22. 試合
今、サラカレの街は、年に一度の「剣舞の祭典」に向けて熱気を帯び、街全体が活気に溢れていた。
祭典の準備が進む中、ゼリアンは道場の仲間たちとともに、祭典での優勝を目指し、昼夜問わず鍛錬を重ねていた。
祭典が近づく中、ゼリアンは一日の稽古の後、食堂での仕事を終え、山頂の家に帰った。
ふたりは並んで、星空を見上げた。
「なんて、きれいなの」
とカトリーヌがうれしそうに言った。
仕事でどんなにくたくたでも、夕方になれば、ゼリアンが稽古を終えて食堂にやってきて、用意した食事を食べてくれる。時には、自分で料理して、食べさせてくれる。
ゼリアンが店の片付けと掃除をした後は、背中におぶられて山の上まで帰る。彼は日々に強くなっているのだし、カトリーヌは幸せなのだ。
ただ、こういう幸せがいつか終わる日がくる。だって、ゼリアンはこんなすてきなのだから、女子たちが見逃すはずがない。
今は孤児ゼリアンだが、実はエルナリス国の第二王子エリウス。
自分ときたらやっと女官になれたと喜んでいたホンモノの孤児リリル。だから、どんなに思っていても、いつかは別れなければならないのは当然の成り行き。そのことを考えると悲しくてならないけれど、それは考えないことにしている。
この三年間、姉弟としてともに暮らした日々があるだけで、おつりがでるくらい幸運なのだ。
「毎日、仕事ばかりで疲れてはいないのかい」
「いいえ、ちっとも。ゼリアンはどう」
「ぼくも好きなことができて幸せだよ。ありがとう」
「お礼を言うことなんか、ないです。……これ」
とカトリーヌが包みを渡した。
「プレゼント?なに。誕生日でもないのに」
包みをあけてみると、精緻な刺繍が施された黒の剣術着があった。
「こんなきれいなの、見たことがない」
「私が作りました。お怪我をしないように、心をこめて」
「ありがとう。ぼくは全力を尽くすよ」
祭典当日、サラカレの街は歓声と音楽で賑わっていた。
ゼリアンはカトリーヌが作ってくれた衣装を身にまとい、決意を胸に剣を握りしめて会場へと向かった。
ゼリアンの姿は精悍で、観客や他の剣士たちはそのオーラに圧倒された。
第一試合から始まった激闘の中、ゼリアンの剣技は特別にきれがよく、その強く美しい姿に観客たちは驚嘆した。
カトリーヌは、その成長した姿に息を呑んで見守った。
かつての頼りない少年の面影は消え、今や彼の剣の一振り一振りには確かな力と技術が宿っていた。
その精緻な剣さばきに、周囲の剣士たちも驚愕していた。ゼリアンが次々と相手を制するたび、まるで火花が走ったような衝撃が観客席に広がり、その姿に誰もが息を呑んだ。
そして、ついに迎えた決勝戦。
ゼリアンの目の前に立つのは、昨年の優勝者モンタグリだった。彼は兄弟子で、ゼリアンが憧れていた剣士。二ヵ月間、その門を叩き続けて、ようやく入門を許された。
モンタグリはまるで山のようにどっしりと構え、剣を片手で軽々と握っている。観客の間には緊張感が漂い、息を呑むような静けさが広がる中、戦いの合図が鳴り響いた。
戦いが始まると、モンタグリの剣の動きはまさに豹のようだった。
モンタグリには勝てないかもしれない。ゼリアン、あなたには来年がありますから。どうか怪我をしませんように、とカトリーヌは顎の下で、強く指を組んで祈った。
太く、力強い一撃がゼリアンに襲いかかり、会場がどよめいた。ゼリアンはその圧倒的な力に立ち向かうため、必死に身をかわし、素早く反撃する。そのたびに、剣同士がぶつかり合い、鋭い音が響き渡った。モンタグリの攻撃は容赦なく、ゼリアンを追い詰めたが、ゼリアンはひるむことなく、冷静にその隙間を突いていった。
汗が額に滲み、呼吸が荒くなる中で、ゼリアンは自分のすべてをかけて戦っていた。彼の剣の切れ味は次第に冴え渡り、素早く鋭い一閃がモンタグリの防御をかすめる。その度に観客席からは驚きの声が上がり、ゼリアンの剣技に引き込まれていった。
戦いは激しさを増していった。両者の剣が交錯するたびに、空気が震えるような感覚が広がり、観客たちも息をするのを忘れた。
どちらが勝者となるか、誰もがその行方を予測できない。勝負の行方はまさに一瞬の隙間にかかっていた。
ついに、その瞬間が訪れた。
ゼリアンの目が鋭く光り、集中力が極限に達したその時、モンタグリのわずかな隙間を見逃さなかった。ゼリアンはその瞬間を逃さず、一気に突進し、最後の一撃を放った。
その剣がモンタグリの剣を打ち破り、空中で弾き飛ばされると、会場は一瞬の静寂に包まれた後、風船が破れたような爆発的な歓声が沸き上がった。
ゼリアンは、唖然として立ち尽くすモンタグリを見つめ、静かに息を整えた。
「ゼリアン、よくやった。成長したな」
とモンタグリが言った。
「ありがとうございます。モンタグリ様のご指導のお陰です」
ゼリアンは深々と頭を下げた。
ゼリアンの顔には、過去の苦しい修行の日々が染み込んだ自信があふれていた。会場は歓声と拍手で包まれ、彼の心に自信と誇りが芽生えていた。
ゼリアンが昨年の優勝者モンタグリを打ち破った瞬間、カトリーヌの胸は高鳴り、喜びと感動で震えていた。彼女は観客席から飛び降り、彼の元へ駆け寄り、抱きしめたい衝動に駆られた。でも、それはぐっとこらえた。
彼女はこみ上げる感情を抑え、涙をこらえながら、ゼリアンの姿を見つめていた。たくさんの女子が回りを囲んだ。
やがて、興奮が引き、人々が帰り始めると、ゼリアンがゆっくりと観客席の方へ歩いてきた。
彼の目はカトリーヌの姿を捉え、微笑みを浮かべていた。
「カトリーヌ」
カトリーヌはゼリアンの顔を見ると、涙があふれた。
「ゼリアン、おめでとうございます」
ゼリアンは照れたように微笑んで、カトリーヌの頬に触れた。
「カトリーヌが泣いているの、初めて見た」
「何度も泣いたと思うけど。今のはうれし涙。初めは才能がないなんて言った人に勝てましたね」
「先輩がああ言って拒絶してくれたから、ぼくはがんばれたんだよ。感謝しかない」
「はい、そうですね」
リリルはその言葉から、エリウスの剣だけではなく、人間としての成長を知った。
「それと、カトリーヌが応援してくれたから、勝てたんだ。ありがとう」
「いいえ、全部、ゼリアン自身の力。チャンピオンですよ」
「うん。自分でも、信じられない」
「すごいです」
「ぼくはね、もっともっと強くなりたいんだ」
「そうですよ。ゼリアンはもっともっと強くなれます」
カトリーヌは涙を拭い、力強く言った。
「うん。ぼくもそう信じている。がんばるよ」
カトリーヌはゼリアンの目をまっすぐに見ながら思った。
成長するって、そういうことなんだわ。
美しいけど弱々しかった十六歳のエリウスが、今では体格も逞しく、精悍な顔つきに、長い髪。誰もが見とれてしまう。
それに、身体つきだけではなく、人としても、信念と自信をつけ、こんなに強くなった。ここまで、愛する人のおそばで過ごせて、本当に幸せでした。ありがとう。




