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21. やさしいゼリアン

 ゼリアンは、一年目は出場すらできなかったが、二年目には五位に入賞し、その剣技の実力は、周囲の剣士たちにも評価され、すでに一目置かれる存在となっていた。


 最初は天狗山を上がるのに、心臓が爆発しそうなほど音をたてたり、膝がじんじん言ったりして、二十分も進めなかったけれど、二年目になると、ゼリアンは一気に駆け上がることができるようになった。

 一日の締めに、坂道を歩かないと、運動が足りていない気がするくらいなのだった。

 

 あれは、二年目の大会の直前だった。


 あの夜、ゼリアンは道場での稽古を終えたあと、いつもの大衆食堂で皿を洗っていた。厨房には湯気がたちこめ、煮込み鍋の匂いが漂っている。

 食堂のほうからは、お客の笑い声や談笑がかすかに聞こえていた。


「ラユウトったら、また竹刀を道場に置きっぱなしで帰ってきたのよ」

 と母親の嘆く大きな声がした。


「まぁ、明日が初めての試合なんでしょう?」

「そうなの。本人がわぁわぁ、泣いちゃって。あの竹刀じゃなきゃだめなんだって。だから、遠くからわざわざ取りに来たんだけど、もう道場の門が閉まっていて、入れない」

 その母親の声を聞いて、ゼリアンが手を止めた。

 

 ラユウトは子供部の、十歳の弟弟子で、明朝は初陣。時々、稽古を見てやっている。

 ゼリアンには、その気持ちがわかる。道具ひとつで、心の落ち着きが違うということが。


 ゼリアンはカトリーヌを呼んで、ちょっと出かけるけどいいかと事情を短く説明した。


「大丈夫。まかせておいて」


 ゼリアンは夜道を走り、道場へと引き返した。彼は裏口の扉をそっと開け、暗い道場に入ると、壁ぎわに見慣れた竹刀がひとつ、ぽつんと残されているのを見つけた。


「ぼくも、昔、同じような経験がある」

 ぼくの場合は負けてしまったけど、ラユウトには勝ってほしい。


 ゼリアンはそう呟いて、竹刀を担ぎ、街の南の外れにあるラユウトの家へと向かった。

 灯りの少ない路地を抜けて、ようやく玄関にたどり着いて。ドアを叩くと、あの母親が出てきた。


「あの……まさか、届けに来てくださったの?」

「間に合って、よかったです」

 ゼリアンが竹刀を差し出すと、家の奥からラユウトが飛び出してきて、胸に抱きついた。

「ゼリアン先生、ありがとう」

 翌朝、ラユウトはその竹刀を手に、堂々と試合に臨み、子供部で優勝した。

 

 その小さな出来事が、しだいに町中に広がったから、ゼリアンの名は、剣の腕だけではなく「頼れる存在」として、知られるようになったのだった。


「全く困ったことだわ」

 それを聞いたカトリーヌが渋い顔をした。


「ゼリアンは強くて、優しいだけじゃないんだから。頭がよくて、イケメンときている」

 カトリーヌは内心とても心配しているのだけれど、ゼリアンは修行と仕事と山上がりで、女子のはいってくる隙はないのだった。今のところは。


 そして、今年、ゼリアンは十九歳になった。

 毎日、道場での修行に励み、背丈は伸び、体格も逞しくなり、かつてのひ弱な少年の面影はすっかり消え去っていた。


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