26. レオナルド王
三年前のあの日、セシリアの失踪を知ったレオナルド王は、すぐにエルナリスへ向かうという決断を下した。そこに行けば、答えがあるはずだから。
リリルは本当に魔女なのだろうか。
セシリアは本当に王女なのだろうか。
セシリアがもし魔女に操られているとしたら、すぐに助けだして、魔法を解いてやらねばならない。
今はただ、真実を確かめることが先決だ。あれこれと思索するのは、それからだ。
出発は翌朝。
任命された八人の精鋭近衛騎士たちが、馬の手入れしていた。鞍を調整し、手綱を確認しながら、ひとつひとつの作業に心を込めていた。王のただならぬ様子から、騎士の間には緊張感が漂い、無駄なことを話す者はいない。
レオナルドは、机に向かっていた。
政務が山積みで、今夜のうちに片づけなくてはならないから、手を休めることはできなかった。
だが、何度も、セシリアのことが頭をよぎる。
その笑顔、囁くような声──それは、無理に忘れようとしても、どうしても消せるものではなかった。
手を止めるたびに、その面影が目の前に浮かんでは消える。
それでも、再び書類に目を落とし、ひとつひとつ確実にこなしていった。
しかし、胸の中では、セシリアに対する不安がますます大きくなり、波のように押し寄せていた。
不安はものごとを解決しない。すべてはエリナリス国に行って、事実を確認してからだ。
それをわかっていても、レオナルドは無力さを感じ、一刻も早くセシリアを抱きしめたい。あの小さなセシリアを守ってやらねばならないと気持ちが焦るのだった。
近衛隊はすでに前庭に整列し、国王の到着を静かに待っていた。レオナルドが部屋を出ようとしたその時、若い守衛がおどおどとした様子で現れ、頭を下げながら言った。
「余計なことかもしれませんが、陛下にお伝えしたいことがございます」
「なんだ、言ってみよ」
「はい。陛下は、昨日はブロンドの長い髪の女性をお探しになっておられました」
「その通りだ。見つかったのか」
「いいえ。しかし、今朝早く、ひとりの女性がやってきて、王妃の女官にぜひ会わせて欲しいと申しました。約束なしの面会はできないと断ると、金貨を差し出し、どうにか会わせて欲しいと懇願したのです。そして、『私は王妃の女官です』とだけ言い、あとは何を聞いても、口を閉ざしています。怪しく思い、守衛室にとどめております。このことは、無視してよいでしょうか。陛下がお探しの方と、関係があるでしょうか」
レオナルドがするどい眼でじろりと守衛を見たので、彼はすくみ上った。
「すみません。陛下の貴重な時間をお使いさせてしまって、申し訳ございません」
「いいや。おまえはよい判断をしたのだ」
「は、はい。そうなのですか」
「おまえの名は?」
「門番のルイカでございます」
「覚えておこう。それでは、その王妃の女官とやらを連れて来なさい」
レオナルドは近衛隊に出発を遅らせる旨を伝え、その女官にまず会うことにした。守衛室から連れてこられた女性は、落ち着かない様子で周囲をきょろきょろと見渡していた。
「セシリアに会いに来たのだと聞いたが、そなたの名前は?」
その感情のない冷たい声が響くと、彼女は小さく震えながら答えた。
「ソフィラでございます」
「セシリアの女官か?」
「はい」
「いくつだ」
「十七歳でございます」
レオナルドの目はじっと彼女の表情を探った。その目は鷹のようで、彼女をまるで見透かそうとしているかのようで、ソフィラはこのまま死刑になってしまうのかと震えた。
「ところで、セシリア王妃には女官はたくさんいるのか」
「はい」
「何人か」
「六人おります」
「名前を挙げてみなさい」
「マリア、カサンドラ、リリル……」
「今、リリルと言ったな」
「はい」
レオナルドは思わず宙を見上げた。ついに、手がかりを掴んだかもしれない。
「おまえは、リリルを知っているのか?」
「はい」
「知っていることを、述べてみよ」
「リリルはセシリア様の女官の一人で、私の親しい友人です」
「もっと詳しく話してみなさい」
「十六歳で、小柄で、顔も目も丸く、非常に足が速く、頭も良く、ああ、裁縫を得意としております」
ソフィラは王の厳しい眼差しに気圧されながら、答えた。余計なことは言うまい。でも、冷血王を怒らせたら、大変なことになる。
レオナルドは顎に手を当ててしばし考え込んだ。ソフィラの語るリリルは自分の知っているリリルだ。あのリリルは魔女ではなくて、本当に女官だったのか。じゃ、なぜ、逃げたのか。
「では、おまえが仕えていたセシリア王女について述べてみなさい」
「はい。セシリア様は非常に美しく、剣術に長け、非常に活発なお方でございます」
「背丈はどのくらいだ?」
ソフィラは手を伸ばし、自分の背より高い位置を上げたり下げたりした。
「このくらいだったでしょうか」
「体格はどうだ?」
「中くらいだったかと」
うむ。レオナルドは腕組をした。
「では、ついてきなさい」
「はい」
レオナルドはソフィラを、セシリアの衣裳部屋へ連れて行った。
「これらの服は誰のものか、わかるか?」
「見たことがあるような気がいたします」
「よく見よ」
「はい」
「セシリア王妃のものではないか」
「はい。そうでございます」
レオナルドはその中から大小さまざまなドレスを手に取った。
「ここにサイズの違うドレスがある。どちらがセシリアのものか?」
「えーと、こちらです」
とソフィラは大きいサイズを指さした。
「そうか。では、セシリアには妹がいるか?」
「はい」
「いくつだ?」
「八歳と五歳かと。いいえ、十歳だったかもしれません」
「歳が離れているようだが、実の妹か?」
「いいえ。母親が違います」
「実の妹はいないのか」
「いらっしゃいません」
「そうか」
「ほかに、何か知っていることはあるか」
「特に思いつきません。すみませんが、リリルに会わせていただけないでしょうか」
「会ってどうする」
「それは、ささいな、個人的な話でございます」
「個人的な話をしに、わざわざここまでやって来たというのか」
「すみません。ただの女同士の話でございます。よその方にとっては犬も食わない話でございますが、私達には、大事な話なのです。緊急なのです」
レオナルドは心の中でひとしきり考えた。あの小さなほうのセシリア、自分が愛したセシリアとは、いったい誰だったのだろうか。
しかし、今、ことは核心に近づいている気がする。
問題は、このソフィラという女官が、どこまで話してくれるかということだ。




