庭園の散策などはいかがですか? セシリア姫はお庭がお好きだと聞いていますから、ご気分がよくなりますかと」
「そうですね。気候もよろしいですし、外に出るというのは、よいご提案です」
リリルは表情を変えずに言ったが、内心は叫びたかった。これで、エリウス様とふたりで、庭園を散歩できる。これって、世にいう、デートというやつではないかしら。
「では、私が案内しましょう」
とレオナルドが言った。
えっ、なんで?
こういうのを、世間では、「つかの間のぬか喜び」というのではなかったかしら。
「陛下がご一緒にお散歩をしてくださるのですか?お忙しいのではありませんか」
「忙しいですが、姫のためには、時間をさくのは当然です」
「大丈夫でございますよ。陛下はお仕事に専念されて、散歩などはこの女官の私にお任せください」
「いや、ここは私の庭、私の王妃になる方ですから、この私が案内します」
はぁ。
リリルは、なんか、期待して損をした気分だ。
「では、よろしくお願いいしたします」
こうして、エリウス、いや、セシリアはレオナルドとともに、庭園へと向かうことになったのだった。




