23. 旅へ
サラカレの町は、剣士たちの熱気と情熱が渦巻く、活気に満ちた場所だった。ゼリアンはこの地で三年の歳月を剣技の鍛錬に捧げ、その成果として大会で優勝し、ついには師範代理の重責を任されるまでに成長した。
日々の厳しい修行を終え、汗と疲れにまみれて道場を後にするたび、彼の胸には、行方のわからない姉セシリアのこと、そして「セシリア」としての自分を愛そうとしてくれたレオナルド王のことが、よぎるのだった。その想いは心の奥底に残り続けていたが、ゼリアンはそれをカトリーヌには語ったことがなかった。
三年前のあの日、
エリウスは姉のセシリアの代わりに、女装してアストリウス国へ向かった。それは数日だけのはずだった。だが、二週間たっても、姉は現れなかった。
国王はエリウスを本物のセシリアだと信じ、心から愛してくれようとした。しかし、エリウスはその愛を受け止めきれず、自分が男であることを打ち明けることもできず、ついに宮廷から姿を消した。
姉上がどこでどうしているのか、今となっては想像するしかない。だが、レオナルド王がセシリアの失踪をどれほど案じ、どれほど心を痛めたかは、容易に想像がついた。
けれど、アストリウス国は遥か遠く、そこからの情報はサラカレには届いてこなかった。
そんなある日、町中がざわめきに包まれた。
「聞いたか?アストリウス国で、王妃主催の新人剣術大会が開かれるそうだ」
「セシリア王妃が、優勝者と親善試合をなさるんだって!」
「優勝者には、サラカレへの一年間の留学資金も出るらしいぞ」
その噂は瞬く間に町中へ広がり、通りの掲示板には鮮やかな大会ポスターが貼り出された。
ゼリアンとカトリーヌは、その文字を食い入るように読みながら、小声で言葉を交わした。
「ここに『セシリア王妃』とありますよね……ということは、レオナルド国王とセシリア様がご結婚された、ということでしょうか」
「……そうだと思う。でも、姉上がいつアストリウスに到着したのか、どうしてぼくが身代わりをしていたことは、どのようにして解決したのだろうか」
姉上が王妃として生きている。それを知ることは安心でもあり、自分の存在がもうあの人の記憶にも残っていない、そんな複雑な思いが湧いたのは事実だった。
「アストリウス国に行けば、きっと真実がわかりますよ。でも、あそこに行かれるのは、危険じゃないですか?」
「そうだね。だから、行くつもりはないよ。真実を知りたい気持ちは強いけど……姉上が王妃として無事に暮らしているなら、それで十分だ。今さらぼくが現れて、騒ぎを起こすべきじゃない」
「そうですね……」
少し沈黙が流れたのち、ゼリアンが前を見つめながら言った。
「ぼくは……旅に出ようと思っている。もっと広い世界を、この目で見てみたいんだ」
「それはよい考えです」
カトリーヌは唇を固くしてしばらく考えてから、顔を上げた。
「ゼリアン、私も行きたいです。一緒に行っていいですか?」
「カトリーヌ、きみはエルナリスに帰ったほうがいいと思う」
「……はい」
カトリーヌ、いいえ、リリルは、きっとその言葉がいつか来るだろうと覚悟していた。ゼリアンはもう十九歳。自分の道を、ひとりで進むべき年齢だ。
「ぼくの旅は、いつ終わるかわからない。それに、ずっときみに世話になりっぱなしだった。これからは、自分の人生を大切にしてほしい。きみに幸せになってほしいのだ」
「……私の幸せを思って、そうおっしゃってくださるのですね?」
「ああ、そうだよ」
カトリーヌがゼリアンの顔をしっかりと見た。
「でしたら、選ぶ道は決まっています。私は、エリウス様と一緒に参ります」
「どうして?」
「それが、私の幸せだからです。……でも、もし途中でご迷惑になるようでしたら、言ってください。その時は、すぐに姿を消しますから」
リリルは、一度断られたくらいで諦めるような女ではなかった。
「……じゃあ、一緒に行こう」
「はいっ。いいのですか」
「本当は、最初から一緒に来てほしかったんだ」
「だったら、最初からそう言ってください!」
カトリーヌは頬をぷくっと膨らませたが、唇の端には微笑が浮かんでいた。
やった。やったっ!
別れは、もう少し先延ばしになった。




