27. 王女の弟
ソフィラの話を聞いたレオナルド国王は、急遽計画を変更した。
エルナリス国には宰相と親衛隊の四人を送り、彼自身はアストリウス国に留まることを決めた。彼はひとり執務室に閉じこもり、思索を重ねていると、いくつかの疑念が頭を通り過ぎた。
リリルは魔女ではないようだが、ただの女官だとしたら、行動がでしゃばりすぎていたのではないか。
彼女がセシリア王女を操る力を持っているのか、それとも何も関係がないのか。
「どうしても引っかかる」
遅い時刻になっていたが、レオナルドは再び、ソフィラを呼びつけた。
ソフィラは牢屋ではなくて、個室を与えられていたが、見張りがついており、いつ国王から、いつ、どんな罪状を告げられるのかと不安でいっぱいだった。
レオナルドは、髪が銀色、目が黄色の冷血極まりない国王で、すぐに人を死刑にするという話を、セシリア王女の耳にいれたのはソフィラだった。実際に会った王の姿は、髪は黒、目は美しく、その噂とはまったく違っていた。
自分が間違った情報を伝えてしまったせいで、セシリア王女は不安になり、幼馴染みであるエルヴィンの優しさを思い出し、どうしても会いたくなってしまった。それがすべての始まりだと、ソフィラは感じていた。
自分もそういう噂を聞いたから伝えただけで、悪い意図などなかった。でも、自分の軽率な言動が事態を引き起こしたことは確か。この責任を取らされるのは仕方ないことだろうと覚悟は決めていたものの、これで、どのくらいの罪が下されるというのだろうか、とソフィラは怯えていた。
しかし、レオナルド王の部屋に連れて行かれた時、彼は意外にもやさしい声で、こう言った。
「ソフィラ、きみには免責特権を与えよう」
「ありがとうございます。でも、免責特権とは何ですか?」
「おまえがこれから話すことについては、いかなる罪も問われないということだ」
「それは、どういうことですか」
「何を話しても、罪にはならないということだ」
「死刑にはなりませんか」
やはりそういう無責任な噂が流れていたのか、とレオナルドは苦笑した。
「話せば、死刑にはしない。それどころか、褒美を出そう」
「は、はい。ありがとうございます」
「だが、嘘をついたり、隠したりした場合には、話は別だ。それを覚えておきなさい」
「はい。私は、何でも、正直に話すことを誓います」
ソフィラの声が震えていた。
「それでは、聞こう。おまえが仕えていた王女セシリアは、今どこにいるのか」
ソフィラはしばし黙ってから、顔を上げた。
「それが、私にもわからないのです」
「本当か」
「本当です」
「二週間前、ここに輿入れしてきたセシリアという王女がいる。その王女と、あなたが仕えていた王女セシリアは同一人物なのか?」
「本当に、罪に問われることはないのですね?」
「約束する」
「……おふたりは、別の人物です」
やはり、そうか。
レオナルドは心の中で「糸口がつかめたぞ」と叫んだ。
そこが、すべての謎の鍵なのだ。
「つまり、おまえが仕えていたセシリアは、大きなほうのセシリアというわけだな」
「はい、そうです」
「では、私の所に嫁いできたのは?」
「ここに嫁いでこられたのは、セシリア様の弟、エリウス王子です」
なんだと。
その一言で、レオナルドの時間が止まった。
愛しいと思ったあの唇、あの微笑みが、王女ではなく王子のものだったというのか。
私が愛したのは、セシリア王女の弟だったというのか。自分は……男に心を寄せていたのか。
いや、そんなはずはない。……あの夜、交わした言葉は嘘ではなかったはずだ。
「しかし、男子とは思えなかったぞ。美しい女性だった」
「そうなのです。エリウス様は女子よりもお美しくて、私もリリルもファンでした」
「エリウスはいくつだ」
「十六歳でございます」
ああ。
なるほど。あのセシリアが十九歳ではないのは確かだ。冷静に考えてみると、すべての謎が一気に解けるようだった。
「そのエリウス王子について、もっと詳しく話しなさい」
「エリウス様は、お姉さまのたっての頼みで、身代わりをすることになったのです。ほんの数日間だけでしたが」
なるほど、そういうことだったのか。
エリウスを知らない人が聞いたら信じられない話だろうが、レオナルドにはわかった。
「リリルは?」
レオナルドが急かすように尋ねると、ソフィラは少し間を置いて答えた。
「リリルは、セシリア様付きの女官でしたが、今回の結婚に際して、エリウス様付きの女官となり、共にこちらに来たのです」
「そうだったのか」
リリルは、魔女ではなかったのか。
「しかし、肝心の、その大きなほうのセシリアはどうなったのだ?」
「セシリア様は、エルヴィン様にお会いした後、約束通りアストリウス国へ向かわれました。急いでおられたので、馬で向かわれたのです。私は馬車で、後を追いましたが、途中で、馬だけが戻ってきて、セシリア様の姿は見当たりませんでした」
「それでどうした?」
「しばらく必死で王女を探したのですが、どこにもおられません。でも、事情が事情ですから、私はエリナリス国に帰ることも、アストリウス国に行くこともできません」




