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4. レオナルド王

 翌日、エルナリス国からは、三台の馬車で出発した。最初の馬車にはセシリア王女とエリウス王子、二番目にはリリルとソフィラと荷物、三台目は荷物の山である。 


 途中、セシリアとソフィラは下車して、エルヴィンの元へ向かうことになり、リリルは車中で、エリウスを着替えさせた。

 

 そこからは、リリルとエリウスの二人きりの旅が始まった。

 リリルにとって、大好きな王子と過ごす初めての旅。心が躍るような気持ちを抑えきれず、何をしても、楽しくて、うれしかった。

 

 王子のほうはセシリアが去った後は、笑顔もなく、緊張して口数も少なく、食欲もなかった。

 しかし、積んであった果物やお菓子はリリルにとっては初めて口にするおいしいものばかりで、一口食べるとやめられなくなった。リリルは王子が窓の外を見ている隙に、食べ続けた。


 窓の外を見ていたエリウスが顔を車内に戻した時、リリルはパンを口いっぱいにほおばっていた。


 目が合った時、「すみません」とリリルは頭を下げた。


「おいしい?」

  リリルは「はい」と頷き、ごくりと呑み込んだ。


「私、ひとりで食べてばかりいて、すみません。こんなおいしいパンを食べたことがなくて……」

「謝ることなどないよ。リリルは、パンを食べたことがないのかい」

「あります。でも、こんなおいしいのは、ないです。私、孤児だったんです」

「そうなんだ。好きなだけ食べるといい」


「エリウス様も、一口でも、いかがですか」

「ぼくはいいよ」

「何も食べられないと、病気になってしまいますよ」

「ちょうどいいよ。ぼくは病気になって、姉上が来るまで、寝ている計画だろ」

「はい。そうでした」


 三日かけて馬車は、アストリウス王国へと到着した。


 アストリウスの城に到着すると、エリウスは慣れないヒールに苦戦していた。リリルが腕を支え、二人でゆっくりと宮殿の門前に立った。


 目を上げると、そこには噂に聞いていた壮麗な宮殿がそびえ立ち、その前に凛として佇むレオナルド・フィリス国王の姿があった。


 レオナルド国王は三十代だと聞いていたが、軽快に階段を駆け下りてきた姿は、まるで二十代前半のようだった。


「セシリア姫、よく来られました」


 その低く響く声とともに差し出された手に、エリウスは躊躇したが、覚悟を決めてその手を取った。

 

 エリウスが軽く会釈した。


「エルナリス国から参りました王女のセシリアでございます。どうぞよろしくお願いいたします。同行するはずでしたエリウス弟王子は、急用のため、後日、到着いたします」

 そう挨拶したのはリリルである。


 エリウスがすでに声変わりをしていたため、エリウスが話すのは最小限にして、リリルが代わって話すことになっている。


 レオナルド国王と彼を見上げるエリウスの目が合った時、表情がなかった国王の顔に、柔らかな表情が浮かんだことにリルルは気がついた。


 エリウスは王の顔を見て、どこか物悲しげで、心の奥になにか深い思いを秘めている人だと思った。


 目の前の国王は、ソフィラの噂とは違い、髪の毛は黒く、目もまた黒い。ただ、その鋭い瞳からはただものではないという強いオーラが出ていた。


 エリウスは見つめ続ける国王の眼光に圧倒されて、戸惑い、視線を逸らした。その様子を見て、リリルの胸がきゅっと痛んだ。


 リリルが「セシリア様の体調がすぐれません。今夜は休ませてください」と言い訳をしたので、エリウスはすぐに寝室に通され、ベッドに潜り込んだ。


 セシリアが到着するまでの数日間、ベッドで寝ていよう、とふたりはそういう計画を立てていたのだった。


 深夜、レオナルド国王の宮廷は静まり返っていた。その時、寝室の扉をノックする音が響いた。リリルは耳を澄まして、その音に耳を傾けた。


「……どなたですか?」


 リリルが怯えた声で尋ねると、扉が開き、暗闇の中から現れたのは、レオナルド国王その人だった。


「こんばんは。どうなさいましたか?」


「あなたは……さっき会いましたね」


「はい、私は女官のリリルでございます」


「セシリア姫が気になりまして、様子を見に来たのです」


 リリルはこんな筋書きは予想していなかったから、驚きと戸惑いの表情を隠せなかった。


 エリウスは急でウィッグをかぶり、布団を引き寄せ、目の下まで顔を隠した。


「セシリア様は体調がよろしくなくて、もう寝ておられます」


 リリルがそう答えると、レオナルド国王は近づいてきて、羽根布団をめくろうとした。


「なんて乱暴な国王」

 と、リリルは心の中で憤慨した。噂通りの冷酷無比れいこくむひな王だ。


 エリウスは掛け布団をしっかりと掴み、今度は目の上まで引き上げた。


「レデイが、メイクをしていないお顔を、陛下にお見せするわけにはいきません」

 とリリルがえらい剣幕で言った。


「そういうものか。顔は見ないから」

 レオナルド国王はそう言って、少しだけ布団を引っぱり、エリウスの額に手を当てた。

 

  レオナルドとエリウスの目が合った。国王は何かを探るかのように、その瞳を見つめていた。


 「熱はないようだな。長旅で疲れたのだろう。今夜はゆっくり休むといい」


「はい」

 エリウスは小さく頷き、なんとか冷静を保とうとした。

 しかし、国王はなかなか帰ろうとしないから、リリルの胸のどきどきが早まった。


 もしも、身代わりがばれてしまったらどうしよう。


「今夜はゆっくり休んでください」

 レオナルド国王がようやく退室すると、リリルは安堵のため息をついた。


「ふうっ、うまくいきました、帰られましたよ」

 とリリルが、エリウスの布団を叩いた。


 エリウスが布団を少しずつずらして顔を出し、リリルと顔を見合わせた。


「まさか、今夜、来られるとは、驚きました。あの王はああいう強引なお方のようですから、いつも用心していないといけませんね」

「うん。でも、ぼく、姉上が来るまで、うまくやれる自信がないよ」


 リリルはエリウスを励ますために、拳を握って言った。

「ここまで来たら、やるしかありません。一緒に頑張りましょう」


 初めて見る辺境の国の空は、どこまでも広がり、満天の星が輝いていた。


「セシリア様、早く来てください」

  リリルは星に向かってそう祈るのだった。





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