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18. 入門

 ついに、ゼリアンとカトリーヌはサラカレの町に到着したのだった。

 

 サラカレの町には道場からは剣の音と気合の声が響き渡り、剣術の道具を売る店があちこちにあり、市場にも古い剣や防具が並んでいた。


「ようやく着いたね。ここがサラカレかぁ」

 ゼリアンは思わず声を上げ、両手を握りしめた。


 子供の頃に憧れた剣士たちが、日々に鍛錬をしているこのサラカレの町に、ぼくはやって来たのだ。

 道場から響く気合の声に、ゼリアンは全身の血が熱くなるのを感じていた。



「ゼリアン、さすが剣術の町ね」

 ゼリアンの瞳が光を放つのを目にして、カトリーヌはここまで来てよかった、と幸せな気持ちでいっぱいになった。よし、私もがんばろう。

 

 手持ちの金貨が底をつきそうだったので、ふたりは町の外れにある小さな宿に落ち着くことにした。


「ゼリアン、新しい生活のはじまりです」

 リリルの声には期待が満ち溢れていた。エリウスもまた、胸の中に芽生える希望を感じていた。


「この町で、ぼくは強くなるんだ」

 ゼリアンは、さまざまな剣術道場を訪問し、自分に合った道場を探すことにした。


 カトリーヌには裁縫の腕があったので、すぐに仕事が見つかった。仕立屋の賃金で生活はできたが、ゼリアンにもっと良い道具を買ってあげたかったから、仕立屋のあとは、大衆食堂でも働くことにした。


 ゼリアンはモンタグリという剣士が師範を務める国立道場で修業をしたいと思った。国立だから、入門できれば、授業料はずっと安い。

 それよりも、モンタグリの構え方は美しく、攻め方には切れがあり、そこに惹かれた。

 

 ここで学びたいと入門を志願したが、あっさりと断られた。


 ゼリアンががっかりして帰ってきた。

「どうして断られたの?」

「ぼくには、才能がないそうなんだ」

「それで、ゼリアンはあっさり諦めたの?」

「才能がないとあっさりと言われたら、もうだめだろう。だから、他の道場にも行ってみたけど、でも、やっぱり、モンタグリ先生のところがいいけど、向うがだめだと言うのだから、仕方がないだろ」


「ゼリアンは孤児なはずでしょう。もっと孤児に、徹底してください」

「どういう意味?」

「宮廷の王子さまはプライドがあるので一度で諦めるでしょうが、孤児は一度くらい拒絶されたくらいでは、断られたうちにはいりません。お金をくださいと言って断られても、少なくても、三度、いや五度は頼み続けました、すると、私の場合は、三回に一回は成功しました」


「すごいね」

「生きるためには、しつこくねばらなくてはなりませんでしたから。ゼリアンは、本当に、モンタグリ様のもとで修業がしたいのですか」

「本当だけれど、才能がないと断言されたのだから、仕方がない」


「剣の才能がないと言うことですか。それとも、修業に耐える才能がないということですか。ねばる才能がないということですか」

「そうか。ぼくは試されているのかもしれない。明日、もう一度、道場に行ってみるよ」


 翌日から、ゼリアンは、毎日、道場に通い、モンタグリの剣術を、身を乗り出して観察した。そのうちに、それも大事な勉強なのだとわかった。


 ゼリアンは朝早く道場に行くと、いつも弟子たちが、床とか窓の掃除をしていることに気がついた。


「掃除って、どうやってするの」

 道場から帰ってきたゼリアンがカトリーヌに尋ねた。


「どうしたの、急に」

「ぼく、道場の掃除をさせてもらおうと思うんだ。弟子たちは。みんな掃除から始めるんだよ。修行のひとつだ」

「ゼリアンは、これまで、掃除なんか、したことがないでしょう」

「したことないけど。したことないことを、していきたいんだ」

「わかったわ」


 カトリーヌは掃除の仕方をよく知っていた。最初、エリシスを見かけたのは、セシリア王女の部屋で、掃除をしている時だった。

 ゼリアンは自主的に掃除をさせてもらい、モンタグリの稽古を見学させてもらい、チャンスがあるとモンタグリに弟子入りを懇願した。


 ゼリアンは十二回断られたが、二ヵ月後、十三回目の志願で、入門を許された。

「なぜ許可したか。わかるか」

 とモンタグリが聞いた。

「いいえ」

「毎日、掃除の仕方が、日ごとに、うまくなっていったからだ」


 モンタグリ様は、そんな細かいところまで、見ていてくださった。

 ぼくは先生から見限られたわけではなかった。剣の稽古より先に、この心を鍛えてくださっていた。



 ゼリアンは胸の奥に熱いものがこみ上げ、静かに頭を下げた。

「ありがとうございます。必ず、剣士として恥じぬ者になります」

 ゼリアンは胸に熱いものを覚え、静かに頭を下げた。


「道場の入口に立つ者は多い。掃除に志願する者も、まれにはいる。だが、お前のように黙って学び、文句一つ漏らさず、日ごとに手の所作に迷いがなくなっていった者は、多くはなかった」

 ゼリアンは、師匠の言葉の意味をしっかりと受け止めた。

 彼は剣の型を教えるよりも先に、己を律することを示してくれた。

 

 外に出ると、道場の屋根の上に朝日が差し込み、町の石畳が黄金色に染まり始めていた。冬の大気は冷たかったが、心はとてもあたたかくて、風など平気だ。

 十三度目の挑戦が実を結び、ようやく入門が許された。そういう日が来ないかと案じた日もあったが、その日は来た。


「ただ入門を許されたというだけで、まだ何も始まってはいない。でも、ここから一歩ずつ、前に進んでいこう」


 ゼリアンの背筋は自然と伸びた。剣士への道は遠く、険しい。

今日の報せを、一番に伝えたい人がいた。誰よりも信じ、支えてくれた人、カトリーヌだ。カトリーヌの喜ぶ顔が見たい。


 ゼリアンは足早に歩き出した。光の中を、まるで新しい物語の幕が、今、開かれたかのように。


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