29. 町外れの家
レオナルド王は家来を従えて、ルイカに教えられた町外れの小さな家へと辿り着いた。
町の喧騒とは打って変わって、そこには静かな風景が広がり、蝉の声までが聞こえていた。
古びたその家は今にも崩れそうだったが、庭には手入れの行き届いた草木が茂り、人の温もりを感じさせた。開いてある家の窓からは、燃えている薪のにおいが漂ってきた。
家来のひとりが家の戸を叩くと、年老いた女性が中から顔を出し、レオナルド王と近衛隊の姿を見た途端、驚きのあまりその場にへたり込んでしまった。
「どうぞ、ご安心ください」
レオナルドは優しく声をかけ、老婆を抱き起こした。
「申し訳ございません。いったい、こんなあばら家に何のご用でしょうか。悪いことは、何もしていません」
震える声で老女が尋ねた。
「心配することはない。ここに、ある女性が匿われていると聞いた」
「あ、はい。息子がこの娘をしばらく頼むと言って、知人に託してここへ運ばせました。息子は宮廷の宿舎におりますので」
「なるほど」
「それが、何か悪かったのでしょうか」
「いいや。彼女に会わせてもらいたいのだ」
「はい、少々お待ちを。今は休んでいるかもしれません」
「体調が悪いのか?」
老女はため息をつき、静かに答えた。
「頭をひどく打っていて……被り物を取ったとき、金髪が血で真っ赤に染まっておりました」
金髪なのか!
だから、小さなセシリアは金髪のウィッグをつけていたのか。
「女性の具合はどうなのだ?」
「腕と肩も傷を負っております。お医者様は落馬による怪我だろうとおっしゃいました」
落馬か。
レオナルドの頭の中で、断片的だった情報がゆっくりと繋がっていく。
エルヴィンは落馬で命を落としたのだ。そしてこの女性も、同じく落馬によって頭を強打したようだ。
「怪我をした時期について、何か手がかりはあるか?」
「詳しいことは存じません。ただ……最初にここに運ばれてきたとき、蒸した芋を差し出しましたら、何も言わず夢中で三つも食べました」
老女は背中を丸めて奥の部屋へと向かった。
しばらくすると、老婆の声が聞こえた。
「娘さんは、大丈夫です。どうぞ、お入りください」
小さな部屋に足を踏み入れると、薄暗がりの中にひとりの女性が。頭に包帯を巻かれ、青白い顔で横たわっていた。
レオナルドはベッドのそばに歩み寄り、静かに問いかけた。
「あなたは、エルナリス王国の王女、セシリア様ですか?」
女性はゆっくりと目を開け、眉を寄せながら彼を見つめた。
「その名前は、知らない。あなたはどなた?」
「私は、アストリウス王国のレオナルド・フィリスだ」
その名を聞いた瞬間、彼女の瞳に恐怖と混乱がよぎった。その唇が震え、言葉を搾り出した。
「帰って……」
「怖がらなくていい。私はあなたを助けに来たのだよ」
「嘘」
彼女は首を振り、布団の中で身を縮める。
「嘘じゃない」
「……エリウスは? 私のかわいいエリウスはどこ……あなたが殺したの?」
突然、彼女は叫び出し、涙を流しながらレオナルドに向かって手を伸ばした。
「エリウスを返しなさい……!」
その涙は次から次へと溢れ、頬を濡らして止まらない。
「落ち着いてください。私はエリウスを殺していない。むしろ、エリウスとは誰なのか、教えてほしいのだ」
「会いたい……お願い、エリウスに会わせて……」
「あなたは、どうして、エリウスが殺されたと思うのですか?」
「わからない。でも、怖い夢ばかり見るの。誰かこわい人が私を追いかけてくる。エリウスが、どこか遠くで泣いている……」
「あなたの名前は、本当に思い出せないのですか?」
「わからない……わからないの。お願い、私をここから出して、エリウスを探して……!」
彼女はレオナルドの膝にすがりつき、涙をこぼしながら懇願した。
彼は、彼女の頭にそっと手を置いて、やさしく囁いた。
「わかりました。こわがることは何もありませんよ。一緒にエリウスを探しましょう。そのためにも、あなたの力が必要なのだよ。私に、協力してくれますか」
女性は震える手でレオナルドの袖を掴みながら、かすかに頷いた。




